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074話 暗躍する者

 アントルージュ川の氾濫。

 シレッド獣国では、二年連続で前例がないぐらいの甚大な洪水被害に遭っていた。


 前の世界線においても洪水被害はあったのだが、上流のエイクス帝国内で堤防が決壊し、そちらに水量が分散していたこともあり、シレッド獣国における洪水の規模はそれほど大きくはなかった。


 しかし、こちらの世界線においては、アントルージュ川の上流でトモリンたちが堤防を補強したため、エイクス帝国内で堤防が決壊することはなかった。

 その結果、下流に流れ来る水量が増え、シレッド獣国内においてあちらこちらで堤防が大きく決壊し、広域にわたって甚大な被害をもたらしていた。


挿絵(By みてみん)


 治水に重きを置いていないシレッド獣国において、アントルージュ川が氾濫するのは古来からのことであり、不幸中の幸いだったのは、川の周辺に住まう者がそれほど多くなかったことだろうか。

 被災面積の割に、人的被害はそれほど多くはなかった。あくまでも、面積比で。なお、耕作地は甚大な被害を被っている。


 そんな被災地に、目の周囲を黒い仮面で覆う男が訪れ、被害状況を視察していた。


「これで四つ目の町ですか。広い範囲で洪水の被害が出ていますね」


 どこを見ても視界に入るのは、獣人が総出で畑の土砂をかき出している光景。周囲に漂うのは、やや生臭さの混じった匂い。

 川の傍まで行けば、もう少し違う光景が見られるのだろうが、土砂に埋まっていて、近づけるような道はない。そして、土砂はぬかるんでいて、その上を容易に歩くことはできない。


「本来であれば、エイクス帝国側でも洪水が起きるはずだったのですが……。それでも、シレッド獣国側で被害が発生していますから、計画に大きな変更を加える必要はないでしょう……」


 不気味な笑みを浮かべ、空を見上げる。


「流星がエイクス帝国に落ちなかった件については、信じがたいことでしたが。全知の皇女でしたか。まあ、偶然のことでしょう。シレッド獣国が動けば、事は成るのです。フフフ……」



 獣都ゴンゴーにある無骨な城、ガナムーゴ城。

 その謁見の間では、連日、洪水被害に遭った町や村からの救援の要請が絶えなかった。


「獣王バルバス様! 町の修復に、資金が足りません! 至急、援助をお願いします!」


「獣王バルバス様! 耕地の土砂の排出作業に人員が足りません! 大至急、作業者を見繕ってください!」


「獣王バルバス様! ……」


 ミーサ並みに計算が苦手な獣人たちは、超ドンブリ勘定で資金や人員を割り当て、その事業の妥当性を評価しないまま、適当に復興作業を進めていた。


 それゆえに人員の割り振りはチグハグで、力仕事が必要な現場に文官が多数いたり、堤防の修復にスコップを使って当たらせていたリ。

 もっとも、獣人で魔法を使える者はそれほどいないので、魔法で修復するという考えに至らないのは、おかしなことではないのだが。


「あん? 畑の土砂を取り除いて欲しいだと? おいお前! ゲンシンの町にたくさん作業員を行かせているだろ? そいつらをネムンサマの町の畑に回せ!」


 そして、謁見の間で陳情が上がるたびに、末端の作業者の現場が変更になる。作業者が無限にいるわけではないから、獣王バルバスがあっちをやれ、こっちをやれ、と指示を出すたびに作業者が移動となるのだ。


 効率の悪い作業により人件費が無駄にかさみ、あっという間に国家の資金が枯渇した。まだ、人民を養うだけの耕地が復旧していないにもかかわらず。


「獣王バルバス様! 我が町は水害で畑も家畜もすべて失われました。今日食べる物もない状態です……。大至急食料の援助をお願いします」


 どの報告も、至急、大至急。

 脳筋な獣王バルバスは、優先順位などつけられず、来た者から順に城の食料の備蓄を分け与える。

 そして、食料の備蓄も枯渇した。


「獣王バルバス様。我が国は、もはや資金も食料の備蓄もなくなりました。我々はどのようにすればよろしいでしょうか?」


「ああ? そんなこたあ、決まっているだろ? 兄弟たちが苦しんで働いているのだ。それなら俺たちも働けばいいだけのこと。よし、お前も来い! 堤防など、俺様が岩を投げつけてすぐに築いてやろうじゃねえか」


 獣人は仲間意識が強い。血の繋がりがなくても「兄弟」と表現することがよくある。仲間のため、獣王バルバス自らが現地に出向いて働こうと言うのだ。もちろん、作業員を雇えなくなったことがその背景にある。


