↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/112

第26章:武装化新ルール−2

 ソーの周囲の空気が、まるで一枚の薄い紙がめくれるように、ペラリと不気味に揺らいだ。


 ソーの細身の輪郭が、ドロドロと溶ける。


 骨格がバキバキと音を立てて強制的に再配置され、筋肉が全く別の分厚い形へと詰め替えられていく。


 バキッ、メチャッ、と嫌な音が鳴っているのに、ソー本人は全く痛がる素振りを見せない。肉体の変形そのものが、仮面の能力として安全に処理されているのだ。


 そして――変身が完了した。


 そこに立っていたのは。


 分厚い胸板、豪快な笑みを浮かべたような無精髭、そして強制的に味方を安心させるオーラ。


 ウルシア王国最強――光の厄災ローディオだった。


「……おいおいおい、正気かよ……」


 俺は思わず二、三歩後ずさりし、自分の目を疑った。


 そこに立っていたのは、どう見てもウルシア王国最強の男ローディオその人だった。


 分厚い胸板、岩山のような肩幅、乱雑に伸ばされた茶髪、そして何より……ただ立っているだけで周囲の空気を理不尽に押し潰すような、あの圧倒的な絶対強者の存在感まで完璧に再現されている。


「おぉ……! すご……なんだこれ……!?」


 ローディオ(ソー)が、自分の太い丸太のような両手を珍しそうに見つめながら、ガハハと笑った。


 声までローディオそのものだ。豪快で、太く、腹の底から響くような地声。


「……ぼ、僕……今、ローディオ殿なんだけど……!? 声も体格も、完全にローディオ殿になっちゃってるんだけど!?」


「すごいな……。外見だけじゃなくて、声も存在感も……完全にローディオのおっさんだ」


「うれしくないよ!? なんでよりによってローディオ殿なのさ!?」


「変身の起点は使用者の強い想像だ。 ソーの中での絶対的な強者の理想像が、無意識にローディオのおっさんだったってことだろ」


「……あぁ、なるほど。確かに幼少期からあの人の背中を見て育ったからね……って、納得してる場合じゃないよ!」


 ローディオ(ソー)は、大慌てで自分の身体をペタペタと触り始めた。


 だが、恐ろしいのは外見だけではなかった。


 ズゥン……。


 彼が屋根の上を一歩踏み出した瞬間。


 その足運び、重心の移動、床を踏みしめる圧力が……ソーのそれではなく、完全に武を極めたローディオの動きそのものだったのだ。


「え……これ、動きの癖や身体の使い方のイメージまで……勝手に補正されてる……?」


「やべぇな、これ……」


 俺は寒気を覚えた。


 単なる変装アイテムじゃない。


 装着者の想像力次第で、対象の身体能力や戦闘技術の型まで、ある程度トレースして再現できてしまうのだ。


「ソー! 十分分かった、もう戻せ! そのままの姿でいられると、なんか落ち着かない!」


「戻す! すぐ戻すよ……! ……戻れ、戻れぇぇ……ッ!」


 ローディオ(ソー)が仮面の奥で強く念じると、仮面の赤黒い目が再びチカチカと点滅した。


 彼の豪快な巨体がドロドロと揺らぎ、骨格がメキメキと縮み、数秒後――元の華奢なソーの姿へと戻った。


 仮面がポロリと外れ、ソーはその場に膝をついて「ハァ……ハァ……っ!」と激しく肩で息を吐き出した。


「はぁ……しんど……っ! 何これ……っ!」


「かなりの疲労感みたいだな」


「当たり前でしょ……! これ、体内の魔力じゃなくて……精神力を直接ガリガリ削られる感覚だよ……! 長時間の常用なんて絶対無理だね!」


 俺は落ちた仮面を慎重に拾い上げ、厚手の布で固く包んで鞄の奥底へと放り込んだ。


「……よし。緊急時の切り札としては使える。……だが、軽々しく使うべきじゃないな」


 ソーが、乱れた息を整えながら、真剣な目で俺を見つめてきた。


「ねぇ。 ……これ、他の人や……ウルシア王国に報告するの?」


「するわけないだろ」


 俺は即答した。


「こんな、他人に完璧に変身できるユニークアイテムが存在するなんて知られたら……いくら理性的で平和的なウルシア王国と言えど、国家間の諜報戦や暗殺への悪用を考える奴が絶対に現れる。

