047話 クリスティーネとココナ
クリスが心を開いた次の日の放課後。
ユリィたちはグランドで魔法の練習をすることになった。
「魔法の能力、魔力は、魔法を正確に的に当て、正確さを保ったまま、速く、大きく、そして威力を増すように何度も発動することで伸びると言われているわ」
「そんなことぐらい、知っているわ! 伊達に何年も家庭教師と遊んでいたわけじゃないんだから!」
「クリスちゃん、遊んでたんだ……」
完全にいつもの調子に戻っているクリス。
「ボクが、的を作る」
「私も手伝うぞ」
魔法を撃てない二人が、率先して裏方を名乗り出た。
的は魔法が当たると破壊される。そのため、毎回作り直す必要があった。
「あんたたちみんな、第三階級の魔法使いよね? 誰が先に第四階級になるか勝負よ!」
「うん! 負けないよ!」
自信たっぷりのトモリン。
「ちょっと待ったー!」
ミーサがそそくさと歩いてきて、トモリンの背中を押して連れ去る。
「トモリンはここで、的を作る手伝いだよな? な?」
肩を抱いて小声で話すミーサ。
「どうして?」
「まあ、その、なんだ。大々的に的を壊されたら、作るの大変だろ? な?」
「そだねー。じゃあ、今日は的係をやるよ!」
「明日もな!」
目の前で常識外れの魔法を連発されたら、また、クリスが落ち込むのではないかと懸念したミーサは、トモリンに裏方係を押し付けた。
ロザリーは既に迎えの馬車に乗って帰っているので参加していない。だから、魔法を撃つのはクリスの他には、ユリィとマルティナだけになる。
トモリンはグランド沿いの庭園へ走って行き、葉っぱをたくさんちぎって戻ってきた。
「気合入れて作っちゃうぞー!」
グランドの地面に葉柄を突き刺して、等間隔に葉っぱを並べて行く。
「葉っぱさん、大きくなあれ!」
右手に木の杖形状のスティックを握るトモリンの詠唱とともに、どどーんと伸びて大きくなる葉っぱ。
「な、なによ、あの魔法!?」
驚きを隠しきれないクリスと、「あちゃー」と目頭を押さえるミーサ。
「トモリンの魔法は木属性よ。多分、今のは第二階級かしら?」
正確には、第二階級で使えるようになる魔法を、第四階級並みの広さで発動したものだった。
各魔法の最大規模は魔力で決まる。ココナの伝授により、トモリンは人族の限界を優に超える第七階級クラスの魔力をもっていて、その気になればもっと広く発動できるのだが、今回、葉っぱを並べた地面の広さから、第四階級程度の規模に絞って発動したのだ。
「き、木属性よね。普段見ないから、ほんのちょっと驚いただけなんだから!」
ユリィの言葉をどこまで信じたのかは不明だが、クリスはとくに劣等感を抱いてはいないようだった。
エマが、バツ印を書いた紙を、画鋲のような物で葉っぱに取り付けて行く。
授業のときのように丸印ではなくて、バツ印なのは、この場で急遽作成した的だからだ。丸を正確に描く道具を持ち合わせていないのだ。
「的の部材、いらなくなったな」
棒と板を抱えて歩いていたミーサが、回れ右して場外へと出る。
トモリンたち裏方が場外に出ると、魔法の練習が開始された。
「詳しいことは知らないけど、魔力を上げるには、とにかく正確さが重要だと聞いているわ。だから、第一階級の魔法で練習しましょうか」
「そうよね。家庭教師も同じことを言っていたわ。第三階級の魔法で的を壊したら、的のどの部分に当たったのかわからないって怒られたんだから!」
「それでは、手始めに私が撃ちます。我求めるは冷氷。冷固なるつぶてとなりて彼の者を撃ち抜きたまえ。アイスバレット!」
黒いスティックを握り締め、マルティナが氷弾を撃ち出した。
それは、ゆっくりと飛んで行き、正確に的の中心を撃ち抜いた。
「皇女近衛騎士だかなんだか知らないけど、あんた、やるわね!」
「姫様の御前です。クリスには負けるわけにはいきません」
