第22章:魔の一族たる所以ー2
胸部に【神王獣ラナ】の白銀のメインフレーム。
肩部と両腕に【クリスタルワイバーン】の結晶の装甲。
背中に【黒龍】のジェット翼。
左手に【アークサーペント】の雷ロングクナイ。
重力に押し潰される前に、神王獣ラナの爆発的な出力と結晶の防壁で強引に全身の骨格を支え切る。
同時に、レイズが一歩を踏み出した。
レイズの身体から爆発的な闘力が放たれ、重力場ごと地面を打ち砕く。
「この程度の重圧で、カエサルの竜騎士の足を止められると思うなよォッ!!」
地面から突き出す岩の棘。レイズは大剣の一閃でそれを粉砕し、俺はクリスタルワイバーンの防壁で正面から打ち砕く。
魔族の赤い瞳に、初めて微かな不快感が走った。
「ほう……虫の分際で、少々は足掻くか。……だが無駄だ!」
重力を操る魔族が、両手を俺たちの頭上へと掲げた。
局所的な超高重力場が、俺の右肩へ集中的に叩きつけられる。骨がキシキシと悲鳴を上げる。
だが、俺は前に出た。
「こんな力……ローディオやウォールの地獄の特訓に比べたら……生ぬるいんだよォッ!!」
背中の黒龍のジェット翼が、爆発的な漆黒の推進煙を吹き上げる!
重力場を力任せに引き千切り、音速を超えた踏み込みで、地面を操る魔族の懐へと一瞬で肉薄する!
「なっ……不可視の重力を突破しただと……!? 貴様、その禍々しい魔物の鎧は一体――」
「教えるわけねぇだろ!」
左手のアークサーペントのロングクナイが、紫の雷光を纏って真横に一閃した。
バチチチチチッッ!!
魔族の肩から胸板にかけて、深い傷が刻まれ、黒い血が噴き出す!
魔族が顔を激痛に歪め、悲鳴を上げて後ずさった。
「グアァッ……!? おのれ……虫ごときがぁッ!!」
魔族が狂乱し、村の入り口に組まれていた木組みの門塔を、地面ごと持ち上げて俺たちへ叩きつけようとする。
その木組みの下には……先ほど村人たちが泣きながら並べさせられていた、あの遺体があった。
――守る。これ以上、あの遺体すら傷つけさせない!
「ラナッ!!」
『任せてッ!!』
ラナの武装化で出力を上げた黒龍の翼の推力を全開にし、俺は崩れ落ちる門塔の下へと飛び込んだ。
クリスタルワイバーンの魔法障壁を最大出力で広げ、数トンの木材と岩石を、己の身体ひとつで受け止めて弾き飛ばす!
ドガアァァァンッ!!
背骨と腕に、鈍い衝撃が走る。だが、あの子たちの遺体には欠片一つ落ちなかった。
『相棒、右ッ!!』
ラナの叫びに、俺は反射的に斜め後ろへ跳躍した。
コンマ一秒前まで立っていた空間を、刃のように研ぎ澄まされた重力の断層が通り抜け、石畳を深く削り取った。
「チッ……鬱陶しい技使いやがる」
死角から襲いかからんとした魔族の脳天へ、上空からレイズの超重量の踵落としが叩き落とされた!
――ドカァァァンッ!!
「ガハッ……!?」
魔族が、自身の重力場ごと床へと叩きつけられ、吐血する。
レイズは荒い息を吐きながら、冷酷な笑みを浮かべて大剣を担ぎ直した。
「おい、大将! 役割分担だ!」
「了解! 俺が地面! お前が重力のだ!」
「よし! 村をこれ以上一ミリも荒らすんじゃねぇぞ!!」
レイズが大剣を構え直して重力の魔族へ迫り、俺は魔族と真っ正面から対峙する。
魔族が、血みどろの顔で憎悪を燃やして嗤った。
「ヒヒ……守るのか? そんな惨めな虫ケラどもの死骸の残骸を?」
「守るさ。……お前たちみたいな底なしのゴミクズに、人の生きてきた場所をこれ以上好き勝手に壊させないためにな」
俺は、腰の黒い刀身――魔剣ムラマサの柄に、静かに手を添えた。
まだ5秒の巻き戻しは使わない。
こんな前哨戦の三下相手に、最後の切り札を安売りする気は毛頭ない。
黒龍の翼で間合いを殺し、
アークサーペントの雷で牽制し、
クリスタルワイバーンの装甲で地の棘を弾き、
神王獣ラナの加護で身体能力を限界まで跳ね上げる!
