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048話 【前の世界線】トモリン、山を下りる

ユリィとトモリンが、山中で出会うことのない世界線における話です。

 帝国が滅亡する、「前の世界線」において――


 帝国歴300年1月。


「おはよう、ばっちゃん」


 いつもは「おはっち~」なのだが、今日に限って普通の言葉が出た。

 トモリンは不思議な夢を見て、前世の記憶を取り戻したのだ。


「ああ、トモリンかい。おはよう。今朝は遅かったねえ。具合でも悪いのかねえ?」


「寝坊しちゃったね。大丈夫、健康そのものだよ!」


 毛皮のコートを羽織り、弓を手に家を出る。

 弓でウサギや鳥を仕留めるのが、トモリンの役割だ。


(変な夢だったよねー。全然忘れられないよ)


 そんな、昨夜の夢のことを思いながら弓を引く。


 平和な日本でJK(女子高生)として過ごした夢。それは現在までのトモリンの記憶と融合して一つの「記憶」となっていた。


(ゲロゲロ~。私、うさちゃん仕留めてる~)


 矢が刺さったウサギを見て、我に返る。

 昨日までは当り前のようにしていた狩りも、動物を射止める行為に、なぜだか罪悪感が込み上げてきて、今は気が進まない。


(少し休んで、落ち着こうかな。なんか変だし)


 心の整理をしようと思い、その辺の岩に腰かける。

 そしていろいろ考え、自身のことを「山ガール」だと思い込む。


(都会って、あんな夢のような世界なのかな?)


 夢で見た世界。しかし、実体験したような記憶となって頭から離れない、まさに夢のような世界。


(山ガールは、うんざりだよ! もっと、きゃっきゃうふふな生活がしたい!)


 その日。婆さんの引き留めを振り切って、トモリンは山を下りた。

 都会に行けば、きっと幸せな世界が待っている。そう信じて、山中を、森の中を駆け抜けた。


 森を抜けると街道を発見した。


「ばっちゃん、帝都は西にあるって言ってたよね?」


 それは、帝都の位置を教えるために言ったのではなく、単に西にある帝都は危ない場所だと教えたのだが、前世日本でのJKの記憶が混ざることで、半分平和ボケになったトモリンは、都会は安全な場所だと思い込んでいた。


「ありゃ? 村があるよ? やっぱり村娘とかいるのかな? 仲良くなれたりして。寄っていこうっと!」


 街道を西に進むと、すぐに村を発見した。

 トモリンは、村の中へと歩いて行く。

 すると、建物の陰から何人かの村人が現れた。


「あいつ、なにもんだべ?」


「あの、毛皮! 山のもんだべ! 不潔や! 出てけー!」


 村人たちは、突然大きな声で威嚇し、泥や石を投げつけてきた。

 皮の服を着ているトモリンは、麻のような服を着ている村人とは明らかに違う、目立つ外観だ。


「痛っ! 何するの? やめてよ、やめてってばー」


「出ていけっつーのが、わからねえか! しっし!」


「山のもんさ、来るとこじゃねえべ! 山へ帰れ!」


 トモリンが必死に止めるように懇願するが、村人は一向に止めようとしない。トモリンの言うことなど聞く耳持たぬ、そんな感じだった。


「どうして聞いてくれないの?」


「出てけって、言ってるのがわからねえべか!」


 石を投げつける村人。


 トモリンは泣きながら村から逃げだした。それでも執拗に追ってくるので、近くの林へと逃げ込み、身を隠す。

 やがて、村人たちは追い払うことに満足したのか、村に戻って行った。


「ぐすん。ひどいよー。私が何をしたって言うの?」


 理解できない悲しさで、涙を流すトモリン。


 しばらく隠れていると、街道上を空の荷車を引いて歩いてくる数人の男たちの姿が目に入った。村人より高価そうに見える服を着ている。


(裕福な人? 村の偉い人? それとも、あれが町の人なのかな?)


 最後の予想が当たっているのだが、現時点ではそれはわからない。

 そのまま見ていると、その男たちはそのまま村の中に入って行った。


 そして、聞こえてきたのが。


「おら、てめえら、食料を早く持ってきやがれ!」


「隠すとぶん殴ってやるからな!」


 村人を脅す、男たちの声だった。


「町の民よ、どうかお許し下され。それを持って行かれると、ワシら、明日から食うもんなくなるだ」


「うるせえ! その辺の草でも食ってやがれ!」


 バンっと音が鳴った。

 よく見えなかったけれど、村人が一人倒れている状況から予想すると、どうやら殴られたようだ。

 そして、やりとりから、男たちは町の民だとわかった。


 荷車に食料を載せ、来た道を戻って行く町の民。

 その方向は帝都とは逆方向で、トモリンの目指す方角ではない。


(今のは何だったの? 盗賊? でも、『町の民よ』って、聞こえたけど……。村人さん、食べ物持っていかれたよ?)


