049話 【前の世界線】トモリン、エマとミーサに出会う
帝国歴300年3月。
しばらくの間ルデイルの屋敷で世話になり、ワイヤード家の馬車に乗って帝都にやってきたトモリン。
入学祝いとして、魔法収納のポーチをもらっていた。中にはペンやノート、着替えの他に、金貨がたくさん入っている。
「帝都っておっきいねー」
ルデイルが治めるミレイニーの町とは比べ物にならないくらいの巨大都市、帝都マドーズ。
「あのアクセサリー、超カワユイ!」
「あの服、いいなー! カワユーイ!」
正面に座っている執事のアルミンは、にこやかな顔でそれを聞き流している。
馬車の窓から見える光景は、トモリンには刺激が強過ぎた。
しばらく一人ではしゃいで疲れたところで、入学案内書に目を通す。
今は、エイクス魔法学園に向かっている途中だ。
「魔法学園には上級貴族正門、下級貴族正門の二つの門があるけど、どうして?」
「お嬢様。それは、魔法学園そのものが、上級貴族エリアと下級貴族エリアの二つで出来ているからでございます」
案内書には魔法学園の間取り図が記載されている。
それを見ると、敷地の中央に壁らしき線が引いてあって、東側と西側とで完全に分離されていることがわかる。
東側が上級貴族エリアで、西側が下級貴族エリアだ。
「学園なのに、身分の差があるんだ……」
ポツリと小声で話すトモリン。
「身分の差がありますればこそ、いらぬ問題を起こさぬよう、上級貴族と下級貴族が顔を合わせないようにしているのでございます」
ちょっぴり残念な気分になったけど、それでも、夢にまで見た学園生活。期待はまだまだ萎まない。
「身分の差なんて、なくしちゃえ!」
なんとかできるアテはないが、なんとなく、なんとかできる気もする。前世の平和な記憶が、トモリンに根拠のない自信を持たせていた。
下級貴族正門を通り、学園寮まで行った所で馬車は止まった。
「お嬢様、到着です」
「アルミンさん、ここまでありがとー! 元気に学園生活してくるね!」
馬車を降り、大きく手を振るトモリン。
寮に入り、手続きを済ませる。
翌日。
実技棟において、待ちに待った入学式が始まった。
下級貴族用の制服である、茶色のブレザーを着て、ルンルン気分で入学式に臨んだのだが……。
(あー。偉い人って、どこでも話が長いんだねー)
運営長の長い話で、ダルダル気分に変換されたトモリンだった。
それが終わると、入学生代表が誓いの言葉を述べるために壇上に上がって行く。
(うわ! チャラ男だ! 能ある鷹は爪隠すってやつなのかな?)
壇上に上がったのは、ダミアンという名の男子だった。
耳に緑色のピアスをつけ、制服を着崩しており、学業優秀というイメージとは程遠い、チャラチャラした感じがする。
(めっちゃ短い誓いの言葉! そこだけグッジョブ!)
一瞬で終わったダミアンの誓いの言葉。人は見かけで判断してはいけない、そう思い直したトモリンだった。
あっという間に閉式となり、講義室に移動する。今日から授業が始まるのだ。
算数の授業では、教わっていないのになぜか計算ができたり、歴史の授業では、初めて聞くことが怒涛の波で押し寄せて溺れそうになったり……。
夢にまで見た学園での授業は、楽しくもあり、眠くもあった。
次の日。
講義室から実技棟に移動して、体術の授業を受ける。
内容は護身術の習得なのだが、なかなかうまくできない。
(あの赤い髪の子、凄くない? 掴みかかった先生を倒しちゃったよ?)
赤いポニーテールの娘に視線が行く。
そして、何度体を動かしても護身術をうまくできないトモリンは、
(きっと、これは私を騙す疑心術! 騙されないぞ!)
