018話 ユリィの布石
悪魔騒動のあとは、強い魔物に遭遇することもなく、もちろん、悪魔が出てくることもなく、ごく普通の野外演習だった。
弱い魔物を狩り、錬金術の素材を集め、学園へと無事帰還した。
ミーサとエマにとっては初めての野外での生活であり、多くのことを学ぶことができた。
ダミアンにとっても生まれて初めての衝撃であり、まるで別人のように変貌していた。
「なあ、今日もついてきているぞ」
学園での日常が始まり、ユリィたちは普通に授業を受けているのだが、約一名、おかしな行動をとる男がいる。
まるでストーカーのように、ユリィたちにつきまとうダミアン。堂々と姿を現すところがストーカーとは違うのかもしれないが。
野外演習が終わってから、毎日、近寄ってきては「救世主様~」とトモリンを拝んでみたり、「ユリィ導師様、未熟な私を導いてください」と縋ってきたり、「エマ様、靴を舐めさせてください」と、少し新しい世界に目覚めたようなことを言ったりしている。
キャサリンのフレイムボンバーでつけられた頭髪の溝は、何故かそのままだ。カツラをかぶるなり、いろいろ隠す手段はあるのだろうけど、むしろダミアンは、この髪型に誇りを持っていた。
「うわ、ウザ男だよ~」
改心してチャラくなくなり、チャラ男からウザ男にグレードアップしたダミアン。着こなしが変わっただけでなく、背筋を伸ばし姿勢も良くなった。
「まあ、私にだけ何も言ってこないから、いいんだけどな」
ダミアンとの関係は、エマがいじめられているところにユリィが割って入ったことに端を発しており、また、ダミアンを浄化したのはトモリンなので、ミーサは直接の関係者ではない。ダミアンからしてみれば「救世主様の友人」程度の扱いとなる。
「ミーサ。安心するのは早い。取り巻きたちも改心している。もう囲まれたから手遅れ」
どういう経緯があったのかわからないが、ダミアンの取り巻きまで改心していた。
一説では、ダミアンの両親までも改心したと噂されている。
これまで金に汚いことで有名だったダスティ家が、一転して孤児の面倒を見たり、慈善事業に取り組むようになったらしいのだ。
ダミアンから後光が差している、とも噂されているけど、それを見る能力がある人は学園にはいない。
「ユリィ導師様、今日も私を導いてください」
もう毎日のことなので、あらかじめ、ユリィはあることを考えついていた。ダミアンを使って、帝国滅亡の危機の一つを回避しようと。
「そうね。ダミアン、あなたの家は、モンバートの町を治めているわよね?」
モンバートの町は、帝都の南西の方角にあり、前の世界線ではビノラ王国に侵略された町だ。
「モンバートの町ですね。治めていますよ」
ダミアンは頷いて答えた。
「それなら、ちょうどいいわ。あなたが清く正しく、世のため人のために役立ちたいと言うのなら、三つ提案があるけど、どうかしら?」
「おお、お導きにあやかれるとは!」
床に膝をつき、胸元で両手を拝むように合わせるダミアン。
「まず一つ目は簡単なことから。ダミアンの実家のダスティ家には、今以上にエイクス帝国に忠誠を尽くすようにして欲しいの」
ユリィは人差し指を立てて話し出す。
前の世界線では、あまりにもあっけなくビノラ王国の侵入を許した。
詳細な情報は伝えられなかったけど、もう少し、モンバートの町が耐えられたはずだとユリィは考えている。
精神論ではないが、忠誠心が低く、賄賂などで寝返ったのではないかと邪推さえしている。
「帝国に忠誠を尽くす。もちろんです! ユリィ導師様のお導きと伝えれば、両親も、より一層の忠誠を尽くすようになることでしょう」
うんうんと頷くダミアン。
ダミアンの両親までも、トモリンやユリィのことを崇拝している疑惑が浮上する……。改心の噂は本当のようだ。
(まさか両親までも、導師とか言っているの……?)