「獣王バルバス様。お客様です」


「ああん? 謁見はもう終わりだ! 金も食い物もないのだ。謁見しても無駄だ、無駄!」


 獣王バルバスは右手を上げてひらひらと振る。


「それが、陳情ではないのです」


「どのような用件だ?」


 腕を組み、生来の強い眼光をチラリと文官に向ける。


「挨拶に、とのことでして……」


 文官の右手には金貨が握られている。それを見逃さない獣王バルバス。


「金持ちなのだな? 通せ」


 客は、すぐに通された。

 目の周囲を黒い仮面で覆う男。

 獣王バルバスの前まで進み、片膝をつく。


「このたびは突然の訪問、誠に失礼致します。まずは、ご挨拶としまして、こちらをお納めください」


 仮面の男はポーチから皮袋を取り出し、文官に渡す。

 文官はそれをとても重そうに抱えて獣王バルバスに渡した。


「ほう……」


 獣王バルバスは皮袋の紐を緩め、中を覗き見て感嘆の声を上げる。中には金貨がぎっしり詰まっていた。


「こちらシレッド獣国におかれましては、大きな水害があったと聞き及んでおります」


「隠してもいねえことだ。誰でも知っていることだろう。それがどうした?」


 そんなことはどうでもいい話だ、と鼻を鳴らす。


「つきましては、相互扶助の団体L・アドベントへのご加入をお勧めに参った所存です」


「相互扶助の団体だと? なんだ、それは?」


 聞き慣れない言葉に、問い返す獣王バルバス。皮袋の効果が出ている。通常であれば、わからないことを言う者は即刻退場だ。


「加入者同士が助け合う団体です。簡単に言いますと、加入者たちが、困っている他の加入者を助けるのです。例えば、資金に困っていれば、資金を無償で援助するなどのように」


「世の中には、そんなうまい話があるのか? いや、あるはずがねえだろう?」


 脳筋であっても、一国の王。すぐにはうまい話に乗らなかった。


「その皮袋も、団体からの無償提供の一環です」


「ぐぬぬ……。無償の、資金、援助……」


 視線を下に向けると、皮袋の中の金貨が目に入り、一瞬でその輝きに魅了された。やはり、脳筋だった。


「L・アドベントへご加入頂ければ、本日からでも、援助をご提供致します」


 皮袋を三つ、取り出して床に置く仮面の男。

 獣王バルバスは「資金不足」とは声にしてはいない。でもそれは、被災状況を知れば誰にでも簡単に予測できることだったので、不審に思われることはなかった。


「おお! 加入だ! 加入するぞ! おい、お前、手続きをしてこい!」


 獣王バルバスは文官に丸投げした。

 この日を境に、シレッド獣国は「L・アドベント」という団体の一員となった。



 それから数か月して。

 仮面の男が、再び獣王バルバスに謁見を求めてやってきた。


「このたびは獣王バルバス様へのお目通りを叶えて頂きまして、ありがとうございます」


「おおう! L・アドベントの者だな。よくぞ参られた」


 親しい者に会うかのような軽い振る舞いで迎え入れた。


「我々からの資金援助は、滞りなく届いておりますでしょうか?」


「おう! もちろんだ!」


 椅子の肘掛けにのせる手に力を込め、前のめりになって元気いっぱい、大きな声で答える獣王バルバス。


「それはなによりです。本日は、一つ、お頼みしたいことがございまして……」


 そう言うと、仮面の男はさりげなく周囲を見渡す。


「おお、ここではアレだな。おい、客人を応接室に案内しろ!」


 獣王バルバスは傍にいた文官に応接室を用意させ、自らも少し遅れてそこに向かう。


「待たせたな。して、用件とは?」


「こちらの魔道具をお納め頂きたいと思いまして」


 手で握れるぐらいの小さな物体。それをテーブルの上に置く。


「なんだ、これは?」


「この魔道具は、誇り高き獣王様の一族にしか使いこなせない物でして……」


「ガッハッハ! 獣王の一族にしか使えない魔道具だと? 貸してみろ!」


 獣王バルバスは魔道具を作動させたが、何も起こらない。


「ぐぬぬ? 何も起こらねえぞ?」


 歯ぎしりするようにして歯を食いしばり、ジロリと仮面の男を見る。


「それは、今のままでは何も起きません。ある者の後ろに立ってから使うものでして……」


 それから、何度か作動させ、その機能を確かめた獣王バルバス。


「これを、俺にくれるというのか?」


「そうです。獣王様の一族にしか使えない魔道具。それを使って、獣王様の一族にしかできない頼みごとがございまして、是非、お力をお貸し願いたいのです」


 さりげなく、皮袋をテーブルの上に載せる。もちろん、中には金貨が詰まっている。

 それをチラリと見て、獣王バルバスは鼻息が荒くなる。


「どんな話だ? 言ってみろ」


「実は……」


 仮面の男は小さな声で、テイン皇帝暗殺計画の概要を語った。


「な、なんと! エイクス帝国の皇帝が、団体に加入している貴族たちを困らせているから、相互扶助として、皇帝を亡き者にしたい、と」


 少し手が震えている。


「その通りです。獣王様の一族にしかできないことなのです」


「俺様の一族にしかできないこと……。そうか、相互扶助とか言ったな。今度は俺様が助ける番だと言うのだな! やってやろうじゃねえか!」


 初代皇帝の逸話にあるように、古来より、シレッド獣国とエイクス帝国は仲が悪い。そんな背景もあって、脳筋な獣王バルバスは「獣王の一族にしかできない」の言葉に乗せられて、安請け合いしてしまった。


「ありがとうございます。これには準備がございますので、詳細はまた後日に。それまで内密にお願いします。露呈してしまわれますと、苦しんでおられる方々がさらに苦境に追い込まれますので」


「それぐらい、わかっておるわ! では、詳しい話、待ってるぜ!」


 密約は成立した。

 この時点で、獣王バルバスはシレッド獣国とエイクス帝国が戦争になるとは思ってもいなかった。

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