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017話 野外演習 その4

 悪魔の使いを倒し、負傷した二年生を回復魔法で治癒しながら、小隊Bは改めて休憩タイムに入った。

 小高いその位置からの眺めは爽快で、帝都を見下ろすことができている。


 そんな和やかな雰囲気の小隊を、後ろの岩陰から忌々いまいましそうに睨む者がいた。


「一度ならず、二度までも。安物の召喚石ではダメだったか」


 悪魔の使いの召喚に使用したのは、クマの彫刻のような形をした悪魔召喚石。

 彼は「安物」と言い張るが、帝都における衛兵の年収に匹敵する値段だった。贅沢に育った彼の価値観は、一般市民とはズレている。

 帝都における悪魔の使いも、実はこの男、ダミアンが悪魔召喚石で召喚したモノだった。


「魔物召喚石のほうも、数を揃えたつもりだったが、それでもあのザマだった……」


 ダミアンは、入学直後のユリィとのいさかいで、一方的に恨みを持っており、こっそりと仕返しをするために、父親に頼んで召喚石を買ってもらっていたのだ。


 先日のハイオークやガーゼウルフの群れも、ダミアンが召喚した魔物だった。

 小隊Bが苦しんでいる所に颯爽さっそうと現れて魔物をこらしめ、「これしきの魔物で苦戦するとは情けない」とユリィを見下すのがダミアンの計画だったのだが、結果は、小隊Bの圧勝だった。


 その他、金とランキングの権力によって学園の本部に手を回して、小隊Bの演習が中止にならないようにもしていた。


 当然のことながら、ダミアンの父親は悪魔召喚石の存在を知り、入手ルートを知っていることになる。

 帝都のファサラン教会の司祭が言っていたように「ここ最近、小悪魔の目撃例が多い」ことも、実はそのほとんどがダミアンのダスティ家の仕業だった。ランキングにおけるライバルを怪我させたり、ライバルの領地で召喚して混乱させたりと。