 理解できない現実の連続に、混乱するトモリン。


(もう、街道には誰もいなくなったよね。今のうちに西に行っちゃえ!)


 村に寄ることは諦め、街道を西へと走る。


 しばらくすると、街道の先に町が見えてきた。

 城壁で囲まれていて、しっかりとした造りだ。


「少しちっちゃいけど、あれが帝都なのかな?」


 町の入り口へ、吸い寄せられるように歩いて行くトモリン。

 山の民の村を飛び出してから何も食べておらず、屋台から漂ってくる、おいしそうな匂いにつられた、とも解釈できる。


 町の門には門衛が立っていた。

 トモリンは、また石を投げてくるのではないかと、びくびくしながら門を通過した。が、門衛は一度後ろのほうを向いて誰かに何かを告げただけで、それからは何やら言いたげな顔をしてこちらを見ているだけだった。


 町の中を少し歩くと、中央広場に辿り着いた。


「うーん。おいしそうな香りがするよ~」


 いくつかの屋台があって、そこでは食べ物や雑貨品などを扱っている。

 おなかがペコペコなトモリンは、無意識に、食べ物の屋台の方へと足を向かわせる。すると。


「なんだ、この汚らしい者は! こっちに来るな! あっちへ行け!」


 屋台の周りにいる町の民に追い払われた。

 門衛は通してくれたのに、町の民は、やはり村人と同様、さげすんだ目でトモリンを見下し、汚いモノをどかすかのように、身振り手振りで追い払おうとする。


 トモリンは、裏通りらしき暗い通りに逃げ込んだ。

 そこで縮こまって、身を潜める。


(なんなのー? 私、何かしたの?)


 再び混乱するトモリン。


 やがて、町の民の声が遠ざかって行く。町の民は裏通りまでは追ってこなかった。


(何かが近づいてくるよ?)


 町の民がいなくなってすぐに、山ガールの耳は、パカパカと鳴る蹄の音を察知した。


(こっちに来るのかな? 逃げなきゃ、隠れなきゃ!?)


 辺りを見回すが、この先は一本通りで隠れられる場所がない。


(どうしよう、どうしよう……)


 改善策を見いだせず、再び頭を抱えて背中を丸めた。本人的には隠れたつもりだ。


(うわ、どんどん近づいてくるよ? 私は岩、私は岩。誰も気づかない、完璧な岩)


 前世において、学芸会で木の役割なら完璧にこなしていたトモリン。岩になりきるぐらい、朝飯前だった。


 パカパカ、パカ。

 トモリンの後ろを少し過ぎた所で、蹄の音が止まった。


(う、後ろにいるよ!? 私は岩、私は岩……)


 コトンコトンコトン。

 何者か二人が、馬車から降り、トモリンの後ろに立った。


「そこで小さくなっているお嬢さん」


 突然の声かけに、びくっとするトモリン。岩の役、失格である。


(み、見破られた!? やっぱり木の役じゃないと、ダメなのかな……。気合だ、気合が足りないんだね!)


 もう一度、気合を入れて岩になりきる。


「お嬢さん、どこか調子でも悪いのですか?」


(岩なのに……。私しかいないし、私のこと、だよね?)


 さっき周囲を見回したときには誰もいなかったし、すぐ背後から声をかけられている。


 岩になりきるのを諦めて、石が飛んでくるのではないかと恐れながらも振り向けば、立派な馬車の前にタキシードのような服を着た紳士が二人立っていた。

 一人はメガネをかけ、金色の長髪を首の後ろで縛った若いイケメンで、もう一人は老紳士だ。


「私? 私は、どこも悪くないよ?」


「それは安心しました。それにしても奇遇ですね。山の民ではありませんか」


 優しさのこもった言葉に、安心して力が抜けるトモリン。


(イケメン……)


