第43章:魔王軍最上位貴族ギンー2
ギンが、少しだけ不思議そうに、そして理科の実験で未知の昆虫を見つけた少年のような発見に満ちた目で、小首を傾げていた。
「キミの持っているその漆黒の刀。あっちの二刀流の王子くん……それに、火縄銃と二丁拳銃。ボクの能力が、まったく通用してないみたいだ」
ギンの言葉に、俺はハッとして周囲を見渡した。
俺の魔剣ムラマサ。
ソーの聖剣エクスと魔剣オボロ。
ジークのアーティファクト・ヒナワ。
ザラが手にするアーティファクト・デザート&イーグル。
ショウとリクが持つ聖剣ソラスと聖剣エクス。
そして、ガルドが魔改造を施したアーティファクト・センシャ。
それらは、ギンが指を何度鳴らしても、脈動することなく、持ち主の意思を超えた何かによって守られているかのように、ギンの魔力干渉を完全に拒絶していた。
「なーるほど。聖剣や魔剣、アーティファクトっていう、千年前の転移者たちが遺したこの世界のシステムの外側にある武具には、ボクの能力は通じないってわけだね。……うん、バグっぽくて嫌いじゃないよ、そういうの」
「……なら、まだ戦える……!」
俺は、魔剣ムラマサの柄を握り直し、ギリッと奥歯を噛み締めた。
絶望の中にある、たった一つの希望。
「武器が残ってる奴らで、丸腰になった仲間を全力でカバーするぞ!!」
俺の叫びに、聖剣と魔剣、そしてアーティファクトの適合者たちが一斉に応じ、闘力を爆発させた。
だが、ギンはそんな俺たちの必死な足掻きを眺め、満足げに一つ頷くと。
ひらひらと、帰宅する高校生のように軽薄に手を振った。
「まぁ、いいや。これくらいのハンデなら、少しはボクも見てて楽しめるかな」
ギンは、空中の何もない空間へ向かって、一歩足を踏み出した。
「ボクは汗をかくのも、血生臭いのも苦手だから、あとは君たちで勝手に遊んでてよ。……じゃあね、同郷のキミ。……あ、言い忘れてた」
闇に溶け、消失しようとしていたギンの輪郭が、最後にもう一度だけ、クッキリと浮き上がった。
「今のキミたちじゃ、ロロンくんやギュスターヴくんには……逆立ちしたって絶対に勝てないと思うから。
……せいぜい、自分たちの武具に殺されないように頑張ってね〜」
ヒュッ。
ギンが、夜の闇に吸い込まれるように、最初からそこにいなかったかのように、完全に空間から消失した。
気配も、魔力も、一切の痕跡を残さずに。
「…………」
あとに残されたのは。
かつての最高の相棒だった武具から成り果てた、四体の神王獣クラスの絶望的なバケモノと。
勝機を確信していた瞬間に奈落の底へ突き落とされた、大混乱の防衛砦。
「ガァァァァァァァッ!!」
「ギュルルォォォォォォォッ!!」
逃走の道はない。
交渉の余地もない。
主の背中を守っていたはずの剣も槍も防具すら。
今はただ、目の前のかつての主の喉笛を噛み千切り、殺すためだけに、狂ったように荒れ狂っている。
「大将!! 考えんのは後だ!! 今はこのバケモノどもを叩き伏せねぇと、全員まとめて自分たちの武器の胃袋の中だぜ!!」
シンの、自身の防具に魔力を吸い尽くされ、顔を青ざめさせながらも放った決死の怒声。
その声で、俺は完全に我に返った。
目の前では、武器を失い丸腰となったレイズとミストが、自分たちの武器であった炎の四つ足のドラゴンと氷の龍の猛攻を躱すが追い詰められ。
砦の石壁を背にして、ただジリ貧で死を待つばかりとなっていた。
「ソー、ジーク! リク、ショウ! ザラ! ガルド! 動ける奴らだけで、カバーに入るぞ!!」
俺の咆哮と共に。
人類と、己の武器との。絶望的な反逆の戦いが開始された。
「ええ! これでどうかしら!」
ザラがすでにデザートの強化弾を全員に撃ち込んでいた。
「任せとけ! ワシの可愛いセンシャの出番じゃァァァッ!!」
砦の奥から、機巧神匠ガルドの狂ったような絶叫が響いた。
ズドォォォォンッ!!
