019話 期末試験だ~
「ようやく平和が戻ったな」
ダミアンに試練を与えてからというもの。つきまとうこともなく、十日に一度ぐらいの間隔で進捗状況の報告をしに来るだけとなった。
「ダミアンの計画立案は優秀。この短い期間で、多くの家を建てた」
「学園の庭にも、建ててくれればいいのにね」
ニコニコ顔で話すトモリン。
「こんな所に建てて、どうするんだ?」
「秘密基地にするの~」
学園の敷地内に建てたら、秘密も何もないのだが……。
「お、いいな! 毎日そこに集まって、お菓子の食べ比べだな!」
「魔道具をたくさん揃えて、フフフ……」
トモリンの提案に、楽しそうにミーサが乗り、エマは不気味な笑みを浮かべて想像を巡らせる。
「ダミアンに言ったらダメよ。本当に建てちゃうから」
「「「はーい」」」
ユリィの諫めで、三人は夢から覚めた。
「あっという間に6月ね」
ユリィがこの世界線にやってきて、半年になろうとしていた。
焦る気持ちがないわけではないが、皇帝暗殺事件が起こるのは来年の12月末だ。布石も打てたことだし、時間的な猶予はまだある。
「今月は、期末試験がある」
「うわっ。それは思い出さないでおこうと決めていたのに~」
期末試験が近づいていることもあり、各授業において先生が「ここ、試験に出ますよ」など注意喚起しているので、期末試験そのもののことは意識している。
でも、今まで習ったことが右から左に抜けているミーサにとって、「期末試験」は忘却の彼方に放っておきたい単語ナンバーワンだった。
「だよねー。期末試験がなければ、学園生活サイコーなのにね!」
トモリンは前世の記憶では、期末試験前には部屋の掃除をするのが日課であり、あくまでも自己評価では苦しいとされる試験勉強をこなしても、良い成績を収めていたわけではない。
「期末試験で赤点をとると、夏休みに補習を受けないといけなくなるわ」
ユリィが諭すように言う。
「それって赤点をとると、みんなでユリィの実家に遊びに行くことが、できなくなるってことか!?」
期末試験が終われば夏休みだ。夏休みには、ユリィとトモリンを養子とするワイヤード家に四人で遊びに行くことにしていた。
「それは、困る」
座学にはそこそこ自信はあるが、体術や剣術などの実技がダメダメなエマが、青い顔になり身もだえする。
「わわわ、歴史とか地理って、知らなくっても生きていけるのに!」
トモリンは山育ちであり、基本的な教養がさっぱりなく、皆が常識的に知っている事柄から学ばないといけなかった。
「それなら、みんなで一緒に勉強しましょうか。得意な科目を教え合えば、きっとみんな乗り越えられるわ」
ユリィは元々成績優秀であり、さらに二回目の学園生活でもあるので、期末試験なんて余裕だ。自らが教えれば、この悩める友を救えるのではないかと考えた。
「キラーン! リケジョの私は算数の先生だね!」
「なんだよ、リケジョって?」
「トモリンは人に教えるより、歴史を学ぶほうが優先」
エマの指摘に、うぐぅーと頭が垂れるトモリン。
「今日の放課後から早速勉強しましょう」
「ユリィちゃんのお部屋に集合だね!」
「とっておきのお菓子を持って行く」
「それは楽しみだ!」
お菓子につられるミーサだった。
放課後。
ユリィの部屋に集まった四人は、直ちに勉強に取りかかった。
「最初は算数からがいいかしら?」
「うおー! しょっぱなから数字にご対面とは……」
「計算ができないと、取引で損をする。だからミーサは数字に強くならないといけない」
貧乏貴族からの脱却の一歩として、計算をマスターするように勧めるエマ。真顔だ。
「剣を握れる丈夫な体さえあれば出世はできる。計算なんて文官に任せればいいのさ!」
そんな真剣なエマの忠告もどこ吹く風。ミーサはお菓子を頬張って「数字やだ~」と机に突っ伏す。
それを見たエマは、やれやれと首を振ってから、ミーサの首根っこをつまんで顔を菓子皿に向けさせる。
「文官を雇うには、お金が必要。雇わなければ、その分、お菓子を買える」
「おお? そうか! 計算ができるようになると、お菓子を買えるようになるのか!」
やる気になったミーサに、トモリンが「ふふーん」と得意げに教科書を開いて見せる。
そして、メガネの下端を人差し指でクイっクイっと押し上げるような仕草をし、まるで光でも反射したかのように「キラーン」と口にする。ちなみに、トモリンはメガネをかけてはいない。これは、エアメガネだったのか?
「ミーサくん。この問題を解いてみたまえ」
どこで用意したのか、口髭をつけて先生きどりのトモリン。指差したのは二桁の掛け算の問題。
「お菓子のためだ、お菓子のためだ!」
ブツブツ言いながら筆算を始めるミーサ。
カキカキ……。
「よし、できたぞ。どうだ!」
トモリンが答えを確認する。
「正解は432。あれれ? ミーサちゃんは414? どーしてー?」
うむむむ、と唸りながら間違いを探すが、なかなか分からない。自分で計算できても人に教えるのは得意ではなかった!