 脱力しながらも、観察は続く。


「ああ、申し遅れました。わたくし、ここミレイニーの町の領主ルデイル・ワイヤードと申します。町の中ではお困りでしょうから、私があなたを保護致しましょう」


「保護……、助けてくれるの?」


「はい。私の屋敷へと案内致しましょう。失礼ですが、お嬢さんのお名前をお尋ねしても?」


「あ! トモリン。私はトモリンだよ!」


 相手が名乗ったのに、自身は名前を言い忘れていたことにようやく気がついた。


「トモリンさん。屋敷へ向かいましょう」


「それでは、馬車へどうぞ」


 先にルデイルが馬車に乗り、それから老紳士風の男が手引きして、トモリンは馬車の中へと入った。

 間もなく馬車が動き出し、本通りに出て、立派な屋敷の前に到着した。


「こちらが我が屋敷。まずはお休みになり、それから少々、歓談致しましょう」


 先に馬車から降りた老紳士が、手を引いて降りる手助けをする。

 そして、屋敷に入ると、トモリンはメイドに連れられて風呂に入る。


「わー。おっふろだ、おっふろー」


 生まれて初めて入る風呂。前世の記憶にはあるが、実際に入ると、その良さが心の底からわかった。

 メイドに体を洗ってもらって綺麗になり、風呂から出ると着替えに臨んだ。


「わあー。ドレスだよ、ドレス。こんなの着てみたかったんだあー」


 用意されていた服は、町の民の服よりも立派なドレス、貴族の服だった。


「むぎゅう」


 メイドにより、コルセットで腹部を締め付けられ、変な声を出すトモリン。


 着替え終わると、食堂へと案内された。


「さあ、どうぞ。食事をしながらお話をしましょう」


 先に席についていた領主のルデイル。


 メイドが椅子を引き、座らせてくれる。初めてのトモリンは、座るタイミングを見誤りバランスを崩したが、自称山ガールのバランス感覚で持ち直すことに成功した。


「うわあ、ごちそうだねー」


「我がワイヤード家は下級貴族でして、ささやかな物を並べております」


 二人のグラスにワインが注がれ、それを口にすることで、食事は始まった。


(これは、テーブルマナーと言うやつだね! 夢の中で教わったから、えっと、まずは……)


 トモリンは前世の知識を総動員して食事に当たった。

 急造のテーブルマナーは、山の民の自由奔放な食べっぷりと比べれば、一応、上品ではあった。


「山の民のトモリンさんは、どうしてこちらの町まで、お見えになられたのでしょうか?」


 食事をしながら、ルデイルがにこやかに尋ねた。


「えっとね。都会に行ってみたかったの」


 はむはむと、いろいろ頬張りながら答えるトモリン。

 テーブルマナーとはフォークとナイフの使用方法だけについての取り決めだと思っていた!


「そうですか。山の生活も、自然が満ちていて良いものでしょうが、町を見ることも人生経験として、素晴らしいことです」


「それでね、最初に村に行ったの。でもね、村の人が石を投げて入れてくれなかったの」


 むぐむぐと、いろいろ口に追加するトモリン。

 生まれて初めてのごちそうに、フォークが止まらない。


「町でもね、大人の人がね、私を追い払おうとしたんだよ」


「そうですか。そんなことが……。それはお気の毒でしたね」


 ルデイルはフォークを皿に置いて聞き入っている。

 その途中、指でメイドに何か合図を送ると、しばらくしてトモリンの前に料理が追加された。


「私、何も悪いことしてないんだよ?」


 もぐもぐしながら、私悪くないアピールをするトモリン。


「トモリンさん。この帝国における、身分というものをご存知ですか?」


「身分?」


「国を統治するうえでの上下関係、とでも申しましょうか」


「山の民の村の村長さんとかのこと?」


 トモリンは首を傾げる。


「そうですね。もっと広く、帝国という視野で見れば、皇帝陛下を頂点として皇族、上級貴族、下級貴族がいます。さらにその下に、町の民、村の民と続きます」


 人差し指を立てて、腕を振りながら一つ一つ語ったルデイル。


「へー。いろいろあるんだね」


「そして、今申し上げた順に、優越権があります。本来、帝国の明確な法としては、貴族の下には差異はないのですが、慣例として、町の民は村の民よりも優位の存在、身分的にも上とされています」


「へー。そうなんだ」


 トモリンは他人事のように聞いている。


「そこで、山の民は、村の民よりも身分は下位に位置しています。そのため、トモリンさんが被害に遭われましたように、村の民が山の民に石を投げたり、町の民が山の民を追い払うことは、身分を考慮すると問題のない行為とされています」


