第25章:下位貴族ワーズー2
『了解ッッ! あいつの気取ったお顔、ペチャンコにしてやろうね、相棒ッ!!』
胸元のペンダントが、太陽のように眩い純白の光を放った。
神王獣ラナの白銀と黄金の装甲が、俺の胸部を完全に覆い固める。
【黒龍】の漆黒のジェット翼が背中に展開し、不気味な黒煙を上げる。
【クリスタルワイバーン】の結晶の防壁が両腕を包み、
【アークサーペント】の雷光を放つロングクナイが左手に実体化する。
右手には、次元を切り裂く黒き【魔剣ムラマサ】
――完全武装。
俺とソーは、肩を並べてワーズへと刃を向けた。
「行くぞ、ソーッ!!」
「あぁッ!!」
ワーズは、乱れた姿勢をゆっくりと正し、胸に手を当てて優雅に頭を下げた。
「よろしい。……ならば、お目汚しのお手品はここまでとしましょう。……ここからは、あなた方人間に……もっと上等で、救いのない本物の絶望を差し上げます」
――ガァァァァァァンッッ!!!
玉座の間が、凄まじい衝撃波によって爆砕した。
完全武装化した俺と、聖剣ラナ・魔剣オボロの双剣を構えたソー。
人類最高峰の二人が同時に踏み込んだ一撃すら、ワーズは贄喰いの一振りで強引に受け止め、波のように衝撃を霧散させてみせた。
「クソ硬ぇなあ! お前のそのクソ大剣はよォッ!」
ソーが、耳まで割れたような不吉な笑みを浮かべてオボロを閃かせる。
ワーズは優雅にバックステップを踏み、瓦礫や砕けた石畳を次々と己の複製に変えながら、広間全体に無数の影を発生させて襲いかかってきた。
「無駄ですよ。私を構成する物質はこの城すべて。……いくら四肢を斬り飛ばそうと、永遠に私を滅ぼすことは不可能です」
四方八方から襲いかかる無数のワーズの手脚。
俺は背中の黒龍のジェット翼を微噴射させ、超高速で回旋しながらクリスタルワイバーンの防壁を展開し、そのすべてを弾き飛ばしていく。
だが、どれほど偽物を撃ち払おうが、本体の放つ贄喰いの軌道だけは次元が違っていた。
刃が掠めるだけで存在を喰らう絶対切断。
――キィィィィィィンッ!!
俺の結晶の防壁が、贄喰いの刃に触れた瞬間、悲鳴を上げるように削り取られていく。
「……オリオン様から直々に賜った、この至高の贄喰いの刃を防ぎ切るとは……。人間風情が、増長も概ねそのあたりにしておきなさい」
ワーズの目が、ほんの僅かに不快感で濁った。
彼自身の顔は余裕を装っているが、その瞳の奥には……主である最上位貴族オリオンから与えられたこの大剣に対する、常軌を逸した執着と誇りがハッキリと透けて見えていた。
(……見えた)
俺の脳裏に、勝機の道筋が走る。
(こいつの余裕の仮面……あの大剣に傷をつけられることだけは、耐えられないのか)
俺は、激しい乱打戦の中で、隣のソーへ視線だけで合図を送った。
ソーは、その目線の意味をコンマ一秒で悟り、ニヤリと悪魔のような凶悪な口角を吊り上げた。
「――崩すぞ、ソーッ!!」
「言われなくてもなぁッ! クソみっともなくクソ発狂させてやるよォッ!!」
ソーの全身から、魔剣オボロの【朧】の霧が爆発的に噴き出した。
彼の存在そのものが空間から薄れ、気配も、足音も、視覚的座標すらも曖昧になる。
ワーズの多重の影を掻い潜り、ソーはワーズの死角へと滑り込んだ。
狙うは、ワーズの首でも胸でもない。
彼が誇らしげに握り締める、大剣『贄喰い』の柄とその刀身の結合部。
「――朧斬ッッ!!」
次元ごと切り裂く絶対の一閃が、贄喰いの表面を斜めに薙ぎ払った。
――ズバッッ!!
黒い大剣の表面の肉質と装甲が、次元ごと削り取られ、不気味な削り節のように崩れ落ちる。
「……なっ!? お……オリオン様から賜った大切なお命に……傷を……っ!?」
ワーズの顔から、ついに完璧な貴族の仮面が剥がれ落ちた。
目が血走り、優雅だった所作が、怒りのあまり一瞬完全に硬直した。
――その、コンマ数秒の絶対の隙。
「ソーッ!! ムラマサに触れろッ!!」
「おうッ!!」
ソーが左手で、俺の持つ魔剣ムラマサの刀身に触れた!