大地を削る轟音と共に、ドワーフ職人たちの魂と技術を乗せた鋼鉄の移動要塞アーティファクト・センシャが、凄まじい黒煙を吹き上げながら前線へと躍り出た。
「ガァァァァァァッ!!」
丸腰となったレイズを焼き殺そうと、炎のドラゴンが、空気をプラズマ化させるほどの灼熱の豪火を振り下ろす。
だが、そのレイズの頭上。センシャの分厚い特殊装甲と絶対防壁が、ガキィィィンッ!!と凄まじい火花を散らして、その一撃を真っ向から受け止めた。
「助かったぜ、ドワーフのオッサン!」
レイズが間一髪で後ろへ跳び退く。
「礼には及ばん! だが、この距離じゃ主砲は撃てん! 自爆になるわい! 耳長のエルフ! そいつを少しでも引き剥がせ!!」
「……言われるまでもない。分かっている」
センシャの砲塔上部に陣取っていたシルアの復讐者、ライーオが、冷徹な瞳で聖樹の大弓を引き絞る。
放たれた矢が、光の速度で氷の龍の首を、極めて正確に射抜いた。
ドォォォォンッ!
着弾と同時に、矢に込められた聖樹の魔力が爆発。氷の破片が飛び散り、龍が狂ったように悶え苦しんで体勢を崩す。
「おお、美しいですね! 主人が自分の武器に殺されるなど、我がスプリガンの美学が許しません! 解体作業、再開です!!」
上空から、死を恐れぬ狂気的な笑みを浮かべた暗殺者クラファスが飛び降り、氷の龍の至近距離で両手の指を鳴らす。
彼の極超音波の音魔法が、氷の龍の体内で直接共鳴し、その巨体がパキパキとひび割れ、動きを致命的に鈍らせる。
「だりぃな、マジで……何やってんだよ、あの白髪野郎……。オレの睡眠時間を削りやがって」
その対角線。リリアノートが気怠そうに、鎌の柄を回しながら指先を弾く。
彼女の指先から放たれた無数の不可視の鋼線が、炎のドラゴンの四つ足を雁字搦めに絡め取り、強引にその破壊活動をコンマ数秒だけ縫い止めた。
「今です、リク! 未来は視えました!!」
「っしゃあああッ!! 食らえぇぇ!!」
ショウの聖剣エクスが捉えた五秒先の未来視による、完璧なタイミングの指示。
それを微塵も疑うことなく信じ切り、リクが聖剣ソラスの可能性の光を爆発させて、音速で突進する。
身動きの取れない炎のドラゴンの胸の核――レイズの闘力が最も凝縮された弱点を、リクの渾身の一撃が真っ二つに貫いた。
「ガァァァァッ……!!」
断末魔と共に、炎のドラゴンが崩れ落ちる。
その巨体は空中で元の炎竜の大剣の姿に戻り、地面にガランッ、と鈍い音を立てて転がった。
「一つ! 次は、僕たちが相手だ!」
ソーが、聖剣ラナと魔剣オボロの相反するオーラを同時に立ち昇らせ、カリナを食い殺そうとしていた光の牙獣の横っ腹に、空間を断ち切る十字斬りを叩き込んだ。
一方。
俺はシンと共に、彼自身の防具が化けた深淵の海を纏う不定形の怪物と対峙していた。
「大将! 気をつけろ、こいつは俺の術理をすべて理解してやがる! 魔法の完全吸収能力を持ってるぞ、半端な魔力攻撃は無意味だ!」
大槍を構えたシンが、血を吐きながら俺の背後から叫ぶ。
「分かってる! 物理で核をぶち抜く! ……ザラ!! 頼む!!」
「ええ、任せてちょうだい! あたしがアイツに、最悪のコンディションを演出してあげるわ!」
ザラが戦場を華麗に、そして極めて妖艶に舞いながら、黒の銃イーグルのデバフ弾を海神の怪物に連続で叩き込む。
魔力と闘力を、強制的に百分の一にまで削り落とす、理不尽極まりない弱体化の凶弾。
怪物の纏う深淵の海が、一瞬だけ、だが確実に薄らぐ。
すかさず、ザラがステップを切り返し、身体能力強化の踊りを俺に施す。
「ッ……!!」
全身の血管が沸騰するような、圧倒的な万能感。
俺は、神王獣ヤマタノオロチのベルトを発動し、俺自身を八人の分身へと増殖させる。
俺はクリスタルワイバーンの絶対魔法防壁を八人全員に纏わせながら、怪物の懐へ一直線に、弾丸の如く突っ込んだ。
「ギョォォォォォォォッ!!」
怪物が、八人の俺に向かって、無数の超高圧の水流触手による全方位迎撃を放つ。
回避不能。防御不能。
――グチャッ。
俺の分身が次々と水流に貫かれ、最後に残った俺の本体の眉間を、怪物の鋭利な触手が完全に貫通した。
脳髄が破壊される、確実な死。
(――戻れ!!)