魔族の顔から、余裕が完全に消え失せた。
「な……なぜだ!? なぜただの虫ごときが、これほど多種の魔物の力を自在に行使できる……!? 貴様、一体何者だ!?」
「さっきも言ったろ……」
俺は神王獣の光を纏った右手で、魔族の顎を真下から力任せに殴り上げた!
――ゴキァッッ!!
「――ただの人間だよッ!!」
首の骨が千切れる重い音が響き、魔族の体が宙へと高く吹き飛んだ。
同時に、背後からレイズの叫びと爆音が轟く。
「虫なんかじゃねぇ、人の底力を……舐めるんじゃねぇぇぇぇッッ!!!!」
重力で自身の体を加速させて回避しようとした魔族に対し、レイズは竜騎士の全闘力を大剣に収束させ、空間ごと横一閃に叩き斬った!
――ズバアァァァァンッッ!!!
重力の魔族の身体が、空中で真っ二つに両断され、血の雨となって散華する。
重力の呪縛が解け、村の空気が一気に軽くなった。
地表に転がり、必死に編み直そうとする魔族のもとへ、俺はゆっくりと歩み寄る。
黒い刃――魔剣ムラマサが、夕闇の中で不吉な冷気を放つ。
「……後悔しながら……地獄へ帰んな」
一閃。
一切の迷いなき斬首。
二体の魔族は、黒い霧となって崩れ去り、大地へと消滅していったのだった。
二体の魔族が漆黒の霧となって消滅し、村の入口に静寂が戻ってきた。
俺は深く息を吐き出し、黒紫の刀身――魔剣ムラマサを静かに鞘へと収めた。
膝が、わずかに笑っている。全身を包む武装化の魔力が徐々に解除され、体にずっしりとした金属疲労のような重みがのしかかってくる。
「……これが、魔族か」
レイズが、血のついた大剣を担ぎ直し、肩で激しく呼吸を整えていた。
その拳は、まだ激しい怒りで震えている。
「ただの兵卒で、これだぞ……」
レイズが歯を剥き出しにして吐き捨てる。
「おいおい……笑えねぇぜ。もしこれが、魔王軍の貴族クラスだったら……一体どんだけのバケモノなんだよ……ッ!」
俺は、村の入り口で肩を寄せ合って震える村人たちを見つめた。
助かった。命は助かった。
だが……彼らの壊れてしまった心が、元の形に戻るまでに、一体どれほどの月日が必要なのだろうか。戻るのだろうか。
「……急がねぇとな」
『うん』
胸元のペンダントから、ラナの声が静かに頷く。
『こうして私たちが立ち止まっている今この瞬間も……別の街や村で、同じような地獄が繰り広げられているかもしれないから』
その時、村の奥から足音が近づいてきた。
散開していた各ペアが、報告のために戻ってきたのだ。
「索敵、完了したわ」
ミストが、冷たい表情のまま真っ先に報告を上げてきた。
「村の内部には、もう魔族の気配はない。生存者は……物置や地下室に隠れていた者を含め、計二八名を救出した」
だが、ミストの隣に立つソーの表情は、どこまでも重く、暗かった。
「……だが」
ソーが、絞り出すような低い声で言葉を続ける。
「救出した生存者の中に……子どもたちの姿は、ただの一人もなかった。…全員……」
ソーの言葉が途切れた。
善のソーの優しい瞳から涙が一筋零れ落ち、そして直後、彼の瞳の奥に悪のソーの不吉な殺意の光が激しく交錯した。
「シン殿とジーク殿下の様子は?」
「あっちも……酷ぇもんだよ」
曲がり角から、青いシャツをはだけさせた海神シンが歩み出てきた。
いつもなら呑気に笑っているチャラいイケオジの顔から、完全に笑みが消え去っていた。その背後で、ジーク王子が口を固く結び、必死に涙を堪えながらついてくる。
