第21章:それぞれの英雄譚ー3
「ひ、ひぃぃッ!? あ、はいッ!!」
名前を呼ばれた瞬間、椅子からボウリングのピンのように跳ね上がった青年がいた。
ボサボサの栗色の髪に、極度の緊張で引きつった顔、極端な猫背。
王族というよりは、気弱でどんくさい近所の少年といった風貌の青年――ジーク。
「ジークは……」
ギリーエが、少しだけ困ったように苦笑する。
「剣術の才能は、正直に言って皆無だ。……外交や政治も、決して得意ではない。……だが」
「で、ですがッ!!」
ジークが、大慌てで前に踏み出してきた。
「僕……ッ! このヒナワの全術式と射撃だけは! 大陸の誰よりも上手く扱える絶対の自信がありますッッ!!」
なんと、彼の華奢な腰には、以前俺たちが古代砦で命懸けで奪還してきた黒と朱の最恐兵器――【アーティファクト・ヒナワ】がしっかりと装着されていた。
「兄さんたちや、カリナさんのように格好良く剣を振るう才能は僕にはありません……! でも、僕だってウルシアの王族として、誰かを護れる本当の戦士になりたくて……ッ! 血の滲むような鍛錬を重ねてきました!」
ジークの声はガタガタと震えていたが、その瞳に宿る光だけは、本物の真っ直ぐな意志に満ちていた。
『……なんかさぁ、相棒にちょっと似てるね』
ペンダントのラナが、脳内でくすくすと微笑む。
(どこがだよ。あいつは弱っちい王子様だろ)
『スタート地点の強さは違うけどさ。……「自分には何もないから、泥臭く誰かを護るために必死になる」って根っこの部分が、最初の頃の相棒にそっくりだよ』
確かに……不思議と嫌いになれないタイプだった。
「それに……ッ!」
ジークは突然、俺の方を向いて、バッと90度以上の角度で深く頭を下げた!
「僕……ッ! あなたみたいになりたいんですッ!!」
「はァ!? 俺!?」
俺は思わず裏返った声を上げた。
「はいッ! 事前に提出された報告書を何度も何度も読み返しました! 幼少期に読んだおとぎ話の英雄譚のように、胸が熱く昂ったんです!
ただのギルドの雑用係から始まって、死んだ神獣を己の力として武装化し、聖剣と魔剣を持つ勇者たちと肩を並べて最前線で戦う……! そんな、泥臭くも格好良い英雄譚の主人公のような貴方の生き方に、僕は心底憧れていますッ!!」
「やめろ……ッ! 本人の前でそういう恥ずかしいことを熱弁するな……ッ!」
顔が耳まで熱くなるのを感じ、俺は頭をポリポリと掻いた。
「俺はただ……死にたくなくて必死にジタバタしてるだけの、ただの男だよ。……お前は王族なんだから、自分のやり方で強くなればいい」
「……はいッッ!!」
ジークは、涙目で満面の眩しい笑顔を浮かべた。
(……相棒。可愛い後輩ができちゃったね♪)
(後輩じゃねぇよ、王子様だぞ)
ギリーエが軽く咳払いをして、場を真面目な引き締まった空気へと戻す。
「さて。他国からの支援状況だが……砂漠国家バル=ゼファル、ならびに山岳国家ロムダースにも緊急救援の要請を出した。……だが、魔族復活の報を受け、どの国も自国の防衛を固めるのに手一杯だ。……救援の兵は出せないとの回答だった」
「つまり……」
ソーが、地図を見つめながら静かに呟く。
「グリンデル王国の奪還に向かう部隊は……ここにいる僕たちだけ、ということですね」
「そういうことだ」
ギリーエが深く頷く。
「だからこそ……少数精鋭だ。……魔族ワーズは、人間の姿に化ける、極めて高度な変身・隠蔽能力を持つと報告されている。下手に大軍で押し込めば、軍内部での疑心暗鬼と混戦を引き起こし、敵の思うツボになる」
ギリーエは、円卓のメンバーを指差していく。
「出撃メンバーは――。
ウルシアより、君、ソー、ジークの三名。
カエサルより、レイズ殿、ミスト殿の二名。
オーシャンより、海神シン殿の一名。
シルアより、双子エルフのルーナ殿、レーオ殿の二名。
――計八名。
カエサルの精鋭飛竜四頭に分乗し、空から直接グリンデル国境へと侵入する!」
「なぁ、ギリーエ。一つだけ聞いていいか?」
俺は、ずっと気になっていた素朴な疑問を口に出した。
「ローディオのおっさんがどっか消えて、ここにいるメンツが全員出撃したら……留守中のこのウルシア本国の防衛は大丈夫なのか? カリナと言えど一人じゃ、万が一の時に手が回らないだろ」
「ふふ、それに関しては心配無用だよ」
ソーが、爽やかな笑顔で即答した。
「姉上が、本国に戻ってきてくれたからね」
「姉上……? お前ら、姉ちゃんがいたのか?」
「まあね」
ギリーエが苦笑いした。
「ウルシア王国王位継承権第一位――第一王女メレーナ・ウルシア。
カリナとは幼馴染だが……仲が良くない。だが、その戦闘能力は……カリナと同等か、それ以上と言われている」
その瞬間。
会議室の奥の重い扉が開き、一人の女騎士が静かに足を踏み入れてきた。
炎のように燃え盛る真っ赤な髪を、高い位置でポニーテールに結い上げたキツイ顔だが美しい女性。
白と黒を基調とした軍服風のドレス甲冑に身を包み、腰には一振りの細身のレイピア。
その身から放たれる圧倒的な覇気は、立っているだけで周囲の空気を灼くほどだった。
第一王女――紅蓮の戦姫メレーナ。
「……お久しぶりですね、メレーナ様」
カリナが、珍しく微かに表情を硬くして挨拶する。
「久しぶりね、堅物騎士カリナ」
メレーナは胸の下で腕を組み、ふんっ、と鼻を鳴らした。
「相変わらず、面白みのない真面目な顔をしてるわね。……私が留守にしている間、また前みたいに殴り合いで山を吹き飛ばすような不細工な大喧嘩はしなかったでしょうね?」
(……ヤマヲフキトバス……!?)