「中級の悪魔召喚石。パパにねだってなんとか手に入れた貴重品。これぐらいを使わないと、アイツには仕返しができないか」


 ダミアンの視線の先にはユリィがいる。

 小心者のダミアンにしてみれば、低級悪魔召喚石の悪魔の使いですら、本当は恐ろしかった。それでも、ユリィは怖気づくことなく戦っていた。


「これなら……。アイツが泣きべそをかく姿が見られるぞ。クックック……」


 悪魔の使いの召喚石と比べると、クマの胴体がスマートになって、顔のいかつさが十倍増し、羽が二倍程度大きい。ダミアンはそんな中級の悪魔召喚石を強く握る。


「憎悪をむさぼる悪魔よ、湧きいでよ! そして俺に従え!」


 すると、ダミアンの足元の地面に円形の魔法陣が現れ、その底から、彫刻によく似た風貌の悪魔が顕現した。

 身長はダミアンより頭二つ分ぐらい高く、腕を組んでダミアンを見下ろしている。


『ワレハ、ベズゴズ。ワレヲ、ヨンダノハ、オマエカ……』


「中級の悪魔とやらは、言葉を話すのか!?」


 ダミアンは顔には出さないよう平静を装っているが、内心ではビビリまくっている。そんなダミアンの虚勢はベズゴズには丸わかりだった。


『オマエガ、ヨンダノカ?』


「そうだ。あそこにいる奴らをやっつけろ!」


 見下すような視線で尋ね、長い爪の生えた指先を、小指から親指へと波打つように動かしてダミアンを見続けるベズゴズ。


『ヨワキモノ』


 ベズゴズは手を伸ばし、ダミアンの首を掴み上げた。


「な、何をする!? う、ぐ、ぐぐ……」


 ダミアンの足は地面から浮かび、ジタバタもがいている。さらに両手でベズゴズの腕を掴もうとするが、虚しく空を切る。


『ヨリシロ(憑代)トナレ』


 ベズゴズの口が裂け、ダミアンの頭に喰らいついた。


「ぐはああぁぁ」


「おい! 向こうで誰かが叫んだぞ!?」


「魔物でしょうか!?」


 山から見下ろす景色を楽しんでいた小隊Bのメンバーが、背後から聞えた叫び声に、武器を構えて向き直る。


 どんな魔物がいるかわからない。でも、誰かが襲われている。慎重に進むか、襲われている者を救うために急ぐか。隊長のクロダは瞬時に判断した。


「あの岩の手前で隊列を組む!」


 小隊Bのメンバー全員が、一斉に走り出す。クロダの判断は救助を優先とした。


 隊列を組み終わると同時に、大きな岩の陰から、学園の制服を着た男が青い顔色でヨロヨロと出てきた。

 体中から黒い湯気とも液体ともとれるようなモノを立ちのぼらせている。


「あれは、チャラ男?」


「大丈夫か! 魔物は?」


 クロダが声をかける。すると、うつろな目が小隊Bに向き、ユリィを捕捉すると剣を鞘から出した。


『グヲヲヲ! コロス!』


 剣を天にかざすように構え、突如背中に大きな黒い人影を浮かび上がらせる。


「チャラ男の様子が変だよ? 毒キノコでも食べたのかな?」


「この感じ、悪魔の使いと似ているわ。気をつけて!」


 剣の間合いに入っていないにもかかわらず、ダミアンは剣を大きく一振り。すると、垂直の黒い波動が飛び出した。


 それは真っ直ぐにユリィに向かってくる。ユリィは右へとかわし、キッとダミアンを睨む。


「戦うしかなさそうね」


『グハハハ。アクマノ、ツカイダト? ソノヨウナ、ザコト、イッショニスルナ! ワレハ、ベズゴズ。ワレヲ、ミクビルナ!』


 ゆっくりと歩み寄るダミアン。背後の人影の手が勢いよく伸び、ユリィに向かってくる。

 盾で受け止めたものの、盾が黒く変色し、左腕が痺れて痛みだす。


「くっ」


 ユリィは盾を落とし、口をキュッと結んで痛みに耐える。


「あまねく人々を癒す女神の慈悲よ、その御心で彼の者の傷を癒したまえ。ヒール!」


 二年生の光属性の魔法使いが、ユリィに回復魔法をかけるが、ユリィの痛みは緩和しない。


 ダミアンの歩みは止まらず、遂にユリィを剣の間合いへと入れる。そして、剣を斜めに振り下ろす。


「障壁を張る!」


「させるか!」


 エマが障壁を展開するのと同時に、ミーサがダミアンの腹を蹴り、続けて背後の人影に剣を突き刺す。


「手応えがないぞ! やはり、剣はダメなのか!」


 人影は、何事もなかったようにダミアンの背後に憑りついたままだ。


「我求めるは氷晶。冷尖なる槍となりて彼の者を貫きたまえ。アイシクルランス!」


 マリアンが氷の槍を、カサンドラが火の矢を人影に向けて放ち、それに合わせてユリィがダミアンの足を蹴って転ばせる。


「剣も魔法も効かないのか……」


 魔法は人影を素通りして、後ろにある岩に当たって消えた。


「チャラ男には効いてるよ? チャラ男ごと貫いちゃう?」


「それは、ダメ」


「エマが止めるなんて、成長したなあ。どさくさに紛れてぶっ叩くチャンスなのにな」


 エマは入学当初、ダミアンにいじめられていた。その仕返しをする絶好の機会だと、ミーサは主張する。


「今はダミアンのようでダミアンじゃない。仕返ししてもつまらない」


 エマはダミアンの苦しむ顔を見たいのかもしれない。