「ここよ。ここで間違えているわ」
ユリィの指摘で、一桁の掛け算部分に誤りがあることが発覚した。
「あれ、4×8は24じゃなかったのか?」
ミーサの勉強は、九九を覚え直すところからだった!
「ミーサは一桁の掛け算を全部書き出して。その間、トモリンは歴史の勉強よ」
「ぐふっ。急にお腹が……」
口髭をびりっと剥がし、お腹を押さえて前かがみになるトモリン。
「トモリン、お腹が痛いのなら、お菓子は三人で分ける。このお菓子はヘブンスイーツで売っている物。手に入れるのは難しい品」
「エマちゃん、治ったよ!」
急に姿勢が良くなったトモリンに、エマが歴史の教科書を見せる。
「大陸歴紀元前800年頃。エルフの一氏族がサンタン大陸北西部で支配者層を形成しだす。これは現在の人族における王侯貴族などの支配者階級のモデルとなっている」
一行読んだだけで、トモリンの目がとろ~んとなり始める。
「大陸歴紀元前700年頃。エルフとドワーフの長い戦いが始まった……」
そして、こくりこくりと頭が小刻みに動き出す。
「トモリン、寝ちゃダメ!」
エマの注意はトモリンの耳には届かない。トモリンの意識は遠のいていく……。
そんな今にも眠ってしまいそうなトモリンの興味を引くべく、ユリィが話を差し込む。
「先日、帝都のアクセサリ店に行ったでしょ? そこにエルフの店主がいたじゃない? トモリン、興味を持ってなかったかしら?」
「エル、フ……? エルフ! いたいた! 耳、尖ってたよね!」
実物を思い出して一瞬で目が覚めるトモリン。文字で読んでも興味は湧かないが、実物を思い浮かべると、あのときのワクワク感が戻ってくる。
トモリンの興味を引いたところで、教科書の一文を指差すユリィ。
「あちこちの森に点在していて、国家を形成していなかったエルフが、急にまとまりだしたの。どうしてだかわかる?」
うーん、と首を傾げるトモリン。答えは教科書に書いてあるのだが、読んで探すと眠くなるから、聞くことに専念する。
「ドワーフが鉄器の作成に成功したからよ。元来、エルフとドワーフは仲が悪くって、小競り合いを繰り返していたわ。どちらかが一方的に勝つでもなくバランスが取れていたの。それが鉄器によって、一気にドワーフが優勢になったの」
「ドワーフが優勢になると、なんで国家が必要になるの?」
筋肉ムッキムキのドワーフが、鉄のハンマーを手にポージングしている姿を想像するトモリン。
「良い質問だわ。それまで村単位の小集団で争っていたけど、それでは太刀打ちできなくなったの。もっと大きなまとまりがないと勝てない。それくらいに鉄器の威力は大きかったのよ」
トモリンの目を見て話すユリィ。眠気はなさそうだと判断し、続ける。
「そうして指導者が現れ、たくさんの村が行動をともにするようになった。これが国家の原型よ」
「うーん。どうしてエルフさんとドワーフさんって仲が悪いの?」
トモリンの頭の中では、エルフとドワーフが地図の上で取っ組み合いの喧嘩をしている。
「諸説あるけど、教科書の説だと、ドワーフは銅製品を作るためにたくさんの木を切り倒して燃やしたからだとされているわ。木々はエルフにとっては生活の源。反目する仲になって当然だった、と」
「ボクからも一言。現在のドワーフは、山から石炭を掘り出しているから木を切っていない。石炭を使う歴史は古く、鉄器の時代にはもう使われていた。だから、銅器の時代の怨恨が続いていると考えるのが歴史家の説」
銅鉱石にせよ鉄鉱石にせよ、溶融するにも、不純物を取り除く精錬をするにも「火」と「炭」が必要だ。生木よりも石炭のほうが効率が良いので、ドワーフはすぐに石炭にシフトしたと考えられている。なぜなら、彼らは山を掘るのが得意だから。
「へー。歴史っていろいろな背景があるんだね!」
ぱあっと明るい顔で両手を広げるトモリン。
「そうね。歴史上の出来事にはいろいろな背景や繋がりがあるわ。今トモリンが考えたように、『どうして?』で繋げていくと、出来事を理解できて覚えやすくなるわ」
「うん。なんだか、覚えられた気がするよ!」
なんとかトモリンの勉強が軌道に乗り、安堵の息を漏らすユリィ。そんな傍らで、
「うおー! できたぞ! どうだ!」
ノートに一桁の掛け算をすべて書き出したミーサが、自慢げにそれを見せつける。
「ふむふむ。ここ、違う」
エマが即座に間違いを指摘し、「やり直し」と無下に突き返す。
「ぐわあ! 7×6は46じゃないのか!」
「こちらは、繰り返し基礎を覚えるしかなさそうね……」
四人の勉強の時間が過ぎて行く……。
日も沈み、外が真っ暗になった頃。