ライバル意識を剥き出しにするマルティナ。二人の心のベクトルはたぶん、異なる向きを向いている。
「ふん! 見てなさい! 情熱、怒りを糧に燃え盛る炎よ、炎の球となりて彼の者を打ち倒したまえ。ファイアボール!」
クリスが手の平から小さな火球を飛ばした。
これもゆっくりと飛んで行き、的の中心を焦がして射抜くことに成功した。
「二人とも素晴らしい腕前だわ」
「こんなの、できて当然よ!」
「姫様も、早く魔法をお見せになってください! 楽しみです!」
マルティナの視線が熱い。
「ええ。あまり期待しないで欲しいわ……。強大な力を秘める大地よ、石のつぶてとなりて彼の者を撃ち抜きたまえ。ストーンバレット!」
白いスティックを握り締め、石弾を撃ち出した。
そして、的に到達すると、上手にその中心に穴をあけた。
「今日の魔法は、いつもより、ずいぶんゆっくりとした魔法だな。トンボが飛ぶくらいの速度……よりは、速いか」
「オニヤンマぐらいの速度だね!」
「は? オニヤンマ?」
帝都育ちのミーサには理解できない表現だった。
オニヤンマは赤トンボとは比べ物にならないくらいに速く飛ぶのだが、普段全力で発動している魔法の飛翔速度には負ける。トモリンは、そんな感じのことを言いたかったのだろう。
「葉っぱさん、元気になって!」
魔法が貫通して穴のあいた葉を、魔法で治すトモリン。
「ミーサ。ぼーっとしてないで、張り替え」
「あ、ああ……」
忙しそうにしている裏方とは対照的に、通常営業の魔法組。
「姫様、お上手です!」
「マルティナ、ありがとう」
「ふん! 勝負はこれからよ、これから!」
的は六つ用意してあるから、張り替え中の三つを避け、場所を変えて再度魔法を撃ち出し始める三人。
今度は先ほどより速度を上げている。
「……アイスバレット!」
「……ファイアボール!」
「……ストーンバレット!」
三人がほぼ同時に撃ち出したその結果は。
「ああ、少し速度を上げただけなのに、ちょっとだけ右にずれました。これを調整しながら練習を続けるのですね!」
「ふん! これくらいの速度なら、できて当然よね」
マルティナの氷弾は、的の中心よりも右に逸れた。
それに対し、クリスとユリィの魔法は的の真ん中を貫いた。
「クリスは、魔法が上手ね」
不意にユリィに褒められて、胸の奥がキュンとなったクリス。このとき、彼女の心の中で、何かが芽生え始めた。
ここから先は、マルティナは現在の速度で確実に中心を狙えるようになるまで練習となり、クリスとユリィは、的の中心から外れるまで速度を上げていくことになる。
ある程度速度を出せるようになれば、今度は大きさを上げて行くのだが、それは、今日明日にできることではない。
それからも氷弾が、火球が、石弾が、次々と飛んで行く。
「魔法の練習も、やってみれば楽しいじゃない!」
これまではライバル不在で競う相手がいなかった。
父という高い目標だけがあり、孤独かつストイックな魔法の練習は、比べる者、身近な目標がなく、面白みをまったく感じられなかった。
それが今、ライバルとともに切磋琢磨することで、生来の負けず嫌いの性格が、魔法の練習を楽しい物へと変化させていた。
「これ、裏方、大変だな!」
「トモリンがいるから、設置は楽。ミーサも的を描いて」
筆とインクでバツ印を量産する裏方三人。
魔法組は何度も何度も魔法を連発し、裏方は大忙しだ。
「なあ。こんなことしなくても、ココナに頼んで、魔法の能力を上げてもらえばいいんじゃないのか?」
以前、禁断の間に入ったとき、ココナはユリィの魔力を上げた。それまでのユリィは第二階級までしか使えなかったと聞いている。今は第三階級の魔法を撃てる。さらに、エマは魔道具の特別な技能を授かった。
また別の日には、ミーサの剣技の能力までも上げた。
だから、ココナに頼めば、クリスの魔法の能力も特別に上げてもらえるのではないかと思った。