 ……それどころか、『あいつは本物か? 偽物か?』って、味方同士で疑心暗鬼に陥って、最悪内部から自滅するぞ」


 ソーは、黙って深く頷いた。


 彼は王族だ。国家という巨大なシステムが、どれほど疑心暗鬼に弱く、魅惑的な兵器に抗えないかを知っている。


「理解が早くて助かるよ。……この仮面の存在は、俺とソーだけの秘密だ」


『あと、アタシもね〜』


「そうだったな」


「ん?なにが?」


「いや、こっちの話だ」


◆


「おーーーいッ! 無事かァァッ、お前らーーッ!」


 遠くの空から、聞き慣れた豪快な叫び声が響いてきた。


 崩れた天井の穴から躍り出てきたのは――大剣を担いだ竜騎士レイズと、白銀の槍を構えた竜騎士ミストの二人だった。


 城門前で二体の魔族を打ち倒し、一刻も早く俺たちの救援に駆けつけてくれたのだ。


「大将! ソー! 無事だったかッ!?」


 レイズが周りの破壊孔を見回し、目を丸くする。


「……ワーズはどこへ行ったの? 倒したのか……それとも、逃げられたのかしら」


 ミストが、警戒を解かずに冷たい瞳で周囲を探る。


「あぁ……ワーズなら、完全に倒したよ」


 俺が答えると、レイズとミストの顔に驚愕が走った。


「さすがだな! あの魔王軍の下位貴族を、お前ら二人だけでブチ殺したのかッ!?」


「……あぁ。でも……ちょっとだけややこしいことがあってね」


 ソーが、疲れた顔で苦笑いした。


 ここからが、真の地獄の始まりだった。


『ワーズは他人に変身する能力を持っていた』という前提があるため、レイズとミストは俺たちに対しても激しい警戒感を剥き出しにしてきたのだ。


「待てッ! お前たちが本物だという証拠はどこにあるッ!? ワーズが化けた偽物の可能性だってあるだろッ!?」


「おいおいレイズ、落ち着けって! 俺だよ、俺!」


「偽物ほど『俺だよ』って言うんだよッ! ミスト、気をつけろ! こいつらは偽物かもしれねぇッ!」


「……合言葉を決めましょう」


「今からじゃ意味ねぇだろぉ!!」


……という押し問答を繰り広げ、俺たちが本物であることを証明するために、丸々『1時間』の不毛な押し問答と説得を費やす羽目になった。


 さらに最悪なことに。


 その後、遅れて合流してきたシンとジークに対しても、全く同じ本物証明の手順を繰り返すことになり、追加でさらに1時間の時間を浪費した。


 俺は心の中で、ワーズの仮面を百回ほど踏みつけてやりたい衝動に駆られていた。


(死んでからも余計な手間をかけさせやがって、あのクソ魔族……!)


◆


「――で、だ」


 ようやく全員の疑いが晴れ、王城の崩れた中庭で一息ついていた時だった。


 ジークが、ふと胸のヒナワを抱え直しながら、首をかしげてポロッと呟いた。


「……そう言えば……この国から奪われたっていう、あの二振りの聖剣は……どこにあるんでしょうか?」


――ハッ……!!


 その場にいた全員の動きが、ピタリと止まった。


 レイズが固まり、ミストが目を見開き、ソーがアッと声を上げ、俺も額に冷や汗を流した。


 全員、ワーズの不気味さと激闘、そしてその後の本物証明の1時間×2回の極度の精神疲労で、この作戦の本来の最重要目的であった二振りの聖剣の回収のことを、綺麗サッパリ忘れていたのだ。


「お、おい……! まさか魔族の奴ら、聖剣を破壊して捨てちまったんじゃ……!?」


 レイズが物騒なことを口にする。


「バカ言え、聖剣は神話の武器だぞ! そう簡単に破壊できるわけがないだろ!」


 俺が速攻でツッコミを入れると。


 傍らで静かに煙草みたいな葉を吹かしていた海神シンが、ふっと鼻で笑って立ち上がった。


「安心しな、お前ら。……壊されてなんかねぇよ」


 シンは、自分の首筋の骨のアクセサリーをジャラリと鳴らし、王城の北側の奥へと視線を向けた。


「俺の心にはよぉ……ハッキリと届いてるぜ。……この城の地下深くに、とんでもなく巨大で清らかな二つの聖なる波が、今もジッと眠ってるのがな」


『……シンさん、相変わらず索敵能力に関してめちゃくちゃ便利だねぇ』


 胸元で、ラナが感心したように囁く。


(あぁ。そういやワーズの奴も、『海神の加護』がどうのこうの言ってたな……)


 俺は、地下へと続く階段を歩きながら、隣を歩くシンに気になっていたことを尋ねてみた。


「なぁ、シン」


「んあー?」


 戦いが終わったからか、いつもの呑気で腑抜けたチャラいイケオジの返事に戻っている。


「ワーズが言ってた『海神の加護』って……一体何なんだ? お前、ただの冒険者じゃないだろ」


「あーー……それねぇ…」


 シンは頭の後ろで両手を組み、めんどくさそうに息を吐いた。


「実はなァ……俺の本当の出身地は、海洋国家オーシャンじゃねぇんだわ」


「へー。じゃあどこなんだよ?」


「生まれは……遥か遠い遠い神の国……って言ったら、お前、信じるか?」


 シンは、ニッと不敵な笑みを浮かべて俺を見た。


 俺は、呆れたように肩をすくめて返した。


「ハッ! 遥か遥か遠い遠い異世界の国から飛ばされてきた俺に……今さらそんなおとぎ話を聞かせて動じると思ってんのか?」


 周囲を歩いていたレイズやミストたちから、「確かに」「説得力が違うな」とクスクスと笑い声が漏れた。


「ガハハッ! 違いねえ! お前みたいな異物の存在に比べたら、俺の生い立ちなんて可愛いもんだな!」


 シンは豪快に笑うと、階段の先を指差し、その瞳に静かな光を宿した。


「ま、詳しい昔話は……また美味い酒でも飲みながら話してやるよ。……おっと、着いたぜ。……あそこだ」


 地下の最奥。


 崩れかけた古代の王立書庫の瓦礫の間に――。


 闇を払うような澄み切った清らかな光を放つ、二振りの聖剣がいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。