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第33章:偽りの友と本物の勇気ー2


 俺がクリスタルワイバーンやラナの武装化の腕力で、森から大木を丸ごと切り出してきて崩れた柱を直し。


 シンが水魔法で、泥だらけだった教会内をピカピカに洗い流し、空中に綺麗な水玉を浮かべて子供たちを大喜びさせる。


 俺たちの手にかかれば、ボロボロだった廃教会は、たった数時間で立派な砦のように修繕されてしまった。


「お、お前ら……商人とか言いながら、大工としても魔法使いとしても超一流だな……!」


 バルトが、目を丸くして感心している。


 夕刻。


 力仕事の合間、心地よい風が吹き抜ける境内で、ジークが額の汗を拭いながら、バルトにそれとなく例の銀時計の出処を尋ねた。


「あの……バルト様。その王家の銀時計、一体どこで手に入れたのですか? 王家の特注品なら、そう簡単に道端に落ちているようなものではないと思うのですが」


「あぁ、これか?」


 バルトは大事そうにシャツの裾で銀時計の表面を磨きながら、自慢げに胸を張った。


「実はな、数年前のことだ。ここからずっと西の遠くの山の方で、天地がひっくり返るような、すっげぇ大爆発があったんだよ。でっけぇ山が、ドカーン!と三つも一気に吹き飛ぶくらいのな!」


「「…………ッ!?」」


 俺とジークは、同時に息を呑み、完全に動作を停止して固まった。


「その爆発の直後だ。空を見上げたら、雲の向こうから、キラキラ光るものがゆらゆら落ちてきてさ。


 山の中に落ちたのを必死で探し回って拾ったのが、この時計ってわけよ! 凄ぇだろ、空から降ってきたんだぜ!」


『あはははははっ!!』


 胸元のペンダントで、ラナが腹を抱えて、完全に腹筋を崩壊させて爆笑している。


『ちょっと相棒、聞いた!? カリナさんとメレーナ様が、昔マジギレして殴り合いの喧嘩で山を3つ吹き飛ばした時の余波で、メレーナ王女の時計が、こんな辺境まで吹っ飛んできたんだよ!!』


(…………マジかよ。あの赤毛の怪力王女と、カリナの、ガチ喧嘩の遺留品だったのかよ……)


 俺とジークは、顔を盛大に引きつらせながら、ヒソヒソと互いに顔を見合わせた。


 山を三つ吹き飛ばした、最強の女騎士同士の喧嘩。世間は狭いというか、この世界の女はスケールが狂いすぎている。バルトの奴、よく流れ弾で死ななかったな。


「……いいのか、ジーク。あの時計、お前の姉貴の物だろ。回収しなくて」


 俺が薪を割りながら、隣のジークに小声で尋ねた。


「うん。僕の名前を出した詐欺は感心しないけれど……あの子たちが今日一日、お腹いっぱい食べて笑って生き延びられるなら、僕の名前なんて安いものだよ。あの時計は、彼が持つべきだ」


 ジークは苦笑しながら、バルトと笑い合う子供たちを、優しい目で見つめていた。


 ――平和で、温かい夕暮れ。


 このまま、何事もなく夜を迎えるはずだった。


 ――ヒュンッッ!!


