第39章:山岳国家の機巧神匠と砂漠国家の都市伝説ー2
青年は、深々と、定規で測ったように完璧な直角でお辞儀をした。
「本日は、薄汚い魔族の皆様を、塵一つ、細胞一つ残さず、美しく且つ迅速に消し去りに参りました! 周囲に血と臓物の雨が降るかと思われますが、皆様の服を汚してしまったら申し訳ありません! 何卒ご容赦を! どうぞよろしくお願いいたします!!」
……は?
俺は思わず顔をしかめ、隣にいたレイズは、呆れたように細めた目をパチパチと瞬かせた。
暗殺部隊なのに、名乗りがハキハキしすぎている。というか、声がデカすぎる。隠密性ゼロだ。
美しく消し去ると、布越しでもわかる飛び切りの笑顔で言い放つその瞳には。
命の価値観、道徳という概念が根本から完全にバグりきっている、本物の狂気が宿っていた。
「あー……だりぃ。声がデカいんだよ、ファッさん。マジで耳障りだわ。ここは砂漠じゃねぇんだぞ。そんな馬鹿でけぇ声出さなくても、ちゃんと聞こえてるっつの」
ギィィィッ……ガリガリガリッ……!
その後ろから。
黒鋼の床を、何か重く鋭利な金属で引きずるような、背筋が凍る不快な音を立てて。
砂色の短髪をした、細身で気怠げな女性が、首の後ろをボリボリと掻きながら歩いてきた。
彼女の右手に無造作に握られているのは、柄の長い奇妙で凶悪な形をした、死神のような鎌だった。
「オレは序列6位の、リリアノート。……あー、よろしくな。……おいファッさん、お前着いたばっかで張り切りすぎだろ。殺す前にバテんぞ。もっと適当にやろうぜ、適当に」
「リィリィィア、ノォートォォォォォォッ!!」
クラファスが、顔を真っ赤にして、首の太い血管をミミズのように浮き上がらせながら怒鳴りつけた。
「私をファッさんと呼ぶなと、あれほど、何度言えば分かるのだ貴様は! いつもいつも言っているだろう! クラファス序列2位と呼べと!! 暗殺者たるもの、常に規律と礼節を重んじよ!! お前のそのだらしない歩き方はなんだ!!」
「んな長ぇの、呼ぶのめんどくせーだろ。分かったよ、序列2位ファッさん。はいはい、礼節礼節っと。あー、早く仕事終わらせて寝てぇ」
リリアノートは、大きな欠伸を噛み殺しながら、鎌の柄に寄りかかった。
その、あまりにも場違いで、緊張感の欠片もない漫才のような光景を見て。
砦の屋上で彼らを見下ろしていたシンが、持っていた酒袋を危うく取り落としそうになった。
「……おいおい。マジかよ。嘘だろ」
常に余裕のあるシンの目が、かつてないほど、信じられないバケモノでも見るように見開かれている。
「各国の裏社会で、おとぎ話か都市伝説レベルで語られてる、バル=ゼファル王属の極秘暗殺部隊スプリガン……。ただの都市伝説じゃなく、マジで実在してやがったのかよ。しかも、こんな……その辺にいる兄ちゃん姉ちゃんみてぇな、普通そうなヤツらが」
海神のシンでさえ、声のトーンを落として動揺するほどの異常な肩書き。
だが、シンの言う通りだ。
俺の直感――これまでの死闘で培われた、生物としての極限の危機察知能力が、脳内に激しいアラートをガンガンと鳴らし続けている。
元気すぎるクラファス。
彼が呼吸をするたびに、周囲の空気が極小の不可視の刃となって、微かに振動するような気配がする。
気怠そうなリリアノート。
彼女からは、目に見えない鋼の糸のような、常に俺たちの首筋を撫で回しているような鋭い殺気が、周囲を威嚇するように漂っているのだ。
彼らがその気になれば、このドワーフの作った防衛網の内側から、俺たちを数秒で半壊させるだけの力が確実にある。
狂っている。こいつらもまた、紛れもなく人類の最高峰だ。
「ふふっ。騒がしくてごめんね。うちの暗殺者たち、腕だけは確かなんだけど、ちょっと……いや、かなり変わり者でね」
狂気と殺気が渦巻く正門の入り口。
最後に、砂漠の熱風を纏いながら歩み出てきたのは、夜の闇を溶かしたような艶やかな黒髪をなびかせる、褐色の美女だった。
魔境の冷たい風には到底そぐわない、露出の多い砂漠の踊り子の衣装。
だが、その薄い絹の布地からは、並の鉄の防具など紙切れ同然に思えるほどの、極めて高密度に編み込まれた魔力障壁が展開されているのが、視覚を通さずとも肌で分かった。
