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016話 野外演習 その3

 小隊Bはその後も何度か魔物と戦い、森の中を進んだ。

 やがて、足元の傾斜が強くなる。森は山へと続いていて、いつの間にか山を登り始めたのだ。


「もう少し進めば、今日の野営地だ。互いの体力差に気をつけて進め!」


「はぁ、はぁ……」


 山登りはここからが本番だというのに、エマはもう、息を切らしている。いかにもだるそうに、バトルスタッフに寄りかかってのっそりと歩く。


「エマちゃん。こんな所で疲れていたら、もっと高い所に行けないよ」


「はぁ、はぁ……。トモリンの体力は、無尽蔵……。ボクは、もう、無理……」


「エマ、無理はしないで。疲れたら隊長に言って休みをもらいましょう」


 ユリィは優しくエマの背中を押す。


「しょーがないなあ。トモリン。エマを荷車に乗せてくれ。私が引っ張ってやるよ」


「うん。エマちゃん、ほら!」


 トモリンはエマをひょいっと持ち上げて、ドスンと荷車に乗せる。

 ちなみに、ミーサは今日も荷車を引いている。気に入ったのかどうかは不明だ。


 しばらく斜面を登って行くと、木々はなくなり、草だけが生えた岩の多い場所に出た。


「よし! 野営地だ!」


「ふー。やっと休める」


「エマはずっと休んでたじゃないか!」


 ぺしっとエマの頭をはたくミーサ。


「エマのためにも、早く野営の準備をしましょう」


 二回目ともなると、皆、素早くテントを設営する。

 昨日と異なるのは、ここは岩場なので、ある程度平らになるように石を敷き詰めて、その上に板を敷いて床を作ったことぐらいか。


 夕食には、珍しいハイオークの肉も加わり、


「ハイオークは強いけど、肉の美味さはただのオークのほうが上だな」


「そうね。少し硬くて甘味が少ない感じがするわ」


 腕力のあるハイオークの肉は、筋肉質で脂肪分が少なく、万人受けする物ではなかった。


「そうかなー。噛み応えがあって、いいと思うよー?」


「アゴが、疲れる……」


 ハイオークの肉は、ただ一名にのみ支持されただけだ。そして、エマはアゴまで筋肉痛になるのだった……。


「今日の不寝番ねずのばんは、ミーサかしら?」


 出発前にあらかじめ順番を決めてあり、今日はミーサの順番だった。


「そうだな。私の番だ。どんな魔物が来ても私が追い返してやるから、みんな、ぐっすり眠っていてもいいぞ」


 皆がテントに戻り、不寝番だけが外に残る。

 今日の不寝番は、ミーサの他は、二年生の魔法使い、三年生のマリアンだ。水属性魔法使いが二人揃っている。


 焚火に背を向け、岩に腰かける三人。


「岩の上に座っていると、お尻が痛くなりますわぁ」


 マリアンが尻を浮かせて摩りながら話す。


「体重を移動させながら座っていれば、痛さも半減するぞ」


 そう言って、ミーサは体を右寄りに傾けたり、左寄りに傾けたりしてみせる。


「……しばらく立っていれば、治りますわよね」


 マリアンは立ち上がって背伸びをした。それから尻を優しく揉んで痛みを和らげる。


「立つと、コウモリとぶつかるかもしれないぞ」


 超音波を発して飛んでいるコウモリは、物にぶつかることはほぼないのだが、ミーサにはそんな知識はなく、背伸びすれば届きそうな高さを飛んでいるコウモリが、今にも頭に当たりそうに感じていた。


 パチン、と音を立てて薪が焼け、火の粉が舞って消えて行く。

 その音と重なるように、少し離れた位置でガサリと岩がずれるような音がした。

 ロープにぶら下げていた木片も、揺られて音を鳴らす。


「何か来るぞ!」


 コウモリが気になって、頭を庇うようにして立ち上がり、剣を構えるミーサ。

 音のした方向を凝視する。イノシシなどの夜行性の動物かもしれない。まだ皆を起こすのは早いと判断している。


 もう一度、ゴトリと岩が動く音がした。確実に近づいている。他の二人も、ミーサの後ろでいつでも魔法を発動できるように構える。


「人? いや、あれは……」


「スケルトン!」


 暗闇から現れたのは死霊系の魔物スケルトンだった。


「我求めるは氷晶。冷尖なる槍となりて……」


 マリアンが魔法の詠唱を始め、二年生は皆を起こしに走った。


「彼の者を貫きたまえ。アイシクルランス!」


 発動した氷の槍がスケルトンに当たり、上半身の骨が周辺に散らばる。


「やったか!?」


「下半身が動いていますし、まだのようですわよ」


 それならと、ミーサが飛び出して剣を振るう。

 この一撃で下半身も崩れた。しかし、すぐに元の形状に組み上がる。


「どうなってんだ?」


 何度切りつけても、すぐに散らばった骨が集まってくる。

 そうこうしているうちに、全身すべてが組み上がった。

 そして、スケルトンのサビた剣がミーサを襲う。


「くっ! 防御はしなかったのに、剣筋はまともだ!」


 まるで捨て身のような一撃を、足元の岩でつまずきそうになりながらも盾で受けて反撃を入れる。

 これでスケルトンの右腕がどこかに飛び去ったが、そのまま噛みつかんと頭蓋骨が迫りくる。


「うわあ!」


 剣を振り抜いた直後ということもあり、かわしきれない!