「―――戻れぇぇぇぇッッッ!!!!!」
俺とソーの全意識が、ムラマサの黒い刃と共鳴する。
ドガァァァァンッ!!
世界が激しく逆回転を始めた。
5秒間の時間の巻き戻し。
削り取られた贄喰いの表面が元に戻り、ワーズが怒りで顔を歪める前の、コンマ数秒前の未来を知っている世界へと、俺とソーの記憶だけを保持したまま巻き戻る。
――そして、5秒前。
ワーズは、まだ自分の大切な贄喰いが削られる未来を1ミリも知らず、優雅に大剣を構え直した瞬間。
「知ってんだよ……次にお前がどう動くかァァッ!!」
巻き戻り直後のコンマ一秒。
事前に起きることを知っているソーは、さっき一回目で削り取った軌道よりも、さらに数インチ深く、完璧な角度で踏み込んでいた。
「――朧斬ッッ!!!!」
一回目よりも遥かに深く、正確に、次元を切断する一閃が、贄喰いの真芯を直撃した。
――バキィィィィィィィンッッッ!!!!!
断末魔のような哀絶な不協和音が、玉座の間に響き渡った。
最上位貴族より与えられし至高の大剣贄喰いが――真ん中から綺麗に真っ二つにへし折れ、カラカラと虚しい音を立てて石畳へと転がり落ちた。
「…………え……?」
ワーズの口から、子供のような間抜けた声が漏れた。
自分の手元に残された、折れた柄だけの残滓を見つめ……次のコンマ一秒。
彼の端正だった顔面が、生物の限界を超えて、ドロドロの醜悪な怒りと恐怖でぐちゃぐちゃに崩れ落ちた。
「貴様らァァァァァァァァッッッ!!!!! オリオン様からいただいた命を……私の一番の誇りをぉぉぉぉッッ!!!!」
――完全な理性の崩壊。
ワーズは、それまでの礼儀正しい貴族の立ち振る舞いを完全に投げ捨て、獣のように叫びながら、折れた剣の柄を振り回して暴走を開始した。
「よしッ! 狙い通りだ、ソーッ!!」
「ハッ! ブチギレて攻撃がクソ雑になったなぁ、クソ魔族がぁッ!!」
理性を失ったワーズの攻撃は、破壊力こそ跳ね上がったものの、その軌道と初動は俺たちの目から見て圧倒的に読みやすくなっていた。
ソーが自身を【朧化】させ、ワーズの錯乱した視界から姿を消し、攻撃の焦点を強制的にずらす。
その隙に、俺は背中の【黒龍】のジェット翼の魔導スラスターを、限界まで同時点火した。
ゴオオォォォォォォォンッッッ!!!!!
爆発的な推進の爆音。
王城の石畳が数百メートルにわたって根こそぎ抉れ飛び、猛烈な黒煙と衝撃波が吹き荒れる。
俺の体が、音速を遥かに超越した人間砲弾となって、ブチギレて隙だらけになったワーズの懐へと真っ直ぐに突き刺さった。
「なっ……ガハッ……!?」
ワーズが驚愕で目を見開いた時には、すでに遅かった。
俺の【クリスタルワイバーン】の結晶の手甲が、ワーズの細い胴体を両腕で壊れるほど強固にロックしていた。
「離せ……離せぇッ! 虫ケラごときが私に触れるなァッ!!」
ワーズが周りの瓦礫や空気を自分に変え、俺の背中や腕から無数の鋭利な槍を生やして刺し込もうとする。
だが、神王獣ラナの黄金の装甲とクリスタルワイバーンの魔法防壁が、そのすべての刺突を力任せに弾き返す。
「止められると思うなよォォォッ!! 黒龍最大出力ッッ!!!」
ドガアァァァァァァンッッ!!
爆発的な加速力が、空間そのものを置き去りにする。
俺とワーズの交差した体は、一筋の黒い閃光となって、玉座の間の天井目掛けて垂直に上昇した。
――バキバキバキガガガガァァァンッッ!!