 空気を不穏に切り裂く、尖烈な風切り音が響き。


 俺たちが修繕したばかりの教会の入り口の太い柱に、一本の太く鋭い鉄の矢が、ドスッ!と深く突き刺さった。


「きゃああああああっ!?」


 遊んでいた子供たちが悲鳴を上げて、一斉にバルトの背後へと固まる。


「チッ……こんな辺境の廃教会にまで沸きやがるか」


 俺は持っていた薪割りの斧を床に放り捨て、即座に立ち上がり、腰の魔剣ムラマサに手をかけた。


 教会の崩れた門から、いびつな刀身の剣や、血まみれの戦斧を構えた、タチの悪い野盗どもが十数人。


 下品な笑いを浮かべながら、ゾロゾロと境内へと踏み込んできたのだ。


「おいおいおい! こんなボロ教会に、売り物になりそうなガキがうじゃうじゃ群れてやがるじゃねぇか! 人買いたちに売っ払えば、いい金になりそうだなぁ!」


 教会の崩れた門から踏み込んできた野盗たちのリーダー格。


 顔の半分に醜い火傷の痕を持つ巨漢が、舐め回すような粘着質な視線を子供たちに向け、血の乾いた戦斧を肩に担ぎ直した。


 ヒィッ……と。


 先ほどまで無邪気に笑っていた子供たちが、絶対的な暴力の気配に恐怖で震え上がり、互いに身を寄せ合って悲鳴を殺す。


 俺は、ムラマサの柄をカチカチと爪で鳴らし、野盗どもを全員細切れにする算段を立てながら、一歩前へ出ようとした。


 だが――。


 その恐怖に怯える子供たちの前に、ガクガクと両膝を激しく震わせながら、一人の男が躍り出たのだ。


 バルトだった。


 その手には、教会の裏のゴミ捨て場からでも拾ってきたのか、刃がボロボロに欠けた、サビだらけの折れた鉄の剣が握られている。


 彼の顔は恐怖で完全に引きつり、目からは情けない涙が溢れ、腰は今にも崩れ落ちそうに引けている。


 それでも――彼は決して逃げず、子供たちの前に両手を広げて、盾のように立ち塞がったのだ。


「う、うるせええええええッ!! お、俺を誰だと思ってやがるッ!!」


 バルトは、ひっくり返った裏返りの大声で、必死に虚勢を張り上げた。


「俺はあ!! ウルシア王国第五王子、ジーク・ウルシア様のマブダチのバルト様だぞッ!! この子たちに指一本でも触れてみろ、王子が……ウルシア王国軍が黙っちゃいねぇぞ!! お前らなんか……お前らなんかに、弟たちは絶対に触らせねぇからなッ!!」


 それは、自分の身を守るための嘘ではない。


 非力な自分が、凶悪な野盗どもから子供たちを守るために使える、たった一つの武器だった。


 野盗どもは一瞬きょとんとした後、腹を抱えて爆笑の渦を巻き起こした。


「ギャハハハハハッ!! 田舎の貧乏くさい小僧が、王子のダチだとよ! どんだけおめでたい頭してやがるんだ!」


「いい度胸だ。なら、その薄汚ぇ首、王子への手土産にしてやるよォォッ!!」


 巨漢のリーダーが、凶悪な大斧を頭上に高く振り上げた。


 一切の容赦のない、バルトの脳天目がけて殺意を込めた振り下ろし。


 バルトは目を固く瞑り、折れた剣を両手で握りしめ、歯を喰いしばりながら――それでも、一歩も引かなかった。


『相棒ッ!!』


「分かってる!!」


 俺が速攻で飛び出し、魔剣ムラマサを抜こうとした、そのコンマ一秒前。


 スッ……と。


 俺の肩を、前に出た細い腕が、静かに、だが絶対の意思を持って制止した。


「――僕の友を名乗るなら」


 凛とした、第二王子ギリーエを彷彿とさせるような、冷たく、美しく、そして絶対的な威厳を持った声が、廃教会の中に静かに響き渡った。


「もう少し、胸を張ってください。バルト」


 ジークだった。


 彼は、死の恐怖に怯えるバルトの前に、足音もなく静かに歩み出ると。


 マントの裏から、黒く細長い筒――アーティファクト・ヒナワを静かに抜き放ち、片手で水平に構えた。


「な、なんだお前……ッ!?」


 巨漢のリーダーが、突如として現れた少年の、その異常なまでの気配に動きを止める。


「……動くな」


 ジークが一言、低く言い放った。


 ――ズドンッ!!


 魔法ではない。


 それは、王族として生まれた者の矜持と。


 グリンデルでの死闘や、神王獣ヤマタノオロチとの絶望的な死線を潜り抜けてきた、本物の戦士だけが放つことのできる圧倒的な覇気だった。


 その目に見えない圧力が、野盗たちの全身を金縛りのように縫い止め、全員の呼吸がピタリと停止した。


「く、虚勢を……張るなァァァッ!! ただのガキがぁぁッ!!」


 リーダーの巨漢が、自身を襲った恐怖を強引に打ち消すように、死に物狂いで大斧を振り下ろそうとした。


 ジークの指が、ヒナワの引き金を、静かに引いた。


 ――チィンッ!!


 放たれたのは、今までの爆炎ではない。


 炎の魔獣を撃ち抜いたのと同じ。直径わずか数ミリの、極限圧縮された白き光線。


 シュバッ!!


 その光線は、襲いかかる巨漢の手に握られた分厚い戦斧の木製の柄の中心だけを、音もなく、正確無比に焼き切った。


「……え?」


 巨漢の手元に残ったのは、スカスカになったただの短い木の棒。


 重い鋼鉄の刃の部分が、ドスンッ!と、彼の足元の石畳に無残に転がり落ちる。


 あと一歩踏み込んでいれば、彼の頭蓋骨が同じように貫通されていたという、死の証明。


「そこから一歩でも踏み出せば……次は武器の柄ではなく、あなた方の頭を貫きます」


 ジークが、ヒナワの銃口を、巨漢の眉間へ寸分の狂いもなくピタリと合わせた。


 銃口から立ち上る、一筋の細い白煙。


 一切のブレがない、完璧に感情を排した殺戮の射撃体勢。


「ひ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃっっッ!!!!」


 リーダーの男は、手から残った木の棒を放り出し、完全に腰を抜かして情けない悲鳴を上げた。


「ば、バケモノだぁぁぁッ! 逃げろぉぉぉッ!!」


「ひぃぃぃっ!」


 野盗どもは完全に戦意を喪失し、武器を放り捨てて、悲鳴を上げながらクモの子を散らすように逃げ出していった。


 その夜。


 野盗騒ぎも落ち着き、お腹いっぱいになった子供たちがすやすやと寝静まった後。


 バルトは小さく熾された焚き火の前で、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに膝を抱えて俯いていた。