あまりのストレートな返答に、少し頭を抱えて悩むユリィ。だけど、すぐに気持ちを切り替える。これには帝国の存亡がかかっているのだ。ダミアンの両親が救世主だの導師だのと呼ぶことぐらい、些細なことだ。
「次は二つ目」
気を取り直し、指を二本立てて二つ目としたユリィ。
その指に一度目をやり、それから目を輝かせてユリィの顔を見るダミアン。
「村人と町の民との間の、身分の差をなくして欲しいの。これは、あなたの救世主であるトモリンも同じ考えよ」
急に話を振られて、「え?」と、戸惑いを見せるトモリン。それからハッとするように口元に手を当てて考えをまとめる。
トモリンは拳を握って強く語りだした。
「そうだよ。町の人が村人をいじめるなんておかしいよ。村人と町の人は同じ人だよ。女神様は村人の上に町人を造らず、なんだよ!」
自身の経験上、山の民が街道上の村の民に虐げられるのを理不尽に思っていた。その思いがここで噴き出した。
「もちろん、既に理解していることだと思うけど、これにはランキングによる身分の差も、含まれるわ」
先日の浄化直後の言動において、ダミアンはランキングについては自らの考えが間違っていたと自白している。
「おお! 救世主様と導師様お二人のお考えとあらば、この命に代えても試練を成し遂げましょうぞ! ランキングによる身分の差はなく、皆平等。村人と町の人は同じく平等。お前たちも、一緒にやるんだぞ!」
トモリンとユリィに誓いを立ててから取り巻きたちに向き直り、指示を出す。それは以前のような高圧的な命令ではなく、同志を誘うような、平等な感じの声だった。
「ダミアン様、言われるまでもない! 救世主様のお望みとあらば、俺たちは従うまで」
「そうだ、そうだ! 救世主様のお考えこそが世界の真理。我々で世界を変えるぞ!」
取り巻きたちが、早くも自分たちの世界を構築しだす。やはり、取り巻きたちも改心しているようだ。
「ありがとう。これまでの慣習を変えることになるから、すぐにできることではないわ。でも、少しずつでも、変えて行って欲しいの」
「導師様。そのことは理解しております。我々の領地から、その改革を進めさせて頂きます!」
「救世主様の望まれる世界の第一歩は、我々の領地から始まる。なんて名誉なことなんだ!」
「そうだ、そうだ!」
「ユリィ。そんなことをして、トモリンがファサラン教会から異端審問にかけられることはない?」
ここまで口を挟まずに聞いていたエマが、心配そうに尋ねる。
この大陸においては、崇拝の対象は女神のみであり、他の者を神と崇めれば、異端審問にかけられる恐れがある。
「大丈夫よ。誰も女神様を否定していないわ。女神様の元で民は平等だという考えを広めるの。この考えかたは、聖ファサラン国と同じでしょ?」
聖ファサラン国では、女神を唯一神としていて、教皇、司教などの指導者層がいるとはいえ、民は町も村も皆平等の権利を有している。
だから、トモリンとユリィの目指すことは単純に、エイクス帝国における人権問題を改革することだと言い切ることができる。
一つ心配事があるとすれば、ダミアンたちが女神を否定こそしていないが、トモリンを第二の神みたいに扱わないか、ということであろう。
「エマ様。我々は女神様を否定してはおりません。その中で、トモリン様が救世主様として、この世界の人々の救済をなされると信じております」
ダミアンの言葉に、エマは答えに窮して真顔で固まった。
「おいおい、第二の神として崇めたらトモリンに迷惑がかかるだろ?」
ミーサが助け舟を出す。ツッコミを入れた、と言うほうが正しいか。
「ミーサさん、安心してください。トモリン様は救世主様。女神様のお考えを世に広める使徒様であることに疑いの余地はありません。決して女神様と反目する者ではありませんので、一切のご迷惑はおかけしません」
(女神の使徒……。どこかで聞いたような……)
ユリィは世界線を跨ぐことで、一部、記憶が混濁していた。大局的なことは覚えているのだが、詳細については、はっきりとは思い出せないことがあるのだ。