「あたしはザラ。バル=ゼファルの特級冒険者よ。……あのふざけたオッサン。……ローディオには、ちょっとばかし借りがあってね。あいつの頼みなら、地の底の地獄までだって、一肌脱ぎに来るわ」
ザラが、艶やかな紅を引いた唇を綻ばせて、パチンと蠱惑的にウインクをする。
その瞬間。横にいたレイズが「おっ」と声を上げ、あからさまに目を輝かせた。
相変わらず、どんな死地でもブレない男だ。
「へぇ……あんたが、噂の砂塵の踊り子か。砂漠の宝石たぁ聞いてたが、噂に違わぬ絶世の美しさだな。こんな死臭のする泥沼には、全く似合わねぇぜ」
レイズが、軽い調子で口笛を吹く。
「だが、あんた、そのナリで戦い方はどうすんだ? まさか色仕掛けで魔族を骨抜きにして落とすわけじゃねぇだろ」
「あたしの武器は、砂魔法と……踊りよ」
ザラは、腰に提げた金色の装飾具をチャリン、と優雅に鳴らし、妖艶に微笑んだ。
「戦場を舞いながら、味方を鼓舞するの。私の踊りを見た味方は、闘力や魔力が爆発的に向上し、傷の治りも早くなる。逆に、敵は泥を被ったように重く、弱体化する。……それが、私の戦い方」
広域強化と、広域弱体化。
その言葉を聞いた瞬間。
レイズが、ポンッ!と手を叩き、「あ」と何か極悪な作戦を閃いたような顔をして、俺の方を向いた。
「大将。さっきお前に渡したばっかで悪いんだが……」
レイズは、俺の腰のホルスターを指差した。
「アーティファクト・デザート&イーグル。あれ、こっちのザラの姉ちゃんに任せた方が、とんでもなく凶悪なことになりそうだぜ」
俺は、腰のホルスターに収めた二丁の重厚な拳銃に視線を落とす。
対象の魔力と闘力を2倍から最大100倍にまで引き上げる、白の銃デザート。
対象の魔力と闘力を半分から最大100分の1にまで削り落とす、黒の銃イーグル。
確かに、本来この銃の真価は、殺傷能力ではなく極端なバフとデバフにある。
もし、それを……広域バフの専門家であるザラが、自身の踊りの魔法と併用して撃ちまくったら、どうなるか。
「……なるほど。味方にデザートを撃ち込みながら踊れば、効果は乗算で跳ね上がる。敵にイーグルを撃ち込めば、魔族の大軍勢だろうが、カスみたいな弱さに強制的に引き下げられるわけか」
俺は、その極悪すぎるシナジーに納得して深く頷き、ホルスターから二丁拳銃を抜き放った。
「餅は餅屋だ。俺が無理して使って暴発させるより、ずっといい」
俺は一切の迷いなく、その千年前の伝説のアーティファクトを、ザラへと向かって放り投げた。
「俺は魔剣ムラマサと武装化で、一番前でヘイトを稼いで前線を張る。後方からの強化と弱体化の管理は、本職のあんたに任せた方が、部隊の生存率も殲滅力も跳ね上がる。……使いこなせるか? ザラ」
ザラは空中で、その重厚な二丁の拳銃を鮮やかに、そしてまるで昔からの相棒であったかのように、愛おしそうにキャッチした。
チャカッ、チャカッ、と、くるりとしなやかな指で華麗に銃を回して見せる。
「あら……いい玩具じゃない。ずっしりしてて、最高に趣味が悪いわ」
ザラは、黒の銃イーグルの銃口を西の空――瘴気の吹き出す大穴へと向けた。
「あたしの舞に、この古代の魔法が乗れば……魔族の戦力なんて、文字通り、濡れた紙屑にしてあげるわ」
ゾッとするほど艶やかで。
そして、血も凍るほどに残酷で、頼もしい笑みだった。
これで。
後方の支援火力と、盤面のピースは完全に埋まった。
機巧神匠ガルドが魔改造を施す、絶対防衛兵器センシャ。
カエサルの双竜、レイズとミストによる圧倒的広域火力。
ウルシアの頭脳ギリーエ、遊撃のソー、そして光の剣姫カリナ。
オーシャンの海神シンと、希望の聖剣を掲げる少年たち。
スプリガンの暗殺者たちによる、特攻。
そして、アーティファクトを手にした踊り子による、完全なる戦場支配。
人類が持ち得る、最高にして最狂のカードが。
今、この東の最果ての防衛砦に、すべて揃ったのだ。
「……さぁ、来いよ、魔族ども」
俺は、ゴゴゴゴゴ……と鳴動を強める瘴気の大穴を見下ろし、魔剣ムラマサの柄を強く握りしめた。
「千年分のツケを、ここでまとめて払わせてやる」