「ミーサ、それ、賛成。トモリン、ココナを呼んで」
「そだねー。呼ぶよー。ココナちゃん、おいで~」
『呼んだコン?』
ぽふっと光の粉が舞うようにして、トモリンの肩の上に現れたココナ。
ココナを肩に乗せたまま、魔法組の方に歩み寄る。
「えっとねー、クリスちゃんの魔法の能力を……」
「このバカギツネ!」
トモリンの言葉を遮っての、いきなりの悪態に、戸惑う一同。
その結果、クリスの目に、既にココナの姿が映っていることについて違和感を感じる余裕はなかった。
『僕はココナ。バカギツネじゃないコン』
「クリス、どうしたんだ?」
心配になって声をかけるミーサ。
「どうしたもこうしたもないわよ! このバカギツネ、私に魔法の能力を伝授してくれなかったんだから!」
「ココナ、そうなの?」
ぷりぷり怒るクリスを見て、ユリィも心配になり、事実関係を聞き出したくなった。
『この子には、僕からは伝授できないコン』
「どうしてなの? 魔法の素質がないから?」
「さっきから魔法を撃っているでしょ! 素質がないなんて言わせないわよ!」
『うーん。人類には〇と×と△がいて、トモリンが〇で、クリスは×だコン。ココナは〇にしか伝授したらいけないコン』
「そ、それなら、私も『×』なのか!?」
『ミーサは、単純に、魔法の素質がないだけだコン』
「知ってた……、知ってたよ……。少しぐらい逃避させてくれても……」
落ち込むミーサ。
「〇とか×では、よくわからないわ。もう少しわかりやすく説明してくれないかしら?」
ユリィはミーサを放置し、ココナへの問いを優先した。
『それなら、トモリンがウサギで、クリスはオオカミだコン。今のみんなの要望は、ウサギがオオカミの足をもっと速くしてくれって言っているのと同じだコン』
ココナ的にはわかりやすく説明したつもりだ。
「私はトモリンを食べたりしないわよ!」
『僕はキツネの精霊。だから、動物に例えただけだコン』
「それなら、クリスちゃんが私を食べなければ、魔法の能力を上げてもいいんでしょ?」
(クリスちゃんが人を食べるなんて、絶対にないんだから! 肉のことなら、ミーサちゃんのほうがいっぱい食べるんだし! ココナちゃん、意地悪したいだけなのかな?)
例え話を実話と混同しているトモリン。
『トモリンが、どうしてもって言うのなら、仕方がないコン……』
ココナは肩の上でチョコンとお座りし、鼻先をトモリンの頬に当ててぐりぐりする。
「ココナちゃん、くすぐったいよ……。もちろん、どうしても、上げて欲しいんだよ!」
半分笑い顔で依頼するトモリン。「どうなっても知らないコン」と言って、ココナはぴょんっと肩の上で跳ねた。
すると、クリスが輝く光に包まれる。
「あ! 魔法が……。新しい魔法が……。これで私も第四階級の魔法使いよ!」
両手の平を胸の前に広げ、まじまじと見つめるクリス。
火、水、風の三属性の魔法が第四階級に到達した。
『そこから先は自分で上げるコン』
「まだ上がるって言うのか……」
落ち込んだまま、ボソリと漏らすミーサ。
「マギアード家の者として、当然のことよね!」
昨日まで、他人からマギアード家だと言われることに恐怖を抱いていたクリスだったが、昨日の風はどこ吹く風。今では、マギアード家であることに誇りを持っている。
「あんた、スティックを忘れているでしょ? みんなには配っているのに、私にはくれないわけ?」
手を開いたり握ったりしてから、ココナを問い詰める。
『スティックは、純粋に、僕からは与えられないコン。精霊間の掟だから無理なんだコン』
「けちんぼ! まあ、スティックなんて飾りよね! 魔法のできない人にはそれがわからないだけなんだから! ほら、あんたたち、練習を再開するわよ!」
とりあえず満足したのか、練習に戻るクリス。
「クリスちゃん、よかったね!」
朗らかに微笑むトモリンだった。