「今日はここまでにして、お風呂に行きましょう」
「うん。行こう」
「わーい! お風呂、お風呂!」
「私は、水風呂がいいな……」
知恵熱で頭から湯気が出ているミーサ。
四人は風呂場へと向かった。
「先客がいるぞ」
脱衣所には四人分の衣服が既に置いてある。
「十人ぐらい入れる広さだし、みんなで騒いじゃお!」
トモリンたちはそれぞれの個性が表れる仕草で衣服を脱ぐと、真っ先にミーサが浴室へと入って行った。
ポニーテールのリボンは外してあり、背中に下りた長髪が揺れている。
ちなみに、脱ぎ捨てたミーサの衣服はカゴからはみ出している。
「ちわーす」
「ばんちゃお~」
続けてトモリンも入った。
「やあ、君たちか。こんばんは」
「奇遇ですね。こんばんは」
「あら、こんばんはですわぁ」
「こばはーナリ」
湯けむりの向こう、先に浴室にいたのは、野外演習で同じ小隊だった三年生のクロダ、イーダ、マリアン、ロジーナだった。
剣士のロジーナは、野外演習の前半では強い魔物と悪魔のせいで活躍の場はなかったけど、後半ではミーサと競って魔物を倒していた。学園の生徒としては腕が立つほうだ。
遅れてユリィとエマが入ってきた。
「先輩たちは、いつも一緒で仲が良さそうね」
「うん。仲良し」
「君たちほどではないぞ」
「あはは。似た者同士ですよ、クロダ」
「そうですわよ。私たちも仲がいいですわよ~」
「仲睦まじいことは、良いことナリ」
湯船に浸かっている四人から声が返る。
「じゃあ、仲良し同士で洗いっこしよー!」
すぐに調子に乗るトモリン。タオルを石鹸で泡立ててユリィの体を擦る。
「きゃっ」
皇女時代には侍女に洗ってもらうことは普通で慣れていたが、半年のブランクと、トモリンのイタズラ混じりの手の動きに思わず声が出た。
「おお、楽しそうだな! 私も混ざるぞ!」
「く、く……、くすぐっ、たい、くくく」
三人に泡ぶくにされ、くすぐられて必死に笑いをこらえるユリィ。
ほどなくして反撃に出る。
「あー、ちょっ! あはは、やめっ! やめ、あー! ははははは!」
次はミーサが泡ダルマの刑になるのであった。
「やったな! このー! こうしてやる!」
「やー! ミーサちゃん! うぷ、うぷぷぷ」
「クククク……」
仲良く四人、体を流し綺麗になったところで、湯船に浸かる。
「ふーっ。今日もいい湯加減だなあー」
オッサンみたいな言葉を漏らすミーサ。
「ええ。いつもちょうどに保たれていて、管理が行き届いているわ」
「あったかいねー。ん……?」
「む?」
トモリンの視線が、先に湯船に浸かっている先輩たちと自分との間を行き来している。それに気づいたエマも、なぜだか言葉を詰まらせる。
薄い。あまりにも薄かった。どこが、とはあえて言わないが、二人のある部位はあまりに平らだった。ユリィはトモリンより少し膨らみがあり、ミーサはさらにもうちょっとあるが大きくはない。
それに対して、先輩たちは皆、豊満だった。くどいが、どこが、とは言わない。
エマは目線でトモリンを諭す。これは歳の差によるものなのだ、と。
そんな二人の視線のやり取りも気にせず、ミーサが気楽に話し出した。
「先輩たちって、学園を卒業したら、帝国の軍隊に入隊するんだったよな?」
野外演習で文字通り生死をともにした仲間だ。先輩後輩の域を越えて、友情が芽生えていた。だから、敬語なんて使わない。最初から使ってなかったような気もするが、それは強い仲間意識の表れでもあったのだろう。
「ああ、そうだ」
「私たちの個性を最大限に生かせる場所だと信じています」
「イーダったら。あなたが最大限に頑張るときは、味方が劣勢で負傷しているときですわよ。縁起でもありませんわ」
光属性、回復魔法を使うイーダ。彼女が大活躍する場面があれば、そこは修羅場だ。
「うむ。縁起でもないナリ」
イーダとマリアンは第三階級の魔法を使うことができる。
第三階級の魔法を使えれば、一人前の魔法使いであり、学園の生徒の段階でその域に達しているのであれば、努力次第で第四階級に到達する可能性も高く、将来が有望でもある。
「先輩たちなら、出世も早そう」
「そうね。うまくやって行けると思うわ」
「私たちもさ、卒業したら、入隊しちゃう?」
「お、いいな!」
乙女の集まりなのに「将来、素敵なお嫁さんになる」というワードが一切出てこないのが、帝国らしいところでもあった。
それからは、野外演習での思い出話や、帝都のおいしい店の情報交換など、いろいろ長話をしながらの楽しい入浴タイムとなり、のぼせ気味で入浴を終えるのであった……。