重要な言葉のような気がするが、今は思い出すことはできない。
ミーサとの問答も終わり、ダミアンがユリィの言葉を待っているので、思い出すのを諦めて、次の提案を語ることにした。
「最後に三つ目。少し難しいことだけどやってくれるかしら?」
「無論です! どのような試練でも乗り越えて見せましょう」
指を三本立てて三つ目としたユリィ。
ダミアンの返事を聞いて、「それならお願いするわ」と、ユリィは彼に向ける目線を少し強くする。
「モンバートの北に、ダスティ家の領地で未開拓の土地があるでしょ? そこを開拓して耕作地や家をたくさん建てて町のようにして欲しいの」
たじろぐこともなく、ユリィの目線をしっかりと受け止めて聞き入るダミアン。
「もちろん、ユリィ様のおっしゃることは何でも実践致します……。それで、いつまでに何軒ぐらいをご所望で?」
「一年以内に、八百世帯程度、かしら」
家を八百軒としなかったのは、町では集合住宅のような住居が多く利用されるからだ。
「八百世帯! これは大きな試練です。うーむ……」
そこで、取り巻きたちが声を上げる。
「ダミアン様! 俺たちにも参加させてください!」
「そうだ! そうだ!」
「おお、お前たち! そうかそうか! 一緒に試練をこなそうではありませんか!」
立ち上がり、取り巻きたちと肩を組み合って、まるで喜びを分かち合うかのように小躍りしだす。
「さて、どこから人を呼び込みましょう?」
「小さな町一つ分ですぜ」
「我々の領都から、百世帯ずつの移住を募って、あとは自由応募でいきやしょう」
「ちょっと待ってダミアン。その家はすぐに住める状態で、時が来るまで空き家のままにしておいて欲しいの。わかったかしら?」
突然のユリィの声に、小躍りが止まる。
「空き家、ですか?」
「ダミアン様。それなら、土地の整備さえ済めば、すぐできますぜ!」
「そうだ、そうだ! 整備が終われば、建築競争だ!」
人の移動を考慮しないことで簡単になったように言うけれど、大きな事業であることには違いはない。
「時が来れば、あなたたちの忠義には必ず報いるわ。それを信じて、空き家のまま待っていて欲しいの」
ユリィが皇女の地位に戻るか、または、もう一人いると思われるこの世界のユリィを説得する。そうすれば、ダミアンの働きに報いることはできる。
「ありがたいお言葉です! 早速試練に取り掛かります!」
ダミアンとその取り巻きたちは、試練達成のための予定を詰めるべく、どこかへと消えて行った。
「ユリィ、誰もいない町を作って、どうする?」
エマは不思議そうにユリィの顔を見る。
商人の目からしてみれば、誰もいない町なんて、なんの価値もない。
「その町は、帝国の運命を左右する大事な場所。空き家でこそ価値が出るわ」
自信に満ちた顔で答えるユリィ。
「ダミアンは資金を回収できない。本当にうまくいく?」
「きっとうまくいくわ。あなたたちがいるのですもの! これほど頼りになる者は他にいないわ!」
前の世界線では、皇女ユリィは孤独だった。
近寄ってくる者は利権を求める飢えた者ばかりで、気を抜くことはできなかった。
最後に、逃避行において皇女近衛騎士と信頼し合える関係になれたことだけが救いだった。
それと比べると、今は幸せだ。
心を許せる頼もしい友がいる。
友と力を合わせればきっと帝国の未来を変えることができる。この世界線の皇女に会うことだってできる。
そう信じて、ユリィはダミアンを使って帝国の未来への布石をしたのだった。
「あわわわ……。ディアレット家は資金の援助はできないぞ」
「それは、知っている」
慌てふためくミーサを、バッサリと切り捨てたエマ。
「資金ではなく、力を貸してくれるだけでいいのよ」
「むふー。力なら任せてよ!」
二の腕に、力こぶを作って見せるトモリンだった。
なっしんぐ☆です。
この物語において「世界線」の表現は、並行世界どうしを結ぶ線としての役割とともに、その先にある並行世界そのものも含んでいます。(世界線が並行世界を貫いているイメージ)
その結果「前の世界線」などの表現を採用しています。