俺が目を丸くしていると、ソーが苦笑しながら俺の耳元で囁いてくれた。
「数年前、二人が本気で殴り合いの大喧嘩をしたことがあってね。……城の裏手の山が三つ削れて消え去ったんだよ」
「絶対に関わりたくねぇよ、その二人の関係……ッ!」
「よくもまぁ、昔の細かいことまで覚えていらっしゃること。流石は執念深いメレーナ様ですこと」
カリナが皮肉たっぷりに微笑む。
「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。……留守中のこのウルシアは、私と私の部隊が完璧に守るから、カリナは面白みもなく祈ってなさい」
会議室の空気が、ウルシア最強の二人の女騎士のバチバチとした火花で、一瞬で緊迫した。
(……相棒、あの赤髪の王女様……絶対に怒らせちゃダメなタイプだよ)
(言われなくても分かってるわ!)
「ともあれ」
ギリーエが、パンと手を打ち鳴らした。
「作戦は決まった。……全員、出撃の準備を整えようか」
◆
出発の朝――。
ウルシア王都の外れに設けられた、巨大な飛竜用の発着広場。
そこには、カエサルから連れてこられた四頭の巨大な黒銀の飛竜が、翼を休めて待機していた。
「……うわぁ……ド迫力……ッ!」
ジークがヒナワを抱え直し、怖気づいて生唾を飲み込む。
「落ちたら死にますよね……?」
「絶対に落ちないように、手綱を握り締めていてください」
見送りに来たカリナが、淡々と宣告する。
「カリナ!」
鞍に跨がったレイズが、いつもの調子でニヤリと笑いかけた。
「今日も一段と美しいなカリナ! ……俺が無事に魔族をぶち殺して帰ってきたら、今度こそ俺の女になって――」
ドスッッ!!
言い切る前に、隣の飛竜に乗ったミストの手刀が、寸分狂わずレイズの後頭部へと撃ち込まれた。
「戦の出撃前に、軽薄な約束事は不謹慎よ」
「いってぇぇッ!? ミストお前、今日は一段と鋭いな!?」
カリナは、二人の漫才を愛おしそうに見つめた後、レイズに向けて静かに、そして深く微笑んだ。
「……無事に全員生きて帰ってきたら。……前向きに考えさせていただきますよ」
「……ッ!?」
レイズの動きが、ピタリと固まった。
いつもなら「やったぁぁ!」と子供のように大騒ぎするはずの男が、その言葉に含まれた本当の死線の重みを察し、静かに、力強く口元を吊り上げたのだった。
「……おう。絶対、生きて帰ってくるぜ」
隣では、双子エルフのルーナとレーオが、背中の弓の弦を張り直している。
「追い風。……グリンデルまで、最高の速度で飛べそうです」
「いいね〜っ! 空からの遠距離射撃、楽しみ〜っ!」
シンは、飛竜の足元で、緊張するジークの肩を抱いて笑っていた。
「帰ってきたらよぉ、兄弟! オーシャンの美味い酒と魚を腹いっぱい奢ってやるからな!」
「は、はいッ! 兄弟ッ!!」
カリナが、最後に俺の元へと歩み寄ってきた。
「……頼みましたよ」
「……任せてくれ」
「ふふ……無事のご帰還を、心より祈っております」
俺は無言で頷き、飛竜の鞍へと跨がった。
ソーが二振りの剣の柄を確かめ、ジークがアーティファクト・ヒナワを強く抱きしめ、レイズとミストが手綱を強く引き絞る。
シン、ルーナ、レーオも、それぞれの飛竜の上で狩人の眼光を宿す。
「――全機、出撃ッッ!!!!」
レイズの号令と共に、四頭の飛竜が一斉に巨大な被膜翼を広げて大地を蹴った!
ドガアァァァァンッ!!
迫る風圧。遠ざかるウルシアの街並み。
流れる雲を突き抜け、俺たちの視界の先には――魔族によって地獄に変えられたグリンデル王国の果てしない大地が広がっていた。
『……行こう、相棒!』
胸元のペンダントの中で、ラナが力強く叫ぶ。
『奪われた国と……奪われた人類の未来を取り戻しに!』
「――あぁッ!!」
俺は前を見据え、腰の魔剣ムラマサの柄に手を添えた。
四頭の飛竜は、一筋の閃光となって、絶望の待つグリンデル国境へと一直線に空を駆けていったのだった。