先生の教え方が悪いのだと、責任転嫁していた。
授業が終わり、講義室に戻るため下駄箱の前に行く。
体術の授業は体を動かしやすいよう、靴を履き替えているからだ。
とくに、一部の生徒が着用しているハイヒールっぽい靴は、明らかに運動に適していない。
下駄箱の前には、背伸びしたり、しゃがんだりしている青いショートヘアの娘がいる。
(都会の子って、人の靴に興味があるのかな? 私も興味があるし、混ぜてもらおうかな?)
「ねえ、何してるの?」
気軽に話しかけたトモリン。靴の流行とかを聞き出そうと思ったのだ。
「ボクの靴が、ない。間違いなく、ここに入れた」
「え……? 靴がないの? どんな靴? 私も一緒に探してあげるよ!」
予想外の返答に、二人で靴を探すことになった。
入れ間違えはないか、また、誰かが間違えて履いて行ったのなら、一足余るはずだから最後まで残って念入りに調べる。
しかし、最後の一人が履き替えて講義室に戻っても、下駄箱に余る靴はなかった。
「おかしい。どうして余らない?」
青い髪の娘は、頭を抱え込む。
諦めて講義室に戻ろうとしたところ、壁際に置いてあるゴミ箱に、靴らしき物が突っ込んであるのを、トモリンが見つけた。
「うわ! あれじゃない!? 取り出してみようか?」
トモリンがゴミ箱の中から靴を取り出し、付着したゴミを払って娘に渡す。
「こ、これ、ボクの。ありがとう」
「もー! 一体誰がやったの!」
ぷんぷんと怒るトモリン。
「ボクは、エマ。君は?」
「私はトモリン!」
「トモリン、ありがとう。助かった」
靴の中にまではゴミは入っていなかったので、すぐに履き替え、講義室へと向かう。
そして、講義室で。
「ボクのペン……」
机の上に置いてあったエマのペンが、二つに折れていた。
「またまた悪いことする奴がいるんだね! 一体、エマちゃんが何をしたって言うの!」
トモリンは、先日の、街道沿いの村での出来事を思い出していた。
自分は何も悪いことをしていないのに、一方的に石を投げつけられた。ここにもそんな、悪い奴がいる。
(こんな悪い奴をのさばらせている帝国。私は帝国を変えるためにここに来たんだから! 女神様は良い人の上に悪い奴を造らず、だよね!)
そして、暗い顔をするエマの頭を撫でて、ポーチからペンを取り出して差し出す。
「これを使って。エマちゃん、もう大丈夫だよ。これからは私が一緒に戦ってあげるんだから!」
「ありがとー」
エマは、知らないうちに帝国を変える仲間に引きずり込まれた! 報酬はペン一本だ。
午後の授業が終わり、帰り際、エマがお手洗いに行くと言って席を立った。
すぐに戻ってくるだろうからトモリンは一緒には行かず、講義室に残って教科書類を見張っていた。
(エマちゃん、遅くない?)
しばらく待っていたけど、エマはなかなか戻ってこない。
仕方なく、トモリンは様子を見に行くことにした。
トイレは廊下の先を曲がった所にある。
進むにつれ、声が聞こえてきた。
「おい、カーペン家のゴミ虫さんよ!」
「へへ! ゴミ箱をあさるゴミ虫さん!」
「うわっ! きったねー!」
男の声だ。
「ゴミ虫が、貴族でもないのに魔法学園に入るとは、いい度胸じゃねえか!」
「町の民が貴族の真似事をするなんて、百年早いんだよ!」
「そうだ、そうだ!」
角を曲がると、エマが三人の男に絡まれていた。
そのうちの一人は、入学式のチャラ男だ。
その他、少し離れた所で、数人の女子が、困ったような顔をして成り行きを見ている。
「お前の顔を見てると虫唾が走るぜ!」
「カーペン家はゴミ虫の巣!」
「そうだ、そうだ!」
「カーペン家をけなすのは、許せない!」
それまで黙っていたエマが、男の顔を睨んで言い返した。
エマは貴族ではなく、大商人カーペン家の娘だ。
「なんだ! その目は! ランキング一位のダミアン・ダスティ様に逆らおうってのか? ああん?」
「エマちゃん!」
「なんだ、てめえは! おっ、逃げるのか! 糞虫どもが!」
トモリンは夢中で駆け出し、エマの手を掴むと反対方向に逃げ出した。
一緒に戦う宣言は、どこへやら。
逃げたまでは良かったが、真っ直ぐに逃げたため、その先は行き止まりだった。
「おい、待てよー」
誰かが追ってくる。声からすると女性だ。
「ちっ、興ざめだ。帰ろうぜ」
ダミアンたちは追うこともなく、どこかに消えた。
そうとも知らず、トモリンは突き当たりの黒い壁に滑り込むように取り付き、座り込んで頭を抱える。
「私は岩、私は岩、大きな岩……」
一度見破られているにもかかわらず、秘術、岩変化を発動した。
(心頭滅却すれば、岩をまたいでやり過ごし……)
前世の知識が、トモリンに変な役を演じさせていた。
「もう大丈夫だ。お前、ダミアンを前に逆らって見せるって、凄いなー!」
やはり、岩変化は簡単に見破られた!