 なお、エマの実家の力を使えば、ダミアンの家を経済的に追い詰めることもできるのだが、果たして、そちらは……。


 そうこうしている間にも、人影はツメによる切り裂きや、火炎を吐き出したりしてユリィを狙っている。


 盾を使えないユリィは剣でいなすか、横に飛んだりして避けている。

 幸い、人影はダミアンから離れられないようで、後ろに大きく避けてからは、連続攻撃は止んで単発の遠距離攻撃だけとなった。


「ユリィしか狙ってないぞ!?」


 なぜか、人影の攻撃はユリィに集中している。


「私たちも、攻撃しよう!」


 駄目もとで、前衛が人影に切りかかったり、後衛が魔法を飛ばしたりしてユリィへの攻撃の妨害を試みる。


「あまねく人々を導く女神の輝きよ、その怒りで悪しき者を貫きたまえ。シャイニングアロー!」


 光の矢が人影に刺さるも、人影は何事もなかったかのようにユリィへの攻撃を続け、やがて矢は消えて行く。


「やはり、光属性魔法も効いていませんね」


 イーダが悔しそうに言う。


 ミーサは剣を振り続ける。もちろん、手応えはまったくない。

 エマはディグショットで足元に穴を掘ってダミアンが立ち上がろうとするのを阻止する。

 トモリンは弓で人影を狙った。魔法だと、ダミアンごと貫いてしまうからだ。


『コザカシイ』


 ダメージになっていなくても、目障りにはなっていたようで、人影の意識がユリィから周囲へと切り替わった。


『フォォォ。カースミスト』


 空気を吸い込むように、裂けた口が大きく開き、続けて黒い霧が周囲に向かって吐き出された。


「う、うぅ……」


「ぐっ……、これは、呪いか……」


 胸を押さえたり、片膝をついたりして苦しむ小隊Bのメンバー。


「ここは先生の出番ですね」


 最後尾にいて黒い霧の影響をそれほど受けなかったキャサリンが、腰に下げていた銃のような魔道具を構える。


「う……、あれ、は、まずいんじゃ、ないの、か?」


 少し天然な感じのするキャサリンのことだから、ダミアンごと撃ち抜きそうで、苦しみながらも心配するミーサ。


「大丈夫ですよ~。生徒さんには当てませんから~。では、お仕置きしますよ~。フレイムボンバー!」


 ボフッと撃ち出された大きな火球の弾道は、真っ直ぐダミアンの頭に向かっている!


「あわわ!」


「先生! ダミアンが!」


 頭に当たる直前で、一瞬ダミアンが我に返り、目を剥き肩をすくめて頭を下げた。


 火球はダミアンの頭に一本の道をつくり、後ろの人影を焦がす。


「あら~。ちょっとズレちゃったかしら~」


 ダミアンが避けなければ、頭が吹き飛んでいたかもしれなかった……。


「人影の動きが……、止まりました。今から……、浄化の魔法で、みなさんの、呪いを解きます……」


 フレイムボンバーの威力が大きかったからか、あるいは特殊効果があるのか。ある程度は人影にも効果があったようで、人影がブレるようになって攻撃が止んでいる。

 イーダは苦しそうに立ち上がると、右手のスティックを強く握り締め、瞳を閉じて魔法の詠唱を始めた。


「あまねく人々を導く女神の輝きよ……」


「イーダ、頼んだ」


 歯を食いしばって呪いを耐えていた隊長のクロダが、イーダに向かって親指を立て、エールを送る。


「……エクソシズム!」


 空から光の粉が舞い降り、皆の苦しみが和らいでいく。

 浄化の魔法で皆の呪いを消し去ることができた。


 時を同じくして人影のブレも収まり、再び動き出して執拗にユリィを狙う。

 そこにクロダが割って入って伸びるツメを盾で受け止め、二年生の槍士の突きが空を切る。さらに三年生の剣士ロジーナがツメを狙ったが、何の手応えもなく素通りした。


「拙者の剣では、切れないナリよ」


 すぐに一歩引いて悔しそうにする。


「イーダ、これは悪魔よ。バインドソウルを発動して!」


 攻撃を躱し続けるユリィから指示が飛んだ。

 顔の横を火炎が通り過ぎ、少し、髪が焦げる。


「同化しているようですから、この男にも影響があるかもしれませんが、やるしかなさそうですね」


 そう言うと、詠唱を開始した。


「……バインドソウル!」


 空から降りてきた光のロープが、立ち上がろうとしたダミアンと人影をまとめて縛り上げる。


「ぐっ……」


 ダミアンは苦悶の表情で首を大きく左右に振っている。相当苦しいのだろう。


『ワレハ、ベズゴズ。アクマノツカイト、オナジト、オモウナ。クククク』


 そう言うと、スマートだった人影が膨れ上がり、光のロープを粉々にした。


「うわあ、千切れちゃったよ!?」


「くっ。この悪魔には第三階級の魔法は通じないみたいです……」


 悔しさをにじませ、俯き気味に呟いたイーダ。

 光のロープが破られる光景を見ながら、ユリィは次の行動を考えていた。


(逃げる? たとえ逃げても、この悪魔は私を狙っているわ。きっと再び戦うことになるでしょう。でも、それでは勝ち目はないわ。こんな所で終わるわけにはいかないの! 私には帝国の未来がかかっているのだから! どうすれば……)