「生存者を手分けして手当してるが……どいつもこいつも、魂を力ずくで引きちぎられたみたいなツラだ。……死んだように生きてやがる」
エルフの双子、ルーナとレーオも静かに頭を振りながら戻ってきた。
「……森の奥にも、魔族の伏兵はありませんでした」
ルーナが無表情のまま告げる。
「でもさぁ……」
レーオが、珍しく不快そうに眉をひそめて呟いた。
「村の井戸や貯蔵庫にまで、ドロドロの呪いの毒が撒かれてたよ。……ただ殺すんじゃなくて二度とここに人が住めないようにしてやるっていう、心底腐りきった悪意だね」
誰一人として、声を上げる者はいなかった。
ただ、沈黙と、胸の奥でドス黒く燃え上がる炎だけが、八人の戦士たちの間に共有されていた。
その時――。
救出された村人の一人が、血走った目でソーの服の裾を力任せに掴み、叫んだ。
「なんで……っ! なんで俺たちが……こんな目に遭わなきゃならねぇんだぁぁぁッ!?」
それは、救いに来た俺たちに対する理不尽な責めであり、怒りであり、行き場のない絶望の叫びだった。
「俺たちが何をしたって言うんだッ!? ただ平穏に生きてただけなのにッ! 自らの手で子どもたちをぉぉおあぁぁぁッ!!」
普通の人間なら、目を背けたくなるような狂乱の叫び。
だが――ソーは、一歩も退かなかった。
逃げず、目を逸らさず、その村人の叫びを真っ正面から全身で受け止めた。
ソーは、村人の両肩を強く抱きしめ、静かに、だが鋼のように揺るぎない声で告げた。
「……貴方たちは、何一つ悪くない」
ソーの青い瞳が、まっすぐに村人の目を見据える。
「悪いのは……命を弄び、人の心を玩具にする、あの魔族どもだ」
ソーは静かに立ち上がり、腰の魔剣オボロと聖剣ラナの柄に、両手を強く添えた。
「――だから、誓う。……あいつらを、一匹たりともこの世界に生かしてはおかない。この手で……必ずすべてを奪い還す」
その言葉には、王子としての品格と、魔を絶つ勇者の誓いが宿っていた。
俺も、ソーの隣に並び立ち、空を見上げた。
遥か彼方――雲の切れ間の向こうに、魔王軍下位貴族ワーズが君臨する王都グリンデルの方角が見える。
まだ、遠い。
だが……遠いなんて言って、立ち止まっている暇など一秒もないのだ。
今この瞬間も、大陸の各地で、同じような惨劇がリアルタイムで繰り広げられているのだから。
「……行くぞ」
レイズが、大剣を肩に担ぎ直して低く吐き捨てた。
「次は……あの下位貴族ワーズというバケモノを城から引きずり出して、その首を引っこ抜いてやる!」
『相棒』
ラナが、いつもの軽さを少しだけ取り戻して、優しく囁く。
『怒っていい。……でも、焦っちゃダメ。 冷静さは失っちゃだめだよ』
「……分かってるよ」
俺は、村の入り口の文字を、もう一度だけその目に焼き付けた。
この光景を、二度と忘れないために。
二度と、繰り返させないために。
そして、迷いなく背を向けた。
「一刻も早くグリンデル王都へッ!!」
全員の雄叫びが一つに重なる。
八人の奪還部隊が、再び待機させていた飛竜へと飛び乗った。
バサッと被膜翼が広がり、地響きのような風圧と共に、四頭の飛竜が一斉に大空へと跳び上がる!
村の絶望を背に受け、飛竜たちは雲を突き抜け――。
魔族の王ワーズが待つ、死と狂気のグリンデル王都へ向かって、一直線に空を駆けていったのだった。




