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RUTS  作者: 三品大
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三十三話 一月七日

   一月七日


 夕方五時半ごろ、浅利は街の商店街を買い物をしながら歩いていた。買ったものはほとんどが食料品で、嗜好品その他の専門店は素通りしていた。野菜や肉、魚などを買い揃えてそろそろ駅に行こうかというところだった。

 九藤がここ数日、あまり食べ物を口にしていないようなのだ。少しは食べているようだが、浅利は彼のために料理を作ろうとしている。このままでは九藤はますます弱っていくばかりだ。浅利はその姿を見て楽しんでいたはずだった。しかしそれに自己嫌悪を覚えたからか、弱っている九藤を出来るだけ長く見ていたいからか、浅利は九藤にとりあえず食事を与えることにした。自分の気持ちがよくわからなかった。自分は彼に死んでほしいのではなかったのか。

 買い物袋をさげて浅利は歩いた。周りは主婦ばかりで、同じように夕食の食材を買っているようだった。誰かの妻になれば、自分も毎日このようなことをするのだろうか。あまり想像ができない。でも、今は確実に妻に近い振る舞いを九藤に対してしている。

 商店街を出ると、大きな通りに抜けた。大きな横断歩道にさしかかると、たくさんの人間達が信号待ちをしていた。その光景はやけに活気付き、せわしない感じがして、浅利は落ち着かなかった。浅利は静かでゆっくりとした場所が好きだった。

 駅までショートカットするために、アーケード街へと入った。そこには先ほどとは違い、サラリーマンや若いカップルなども多かった。食材を持って歩いている自分が少し場違いに感じるほど、その辺りは垢抜けているように思えた。

 早く静かなところへ行きたい。

 浅利は歩を速めた。足を機械的に動かし、淡々と進んでいく。

 すると、何か妙な人間の姿が遠くにあるのがわかった。

 おかしな人間がいることは珍しくはない。特に駅に近付くほど、多くなっていくものだ。しかし、浅利にはそれを目に留める理由があった。

 その妙な人間はおそらく東だ。身長や着ているジャンパー、髪形からそれはほぼ確実だった。だが彼はおかしい。

 まず足取りがおぼつかなく、ふらふらとしている。きょろきょろと辺りを見回していたかと思うと、立ち止まってなんということのない、ドラッグストアの店先のマスコット人形を凝視していたりする。

 東がおかしいのは今に始まったことではなが、それはやけに子供じみていたり、思い込んだら一直線に突き進んでしまうような行動に表れていた。だがあの東が今見せているのは、今まで見たことのないような奇妙な動きだ。

 通行人も怪訝そうな表情で東を一瞥しながら通り過ぎていく。東はそれを気にするようでもなく、ただふらふらと歩き回っていた。

 浅利は何か気になった。東と言う男は単純だが、時折予想も出来ないことをしでかすことがある。人に迷惑をかけていないだろうかと心配になり、浅利は話しかけることにした。

 一直線に東に向かって早歩きで近付いていった。近付いていくほど、東の様子は変だということがわかった。彼は胡乱な瞳をして歩きながら、時折よくわからないタイミングで笑みを見せたりしていた。何が可笑しいのだろう。

「東!」

 浅利は呼びかけた。すると、耳は確かなのか、東は浅利の方を見た。そして、目を細めて浅利をじっと見ると、当惑した様子で言った。

「立花さん…か?」

 浅利はその返答に言葉が詰まった。「…立花さん?誰よ、それ」

「ああ、浅利か!はは」

 東は急に笑い出した。浅利はますますおかしいと思った。

「何してるの、あんた」

「はは、ははは!」

 東は浅利が言ってもしばらく笑い続けた。浅利は苛立って言う。

「何が可笑しいの」

 東はついに腹をかかえて大きな声で笑い始めた。浅利は周りの目が気になった。

「だって、お前の顔、おもしれえんだもん」

 目を覚まさせるためにも、浅利は東に軽く平手打ちを食らわせた。大方の理由は腹が立ったからだが。東は頬を痛そうにさすると「何すんだ」と少し怒った。

「あんたおかしよ。落ちてるものとか拾って食べなかったでしょうね」

「そんなことしねえよ。ぷっ」

 東は浅利を見てまた噴出した。浅利はもう一度殴りたいという衝動を抑えて、尋ねた。

「あんた、目、悪くなったの?私のこと、立花とか…」

「いや」東は急に真剣な顔になった。「そうかもしれないな。それは忘れてくれ」

 わかりやすい奴だと浅利は思った。東は何かを隠している。それによって、彼に異変が起きているのかもしれない。

「白状しなさいよ。何を隠してるの」浅利は言った。

 東は「いや…」と動揺したように口ごもった。ますます怪しく感じる。東は少し考えるような身振りをした後に、これもまた妙なことを言った。

「俺はさ…神様を味方につけたんだと思うんだ」

「神様?」

 浅利はあっけにとられた。馬鹿がもっと馬鹿になったのだろうか。

「周りの景色は綺麗だし、いろんなものが見えるんだ」

 気味が悪くなった。東はいったいどうしてしまったのだろう。

「あんた、まさか――」

「そういうわけだ。じゃあな」

 唐突に会話を切って、東は走り去って言った。浅利は「ちょっと!」と呼びとめようとするが、東は通行人に肩をぶすけながらあっという間に遠くまで行ってしまった。

 気になる。東にいったい何が起こっているのだ。


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