これはルデイルを含めて二度目のことであり、次からは立った状態で木になりきろうと思うトモリン。
女性の声に、振り向き、顔を上げる。
「ダミアンは、ランキング一位だぞ? よくそんなことができたな」
このポニーテールの赤髪の娘は、朝の体術の授業でハッスルしていたから、トモリンには見覚えがあった。
安心して体の向きを娘の方に変える。まだ座ったままだ。
「ランキングって、何?」
無知なのは最強の武器だった。
「え? 知らないのか? あちゃー。ランキングって言うのは……」
目頭を押さえ、ひと呼吸してから説明を始めた赤髪の娘。
それをまじまじと聞くトモリン。しかし、トモリンのクリーン設計の脳は、それを激しく要約した。
「税金を多く納める人が、偉いの? なんでもしていいの? それって、おかしいよ!」
同じ下級貴族であっても、税金を多く納める者が、少ない者よりも身分が上とみなされる。
つまり、下級貴族部門ランキング一位のダミアンは、このクラスの中で、最も身分が上ということになる。
「ボクの家は、商人だから、貴族じゃない。だから、本当は逆らえない」
「建前では、学園内では平等なんだけど、な」
「そんなの変だよ! どうして同じクラスの生徒なのに差があるの? そんなの、間違ってるよ!」
「私も、そう思うさ。でも、うちはランキング最底辺だからな! おっと、私はミーサ」
話すのに夢中で、名乗るのを忘れていた。
「私はトモリン」
「ボクはエマ」
「そっか。トモリンにエマ。よろしくな!」
トモリンが立ち上がると、突然、背後の黒い壁に何かの模様が輝きを放って浮かび上がった。
「うわ!」
ミーサは驚いて後ろに飛び退き、片膝をつく。
「どうしたの?」
何が起きたかわからないトモリンに、「後ろ!」と黒い壁を指差すミーサ。
壁の方に向き直ると、
「眩しい!」
腕で目を覆うエマ。
「わあー。不思議な紋様だねー」
顔をその輝きに照らされながら、トモリンは平然とその紋様を眺める。
しばらくすると眩しい輝きは失われ、薄く光る紋様だけが残った。
紋様は手の平ぐらいの大きさで、円に内接する逆三角形だ。
「なんだ、これは?」
ミーサが近寄ってくる。
「なんだろうねー?」
トモリンは、何の危機意識もなく、その紋様を手で触れた。
「まじか! 触っても大丈夫なのか!」
「トモリン。不用意に触れると、危険」
エマは、ポーチから新しいノートを取り出すと、そこにペンで紋様を写し取る。
「あ、消えて行くぞ!?」
紋様はフェイドアウトするように消えて行った。
「きっと、これも学園の七不思議」
「へー。ここには、そんな物があるのか」
「学園の七不思議? なんだか、ワクワクするね!」
意外と気の合う三人だった。




