四十七話 一月十六日
一月十六日
東は立花を殺すために必要なものを買い込んだ。まず、凶器は細長いバールを使うことにした。これなら、頭部をそれほど破損させることなく、立花を殺すことができるだろう。それと、ピアノ線、ペンキ、はけを買った。
東は新たな情報を得ていた。かつて大学の演劇部にいた生徒から、柚野瞳が失踪した日に、立花が彼女を呼び出していたという話を聞いた。その生徒は今まで恐くて誰にも言えなかったらしい。しかし東がそれとなく柚野のことを聞くと、今まで胸に閉まっていたものが、水門が決壊するように流れ出て、東にべらべらと教えた。
東は確信した。やはり、立花は柚野を殺している。殺して、死体はどこかに隠しているのだ。東は死ぬ前の姉の姿と頭をかすめる柚野の像が重なっているのに気がついていた。立花が柚野を殺したということは、姉を殺したに等しい。家で虐げられ、家の外でもひどい扱いをうけた柚野はいったいどれだけ絶望していただろう。
柚野は飛んで行きたい、と日記に書いている。姉も同じことを言っていた。拷問のような日常から抜け出して、どこかへ行ってしまいたいという思いは、誰でも少なからず持っているものなのだろう。
東も例外ではなかった。姉の影響とは言わないまでも、幸せになりたいという願望は人一倍強かった。
東は引越しをした。気が早いかもしれないが、ロザリアになった立花を保管するために広い部屋を借りたのだ。叔父が所有しているマンションだったから、手続きは必要なかった。家具も何もないがらんどうの部屋にぽつりと、ペンキの缶が置かれている。
床に座り、東は思いにふけっていた。両親が死に、姉が死に、東の人生は不幸の連続だった。普通に幸せに日常を送っている人間の一生分の悲しみを合わせたとしても、その時の東のそれにはかなわないだろう。
やっと幸せになれるのだ。立花を殺して、美を恒久化する。
立花がこの部屋にやってきたら、新しい生活が始まる。朝起きたらまずキスをしよう。何か辛いことや苦しいことがあった時は、彼女の綺麗な顔を見ればそれを忘れることができるはずだ。彼女は何も喋らなくても、美しさが圧倒的な幸せの質量を生むのだ。
ああ、最高だ。
立花が欲しい。幸せになりたい。
そして、目の前の景色が歪み始めた。