「トモリン! イーダの魔法を真似して!」


 ユリィは一つの可能性を思いついた。トモリンなら、悪魔に対抗できる。そして、独自に魔法を編み出すことができる。

 藁にも縋る思いでトモリンに指示を出した。


「ま、真似!? くっ、この悪魔には第三階級の魔法は……」


「そうじゃないだろ!」


 ミーサがペシッとトモリンをはたく。


「トモリン! 光のロープを発動して!」


「え、え? ロープ、ロープ。わかったよ!」


 トモリンはダミアンの足元に生える草に目をやる。


「そこの葉っぱさん。ばばーんと広がって、チャラ男を包み込んで!」


 その草が突然大きくなり、ぐわっと人影ごとダミアンを包み込んだ。


『グオオォォ!?』


「お、効いているぞ!」


「あまねく人々を導く女神の輝きよ、その哀憐あいれんの情で、迷う者を浄化したまえ。エクソシズム!」


 イーダが浄化の魔法を発動した。

 空から光の粉が舞い降りて、葉にくるまれた人影とダミアンを輝きで満たすが、特別大きなダメージを与えた感じはしない。


「やはり、効きませんか……」


「トモリン、次は、浄化の魔法も真似をして!」


 すぐにユリィの指示が飛ぶ。


「うん、今のだね。やるよ!」


 少し遠いと思ったのか、トモリンは包んでいる葉の近くに行き、しゃがみ込んで、足元の草に語りかける。


「そこの葉っぱさん。キラリと輝いて、情けないチャラ男をキラキラにして!」


 草はトモリンの頭ぐらいの大きさまで伸び、葉が広がってその表面から次々と白く輝く光の泡を上空めがけて放出する。

 そして、泡は空中で弾け、キラキラと輝く粉となって、人影とダミアンを包む葉に降り注ぐ。


『グハアアアァア!』


 大きな叫び声の後、包んでいた葉の間から黒い霧が上空へと立ちのぼった。


「やったナリか!?」


「凄い! トモリンさんの魔法は、悪魔を浄化しました」


「イーダを凌ぐ魔法使いが学園にいるとは。しかも一年生だ。これは将来が楽しみだ!」


 三年生のイーダとクロダが揃って感心している。


「やったわね! 偉いわ、トモリン!」


「えへへ」


 ユリィの笑顔に、トモリンは照れて頭を掻く。


「ぐががが! 出してください!」


 葉の中から、ダミアンの声がする。


「お? 正気に戻ったのか? トモリン、開いてやれ」


 トモリンが葉に触れると、葉はヒラリと開いて、中から滑り落ちるようにダミアンが出てきた。


「ぐはっ」


 地面に顔面をぶつけるダミアン。そしてトモリンを見るなり、ささっと近寄って縋りつく。


「トモリン様! 私はあなたの魔法に心を洗われました。こんな清々しい気持ちになれたのは、生まれて初めてです。これからは、救世主様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 トモリンは渋い顔で、ダミアンを見下ろしている。

 どう答えたものか、いや、相手にしていいのかすら、迷っている。


 近寄ってきたユリィの姿がダミアンの目に映ると、今度はユリィに縋りつく。


「ユリィ様! 私は間違えていました! ランキングで人を判断すること。そして、他人を卑下して悦に浸っていたこと」


 目を輝かせて語るダミアンは、まるで悟りでも開いたかのようだった。頭髪にも、キャサリンのフレイムボンバーによって、頭皮丸見えの一本の道が開けているのだが。


「すべて、ユリィ導師様のおっしゃることは正しい! 今後は自分の価値を高めるよう、努力します。これからも私を正しい方向へと導いてください!」


 そして、エマの前に行き、土下座する。


「エマ様! 私は自身のした不徳の行為に深く反省しております。このまま私の頭をお踏みになってください。こんなことで許されることではありませんが、エマ様に与えた苦痛を少しでも共有できれば、私は生まれ変われるような気がするのです」


「そこまでしなくても、いい。普通に戻って。気持ち悪い」


 違った意味で新しい道を開こうとするダミアンに、眉毛をヘの字にして困るエマ。


「おいおい、どうなってんだ~?」


「これは予想なのですが、トモリンさんの浄化の魔法が、悪魔とともに彼の悪しき心まで浄化したのだと思います」


 ダミアンの姿を憐れむような瞳で見つめ、「私の浄化の魔法は、みなさんに影響ありませんでしたけどね」と付け加えるイーダ。呪いを解く際に、皆に浄化の魔法エクソシズムをかけていた。


「わ、私は悪いことなんてしてないからな!」


 ちょっとだけ深読みしたミーサだった。


「は~い。ここは小隊Bですから。ダミアン君は、自分の小隊に戻ってくださいね~」


 ここまで来れたのだから、ダミアンの小隊もそれほど離れた位置にはいないと考えられた。


 ダミアンがキャサリンに追い払われたことで、悪魔騒動は落着となった。

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