王城の重厚な石造りの天井、幾重にも張り巡らされた対魔陣の屋根が、紙くずのように派手に粉砕され、夜空へと吹き飛ぶ。
俺たちは、そのまま王城の屋根をぶち破り、上空数百メートルの王都の夜空へと一気に射出された。
――雲を突き抜けた、静かな上空。
冷たい夜風。満天の星空。
俺の心は晴れやかで、肌に触れる心地の良い夜風や、美しい星々を楽しむ余裕さえあった。
下には、ミニチュアのように小さく見える、死と狂気のグリンデル王都の全景。
「……綺麗だな」
(……思いっきり頭からぶつかったから意識飛びそうだ)
「ぐっ……おのれ、おのれぇぇッ! こんな空中へ引っ張り出したところで何になるッ! 万物と同化する私を殺す術など――」
(ああ、あいつ殺さなきゃだったな……)
空中で体制を立て直そうとするワーズ。
その目の奥に、再び冷酷な魔族の誇りが戻りかけた……そのコンマ一秒前。
俺は、空気を肺の限界まで吸い込み、王都の夜空に向かって、全魂を込めてその名を叫んだ。
「――ジーーーーーーークッ!!!!!!!」
――その叫びが、夜空に木霊したコンマ数秒後。
遥か彼方――約三キロメートル離れた王都の外郭の屋根の上から。
朝が、迫ってきた。
ただの炎ではない。
槍のように細く、神の雷のように一筋に研ぎ澄まされた、絶対の火炎。
太陽の核と同じ熱量を叩き出す、極限圧縮されたアーティファクト・ヒナワの至高の一撃。
夜空の暗闇が白く押し払われ、一直線の光線が、空中で静止していたワーズの胸の真ん中を――完璧に撃ち抜いた。
――ドドガアァァァァァァンッッッ!!!!!!
一瞬遅れて、空間を揺らす破滅の衝撃波が届く。
ワーズの胸に、綺麗で不気味な空洞が穿たれた。
火炎の熱が肉体を内側から焼かれ、彼の全身の細胞の再生能力そのものが、ヒナワの超高熱によって完全に焼き切れていく。
「……な……る、ほど……」
胸を穿たれ、燃え上がりながらも……ワーズの声は、なぜか最初のように静かで、丁寧だった。
彼は最後まで崩れることのない冷酷な貴族の笑みを浮かべ、落ちていく己の体を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……貴様……。……オリオン様が仰っていた……あの男と……同じ……か……」
――言い切った瞬間。
ワーズの瞳から、完全に生命の灯火が消失した。
肉体の再生は止まり、灰となって崩れることもなく、ただの死体となったワーズの体が、重力に従って地面へと真っ直ぐに滑落していく。
魔王軍下位貴族ワーズ――完全撃破。
ドスン……ッ。
俺は背中の黒龍の翼で滑空し、王城の崩れた屋根の縁へと着地した。
足元の石畳が砕け、白い粉塵が舞い上がる。
全身の武装化が静かに解除され、体内に蓄積した途方もない疲労感が、津波のように押し寄せてくる。
膝がガクガクと震え、荒い息が喉を焼き切るように痛い。
遅れて、屋根の破れ目から跳び出してきたソーが、腰の聖剣ラナと魔剣オボロを静かに鞘へ納めながら、呆れたように苦笑した。
「……ハハッ。相変わらず、派手だね」
「……まあな、相変わらず、派手だろ」
俺は血の混ざった唾を吐き捨て、夜空を見上げた。
胸元のペンダントが、トクン、トクンと温かい熱を放っている。
『……相棒。……ちょっとだけ、カッコよかったよ』
「……実は俺はちょっとだけカッコいいんだよ」
『ふふっ、今だけね!』
ラナのいつもの軽口が、脳内に響く。
夜空に、静寂が戻ってきた。
だが……俺たちの心は、何一つ晴れてはいなかった。
ワーズが最期に遺した言葉。
――最上位貴族オリオン。そして、あの男という存在。
今回倒したワーズですら、魔王軍においてはただの『下位貴族』に過ぎないのだ。
その上には、さらに強大な上位貴族、そして世界を滅ぼす最上位貴族たちが整然と控えている。
俺は、王城の庭に転がる、折れた大剣贄喰いの黒い断片を見下ろし、硬く拳を握り締めた。
「……次は、もっと上等な地獄が待ってるってわけか」
ソーが、血の滲む顔で隣に並び立ち、夜風に髪を揺らせながら力強く笑った。
「……強くなろう。僕たちが……絶対に世界を護るんだ」
「あぁ」
グリンデルの夜空に、遠く東の空から、静かに黎明の光が差し込み始めていたのだった。