俺は、死の瞬間に、魔剣ムラマサの能力を強制起動させた。
世界がブレる。
俺は再び、怪物の懐へ突っ込む五秒前の地点に立っていた。
怪物の触手がどこから、どのタイミングで、どの軌道で襲ってくるか。自身の死の体験をもって、完全に読み切っている状態。
「……見えるぜ」
俺は、怪物が触手を放つコンマ一秒前にステップを踏み、紙一重の完全回避で、触手の嵐のど真ん中をすり抜けて、怪物の中心核へと潜り込んだ。
「これで……元の姿に戻れェェッ!!」
魔剣ムラマサの漆黒の刀身に、ザラのバフで限界突破した身体能力で殺意をすべて叩き込む。
閃刃。
怪物の核を、俺の一撃が正確に、そして冷酷に両断した。
ドシャァァッ……!
断末魔と共に怪物が大量の水飛沫となって弾け飛び、元のシンの鱗の防具へと戻って、ビチャリと地面に転がった。
ほぼ同時に。
砦の屋上から放たれたジークのアーティファクト・ヒナワの極限圧縮熱線が、氷の龍の首をドロドロに溶かし落ち。
ソーの双剣の乱舞が、カリナを襲っていた光の牙獣を完全に切り伏せた。
――静寂が、砦の中庭に戻った。
地に落ちた、四つの武器と防具。
全員が肩で荒い息をし、全身を脂汗と自分たちの血で汚しながら、その場に力なくへたり込んだ。
「ハァ……ハァ……ッ。なんとか、全員無事か……」
俺が膝をつき、ムラマサを杖代わりにして立ち上がろうとすると、シンが深く、重いため息を吐いて空を仰いだ。
「マジでシャレになんねぇぞ、あのギンって野郎……。武器を神王獣クラスに仕立て上げて反逆させるなんて、反則にも程があるだろ……」
「でも……勝ったわ。誰も、一人の犠牲も出さずに」
カリナが、地面に落ちた自身の純白の騎士剣を拾い上げ、震える指先で愛おしそうに、そして安堵の涙を浮かべて撫でた。
レイズもミストも、それぞれの武器を取り戻し、疲労困憊ながらも互いの無事を確認し合っている。
魔王軍の最上位貴族、ギンの理不尽な遊戯。
だが、聖剣、魔剣、アーティファクトというシステムの外側の規格外装備を持つ者たちの完璧な連携によって、俺たちは辛うじて、その絶対的な絶望を退けたのだ。
「……なんとかやり過ごした、って感じだな」
俺は、夜空を見上げて大きく息を吐き出した。
疲労の底に、確かな生存の喜びがあった。
これだけの絶望を前にしても、俺たちは生き残った。まだ、戦える。
――だが。
俺たちは、決定的に忘れていたのだ。
ギンが最後に残した、あの不吉な言葉。
『今のキミたちじゃ、ロロンくんやギュスターヴくんには……逆立ちしたって絶対に勝てないと思うから』
魔王軍の最上位貴族は。
あんな、指先一つで世界を終わらせるような化け物が、あと二体も存在するという、残酷すぎる事実を。
そして。
真の死の使者は。
俺たちが味わっているこの勝利の安堵を、わずかな希望を、根こそぎ叩き潰すために。
すでに、俺たちのすぐ背後まで。
音もなく、舞い降りていたのだ。