「そ、そんなの間違っているよ!」


 ようやく、この話が自身に関わるものだと理解したトモリンは、声を荒げる。


「村でね、町の人が食べ物を盗んでいったんだよ? そんなことも、してもいいの?」


 そして、何かを憐れむような目で尋ねた。


「もしも、村の民がそのことを領主に訴えたとしましょう。領主は町の民と村の民の両方の言い分を聞きはしますが、明確な証拠がない限り、町の民の言い分を優先するのが、帝国における常識なのです。ですから、町の民が罰せられることはなく、町の民が村の民に何をしても問題がない、というのが実情なのです」


 ルデイルは、トモリンの目を見据え、ゆっくりと話した。


「そんなの、おかしいよ! 悪いことしたら罰せられないとおかしいよ!」


 ちょっと、口に含んだものが飛んだりしたが、それに気づかない振りをする優しいルデイル。


「町の民が、村の民よりも優位。それが、帝国の実情なのです」


「町の人と村の人で差が出るのはおかしいよ! そんな常識、ぶっ壊そうよ!」


 テーブルに両手をついて立ち上がったトモリンを、なだめるようにルデイルが言う。


「トモリンさん。常識を変えるため、帝都に行って見識を広めてみられてはいかがでしょう?」


(帝都? 帝都って夢見る大都会? そこにはバラ色の人生が……)


 これまでさんざん酷い目に遭ってきたのに、懲りずに「帝都」の言葉に夢を見るトモリン。


「行く! 絶対に行く!」


「承知しました。それでは、今の山の民のままでは都合が悪いでしょうから、私の養子になりませんか?」


「養子になれば、何かいいことがあるの?」


「僭越ながら、我がワイヤード家は下級貴族の一員。養子になることで、トモリンさんも下級貴族を名乗ることができます」


 ここでルデイルは、ベルを鳴らし、執事を呼び出す。


「うん。なる! そうすれば、町の人や村の人と仲良くなれるよね?」


「仲良くは……、トモリンさんの努力次第でしょうが、きっとなれるでしょう」


 執事が書類を持ってきた。


「では、こちらに署名を……」


 様子を窺うように、その書類を差し出すルデイル。山の民が、文字を書けるか不明だからだ。


「うん。書いちゃうよー」


 一応、山で育ったトモリンでも、文字ぐらいは書けた。


「トモリンさん。いえ、今からは、私の娘トモリンですね。おそらく、見た感じでは学園に入学できる年齢だと思います。帝都で魔法学園に入学してみるのは、どうでしょう? 見識が深まると思いますよ」


「学園!? 行く! めっちゃ行く!」


 二つ返事でエイクス魔法学園への入学が決まった。


「それでは、そのように手続きを致しましょう。魔法学園が始まるのは3月からですので、しばらくは、我が家でお過ごしください」


 今は1月で、帝都までの移動時間を考慮してもまだまだ日数がある。

 その間、トモリンは、貴族らしい振る舞いを教えてもらうことになった。


「どうしてルデイルさんは、私に親切にしてくれるの?」


 トモリンの問いに、ルデイルはやや俯き気味になり、メガネが不透明になって、その端が一瞬輝いたように感じられた。


「私も下級貴族。上級貴族からの嫌がらせを存分に味わってまいりました。だからといって、このような辛酸を、彼らと同じように下位の者に与えるのは、間違いであると思いますので」


「そうだよねー! 身分が上だからと言うだけで嫌がらせするなんて、間違っているよねー! それに、村人も町人まちびとも、みーんな同じ人間で、身分の差なんて、ないよ!」


 トモリンの頭の中では前世の記憶が融合しているため、人は皆、平等であるべき、と思うようになっていた。

 ルデイルはにこやかに頷きながらトモリンの話を聞いている。


「ふふふ。そうですね。身分の差なんて、ない。魔法学園で研鑽を積むことで、更なる思いが募ることもあるでしょう。大いに学んできてください」


 ルデイルは、そう、締めくくった。

なっしんぐ☆です。

学園における主要メンバーが出揃いましたので、ここで一区切りとし、これからは一番最初の世界線で、どのようにして帝国が滅亡したのかを描きます。


ユリィとトモリンが出会わない世界。

そこでトモリンはどのような行動をとったのか。

そして、それが世界に及ぼす影響は……?


現在の世界線の時間を追い越して、帝国滅亡までを書く予定です。

これまでの、そしてこれからのユリィの行動は、この世界線での出来事を背景としています。


※運命づけられている事象は世界線が異なっても同じように発生します。その辺りは、説明文を簡略化して表現していきます。

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