「……あんたが。本物の……ジーク王子様、なんだろ」


 ジークは静かに微笑み、バルトの隣へ腰を下ろした。


「王家の紋章を使って人々を騙したことは、決して褒められたことではありません。……ですが」


 ジークは、バルトの細い肩に、そっと手を置いた。


「子供たちを守るために、サビた剣一本で自分の身体を盾にした君の姿は……紛れもなく、本物の勇者の姿でした。……君の見せた勇気は、決して偽物なんかじゃない」


「ジーク王子……っ」


 ドサッ。


 俺は懐から、レオルラハト領でのギルドの依頼や道中で手に入れた、銀貨や銅貨のぎっしり詰まった重い革袋を取り出し、バルトの膝の上へドンと無造作に投げ置いた。


「なっ……なんだよこれ!? こんな大金……!」


「王都の商人からの、未来への投資だ。そのガキどもに、まともな服と温かいメシを毎日喰わせてやれ」


 俺が吐き捨てるように言うと、シンも煙草の煙を燻らせながら不敵に笑った。


「嘘をついて、他人の名前でタダ飯を食うのは今日で終わりにしな。……お前の波なら、泥臭く働いたって、あのガキどもを立派に養っていけるさ。俺が保証してやるよ」


 バルトは、膝の上の重い革袋を両手で固く握りしめ、ボロボロと大粒の涙をこぼした。


「……ごめんなさい……っ! そして、ありがとう……! 本当に……本当にありがとうございました……っ!!」


 バルトは床に額を何度もこすりつけるようにして、子供のように声を出して嗚咽を漏らして泣いた。


「……あ、そうだ!!」


 バルトが、不意に何かを思い出したように顔を上げ、教会の奥の物置から、ボロボロの布に包まれた何かを抱えて走ってきた。


「俺……あいつらを喰わせるための金を稼ごうと思って、この東の山にある、正式な名前すら誰もわからない。

 古臭い墓所とかって呼ばれる古い遺跡に、一度忍び込んだことがあるんだ。金目の物は何もなかったんだけど……その時に、変な金属の板を見つけてさ」


 バルトが、布を広げた。


 そこにあったのは、手のひらサイズの、重厚な未知の合金で作られた奇妙な金属板。


 その表面に深く刻み込まれていた文字を見た瞬間――。


 俺の心臓が、ドクンッ!!と、肋骨を突き破らんばかりに激しく脈打った。


『最高傑作の作り手たち、ここに眠る』


『Rest in Peace』


「……なっ……!?」


「大将? どうしたんだ、急に顔色変えて」


 俺が目を見開いて絶句しているのを見て、シンが不思議そうに覗き込んでくる。


「……読める」


「え?」


 ジークが小首を傾げた。


「これ、古代文字ですよ? シルアの長老様レベルの知識がないと解読できないような……」


「違う……!! これ、俺の元いた世界の言葉だ!!」


 俺は震える指先で、金属板に刻まれたアルファベットと漢字をなぞった。


 このファンタジー世界にあるはずのない文字。


 そして、最高傑作の作り手たちという言葉。


『相棒……ッ! それって……聖剣や魔剣、アーティファクトを作った、千年前の転移者たちの……!?』


 ペンダントの中で、ラナの声が興奮で激しく震える。


(……ああ。間違いない。この世界のチート武器を生み出した、俺と同じ転移者たちの墓場だ!!)


 予測されている魔族の封印の地も、ここから東だ。


 すべてが、一つの線に繋がりかけている。


「……バルト。その墓所ってのは、ここからどっちだ!?」


「え……ひ、東の山を越えた先にある、一年中深い霧に包まれた谷の底だけど……」


 俺とシン、そしてジークは、パチリと視線を合わせた。


 魔族の封印の地を探す旅の中で巡り会った、最大のマスターピース。


 魔剣、聖剣、そしてアーティファクトのルーツへと繋がる、決定的な手がかり。


「……行くぞ。明日朝一でな」


 俺が静かに宣告すると、シンは皮袋の酒を豪快に煽り、ジークは力強く深々と頷いた。


◆


 翌朝。


 出立の際、ジークは最後に見送るバルトへ向かって、爽やかに、そして気高く手を振った。


「ウルシアの第五王子ジークは、君のような勇気ある男を、誇り高き友人と呼ぶよ。……元気でね、バルト!」


「はい……! ありがとうございました、ジーク様!!」


 バルトと子供たちの笑顔に見送られながら。


 俺たちは決定的な鍵を手に、大陸最東端の未知の地――墓所へと向けて、力強く足を踏み出したのだった。


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