 対人戦では腕が飛べば怯んで下がる。このように突進を止めないとは想定外だった。


「あまねく人々を導く女神の輝きよ、その哀憐あいれんの情で、迷う者を浄化したまえ。エクソシズム!」


 突然のことだった。

 ミーサの目の前いっぱいに広がった頭蓋骨は、光に包まれて動きが止まり、半透明になって消えて行った。まさに、噛まれる寸前だった。


「イーダ、遅いですわよ!」


「マリアン、ごめんなさい。いい夢をみていたのです。それを中断して駆けつけたのですから、遅れたことは帳消しにしてください」


 三年生のイーダが、光属性魔法エクソシズムでスケルトンを浄化したのだった。


「光属性の魔法使いがいなかったら、危なかったな」


 遅れてやってきた二年生のカサンドラが、状況を分析する。

 スケルトンのような死霊系の魔物には、ただの鉄の剣はほとんど効かない。骨組みをばらすだけで与えるダメージは小さい。

 魔法も水属性には耐性があり、今回は分が悪かった。光属性が弱点であり、死霊系の魔物のうちでも低級に分類されるスケルトンは一発で浄化が完了した。中級以上になると、こうはいかないらしい。


「普通の鉄の剣では、ダメなのかあ。上位の剣は、買える気がしないぞ……」


 以前、司祭から、死霊系の魔物には祝福を受けた鉄の剣か、銀の剣以上の物が必要だと聞いていたこともあり、落胆するミーサ。貧乏貴族の娘としては、おこずかいで買える物ではないからだ。


「大丈夫よ。もうしばらく仕送りを貯めておけば買えると思うわ。貯まったら買いに行きましょう。ミーサには必要だわ」


 ユリィとトモリンも起こされてテントから出てきていた。なお、エマは爆睡中だ。

 ユリィの見立てでは、ルデイルからの仕送りを秋頃まで貯め続ければ、なんとか銀の剣を買えるぐらいにはなる。


「それって……」


 ミーサの目が輝きだす。まるで暗闇の中のネコの目だ。


「ええ。少し先になるけど、私が買ってあげるわ」


「ユリィ、最高だ!」


 ユリィを締め上げ……、もとい、抱き着くミーサ。


「え、ええ。や、約束、する、から、離して……、苦……」


 そのままユリィは就寝タイムとなるのであった。


 翌朝。

 日が昇り始めると、隊員全員が起床してテントから出てくる。

 携行食で朝食をとっていると、隊長から指示が出た。


「今日は本格的な登山となる。荷車の他、野営セットはここに置いて行く。夜までにはここに戻る予定だ。干し肉など、携行食のみ、持参のこと」


「は~い、みなさ~ん。今日はあの辺りまで登って景色を堪能したら、戻ってきましょうね~」


 キャサリンの指差す先はこの山の中腹辺りで、高さのない山なので、ここからそれほど離れてはいない。少し平らになっているように見えるから、景色を眺めたり休憩するには向いている場所なのだろう。


「あそこなら帝都が良く見えそうだね」


「ベシーク城を外から見下ろすのは、久しぶりね……」


 以前の体験で、ユリィは山中への逃避行の際、何度か後方の帝都を見下ろしていた。

 城にこそ火の手は上がらなかったものの、貴族街のあちらこちらで火災が発生していた。守兵がほとんどいなかったとはいえ、侵略者に抵抗する者がいたのだろう。

 今度はそうはさせない! そう強く思うユリィだった。


「山登りかあ。楽しみだな!」


「今日は、荷車に乗れない……」


 エマの悲痛な声が最後に残った。


 岩山を登り始める小隊メンバー。


「グラつく岩には触れるな! 足で石を落とさぬように注意して進め! 落石すると、後続の隊員が怪我をするぞ!」


 隊長が的確に指示を出す。隊長といっても三年生であり、登山経験が豊富なわけではない。いろいろ予習してきているのだ。


「うー。戦争を想定した軍隊の訓練なら、こんな山に登る必要はない」


 バトルスタッフで体を支えながらヨロヨロと登るエマが、早速、苦言を漏らす。


「そうね。エマの言うように、軍隊は街道のような道を進むのが普通よ」


 立ち止まり、エマの顔を見て話しだしたユリィ。

 一度、前方の岩の斜面をちらりと見てから、さらに話を続ける。


「でも、小隊として、道なき道を進んで敵陣を攪乱する任務もあるから、森を進んだり山を登ったりすることにも慣れておいた方がいいわ。もっとも、野外演習での登山は、体力をつけるのが大きな目的の一つなのでしょうけど」


「エマちゃん、何事も訓練だよ!」


 チッチッチと前置きして、ここぞとばかりに声を上げたトモリン。ぴょんぴょんと駆け上がるように岩々の上を登って行く。

 時々立ち止まって、ゆるりと登ってくるエマの手を引っ張って、さらに上まで持ち上げる。


「ありがとう。トモリンは登山上級者」


「山ガールだよ!」


「なんだよ、山ガールって?」


 ミーサのツッコミが入る。もちろん、トモリンは「なんだろねー?」と、笑って誤魔化すだけだった……。


 このような感じで登り続け、目的地が差し迫った頃。

 トモリンはこの先の岩陰に人が潜んでいるように感じた。でも、出てこないので先に来ていた人が休んでいるのかな、程度に考えてスルーした。


「ふー。着いた。十年分ぐらい、登山した」


「みなさ~ん。休憩しましょうね~」


 全員が平らな場所に登りつめたところで、小隊Bは休憩タイムとなった。

 岩に腰を下ろし……、


「あわわわ!」


 二年生の誰かが後方を指差して叫んだ。

 皆がそちらを向くと、先日帝都で対峙した羽の生えたクマ、もとい、悪魔の使いが宙に浮いていた。


『グワオォォ!』


 悪魔の使いが空中から音波を発する。

 すると、それを浴びた二年生が倒れた。続けて、逃げ損ねたもう一人が爪で引き裂かれる。


「わ、わ、わ、クマさん!」


「なんで、ここにもいるんだ!?」


 襲われる二年生を見て慌てるトモリンと、自分では何もできないと悟って悔しそうに見つめるミーサ。


「イーダ、バインドソウルは使えるかしら?」


「バ、バインドソウルですね。第三階級ですから、使えます。あまねく人々を包む女神の護りよ……」


 ユリィの要請で、あっけにとられていた三年生のイーダが正気を取り戻し、詠唱を始める。

 先日、悪魔の使いについてトモリンから聞いてはいたが、実際に実物を見るとそのおぞましい姿に我を忘れてしまったのだ。


 隊長のクロダが剣で切り掛かる。しかし、届かない。


「近づくと危ないわ! それに、鉄の剣では切れないから、下がりましょう」


「そうか。わかった」


 そう言ってクロダと、これから戦おうとしていたメンバーが下がる。


「……その御心で悪しき者の動きを止めたまえ。バインドソウル!」


 イーダが詠唱を終えると、空から光のロープが現れ、悪魔の使いを縛り上げる。それと同時に、悪魔の使いは地面へと落下した。


「先日と同じだな。トモリン、出番だぞ! ぶちかましてやれ!」


 もがく悪魔の使い。

 ミーサに促され、ハッと我に返るトモリン。


「う、うん」


 そして、周辺に生える草花に目を向ける。


「思い切り行くよ! そこの葉っぱさん、鋭く尖ってクマさんをズバっと突き刺して!」


 トモリンが魔法を発動すると、傍に生えている草がどーんと大きくなって、鋭利になった葉先で瞬時に悪魔の使いを貫いた。


『グオォォォ』


 悪魔の使いは、断末魔らしき声を響かせて体を震わせ、黒い霧のようになって消えて行く。


「イーダ、早く負傷者の治癒を! 今のが噂の魔物だったのか……」


 イーダに指示を出してから、隊長のクロダが感慨深そうに言葉を紡ぐ。


「クロダ、違いますわよ。魔物ではありませんわ。悪魔ですわよ」


「悪魔?」


 クロダは、キョトンとした顔でマリアンを見る。


「私も詳しくは知りませんわ。でも、悪魔を召喚する物があるらしいのですわよ」


「誰かが召喚したのか……。一体誰が……」


「あんなのが召喚できるなんて、怖いナリね」


 うーん、と唸る三年生たちであった。


「ユリィの指示は的確だった。あれがなければ、もっと大きな被害になっていただろう」


 隊長として、自分の採ろうとした行動を反省する。


「それにしても、トモリンさんの魔法は素晴らしかったですわよ! 草を巨大にして槍よりも太く深く突き刺したのですから。きっと、第四階級の魔法に違いありませんわぁ!」


 自身は第三階級の水属性魔法使いで、卒業後に帝国軍へ入隊するよう内々で受けているマリアン。自分よりも優れた魔法に、素直に感嘆する。


「第四階級の魔法使いは希少です。軍に入隊すれば、あっという間に一個師団の長になれるでしょうね」


 こちらも第三階級の光属性魔法使いであるイーダが、その凄さを認める。

 通常は第二階級止まりであり、切磋琢磨した者あるいは才能に恵まれた者のみが第三階級以上に到達する。だから、第四階級の魔法使いは非常に稀な存在なのだ。


「トモリン、大人気だな!」


「ええ。トモリンがいれば、きっと、未来は変わるわ……」


 お得意の髪の毛わしゃわしゃ掴みでトモリンを撫でるミーサ。

 それと、帝都を見下ろし、脳裏にあるドラゴンの残像を思い浮かべながら、先のことを考えるユリィだった。

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