第3章:聖剣ラナ
隣国ミリアに到着して、二日目の昼下がりのことだった。
俺は冒険者ギルドに併設された薄暗い倉庫の中で、天井まで積まれた木箱の山と格闘していた。
木箱の荷札を確認し、傷んでいる小麦の袋をより分け、羊皮紙の帳面にただひたすら単調な数字を書き込んでいく。汗と埃に塗れる、正真正銘、ただの裏方の雑用だ。
だけど、今の俺には――この退屈で平和な時が、ひどくありがたく、愛おしかった。
そんな静かな昼下がりの空気を。
――バンッ!!!
倉庫の重い鉄扉が、蝶番がひしゃげるほどの勢いで蹴り開けられる音が、無惨にぶち破った。
俺が驚いて顔を上げると、入り口にギルドの連絡員が肩で息を切らせて立っていた。その顔は、血の気が引き、まるで余命宣告を聞いたかのような凄惨な色に染まっている。
そして、その連絡員の肩越し。
弓を背負ったリード、ダガーを腰に下げたカナ、そして大剣を担いだガロウの三人が見えた。
彼らはいつものように、プロの冒険者としての余裕と軽さを努めて纏おうとしていた。
だが――その目の奥の温度が、昨日までとは決定的に違っていた。
「……どうしたんだよ。その顔」
俺は手に持っていた羽ペンを置き、無意識のうちに尋ねていた。
リードが、狩人の鋭い目を伏せ、短く、ただ事実だけを告げた。
「ミリアの国境付近にある古城に向けて……討伐隊が出ることになった。聖剣に魅力されたAランク冒険者からの、聖剣ラナの奪還作戦だ」
短く、それだけ。
だが、その一言で、ギルドの倉庫周辺の空気が一瞬にして凍りついた。作業をしていた他の裏方たちが、恐怖で息を呑む音が聞こえた。
「……お前らも、行くのか」
「ええ」
答えたのはカナだった。彼女は口元だけは不敵に笑っているが、腰のダガーの柄を無意識のうちに強く、指先が白くなるほど握りしめていた。
「ミリアの精鋭をかき集めた、総力戦の決死部隊らしいわ。ウルシアから合流した連中も何人か合流して、数で押し切るって」
「ま、ウルシア王都のギルドの看板背負って来てる以上、俺らが行かねぇわけにはいかねぇだろ」
ガロウが、自分の恐怖を払拭するように鼻で笑い、大剣の柄を叩いた。
「安心しな、新人。あの魅力された冒険者をぶっ飛ばして、俺が聖剣ラナを土産に持ち帰ってきてやるよ」
「……ガロウなら、脳筋だから聖剣に魅了されたりしなさそうだもんな」
俺がわざと軽口でそう返すと、三人は一瞬ポカンとし、そして同時に「ははっ!」と吹き出した。
張り詰めていた死の空気が、ほんの少しだけ緩む。
「悪いが、兄ちゃんは今回はお留守番だ」
ガロウが、俺の肩を大きな手でポンと叩いた。その手は、ひどく冷たかった。
「こいつはもう、おつかいや雑用の仕事じゃねぇ。……いいな?」
当たり前だ。剣も魔法も使えない、ただちょっと気味の悪い異能を隠し持っているだけの俺がノコノコついて行ったところで、ただの足手まといになるだけだ。
そんなことは、俺自身が一番よく分かっている。
「……死ぬなよ。絶対に」
俺の口から出たのは、そんな陳腐なセリフだけだった。
三人はそれぞれに小さく頷き、ギルドの喧騒の中へと背を向けて出ていった。
彼らの背中はいつも通り大きく、頼もしく見えたのに――なぜか、今までで一番、手が届かないほど遠くに見えた。
◆
夕方から夜にかけて。
活気にあふれていたはずのミリアの街は、不自然なほどの静けさに包まれていた。
酒場から漏れる声もいつもの半分以下。酔っぱらいの笑い声も、どこか怯えたように途切れ途切れだ。皆、古城へ向かった討伐隊の無事を、息を殺して祈っているのだ。
俺は宿の狭い部屋のベッドに寝転んだまま、シミのついた天井の木目を延々と数え続けていた。
まぶたを閉じれば、リードたち三人の背中と、ギルドの連絡員の張り詰めた声が、耳元で何度でも不気味に再生される。
(……クソッ。寝れねぇ)
俺は舌打ちをしてベッドから跳ね起き、服を着直して夜の街へと出た。
夜気はひどく冷え込んでいた。ミリアの街の外れ、小高い丘の上へと登り、俺は討伐隊が向かったはずの古城の方角をじっと見つめた。
漆黒の闇の中。
遥か遠く、雲の向こう側の上空で、微かに白雷のような光がチカチカと瞬いていた。
――あれが、聖剣ラナの光か?
どれくらいの時間、その光を見つめていたのか分からない。時間の感覚が希薄になっていく中。
ひときわ巨大で、視界を真っ白に染め上げるほどの強烈な閃光が、一瞬だけ夜の闇を完全に切り裂いた。
……それきりだった。
空は再び、淀んだ深い闇へと沈んだ。
何かが終わった。あるいは、何かが最悪の形で始まったのだろうか。
俺は丘の上に立ったまま、寒さとは別の震えで、しばらく動くことができなかった。
◆
明け方。
――ズゴォォォォォォォォンッ!!!!!
宿の建物全体が根元からへし折れるような凄まじい轟音で、俺は弾かれたように目を覚ました。
胸の奥に、氷の塊をねじ込まれたような強烈な悪寒。
脳が状況を理解するより早く、俺の身体は勝手にベッドを蹴り出し、窓枠へとすがりついていた。
窓を乱暴に開け放つ。
「……な、なんだよ……あれ……」
朝焼けの空に、信じられない巨大な影が浮かんでいた。
白く、異常なまでに神々しい光を放つ剣を片手に握り、全身に磨りガラスのような不気味なオーラを纏って宙に浮く、一人の男。
顔は逆光の陰になって見えない。ただ、その両目だけが、人間性を完全に喪失した空洞のような異様な白さで、地上の俺たちを虫ケラのように見下ろしているのが分かった。
――あれが、聖剣ラナの持ち主。魅了されたAランク冒険者。
そして、絶望はそれだけではなかった。
その男の周囲の空を埋め尽くすように、複数の巨大な影が幾重にも並んで浮遊していたのだ。
山のように巨大な、宙を泳ぐ空鯨。
翼の生えた石像のような怪鳥。
溶岩を垂れ流す炎の蜥蜴。
そして、紫電を纏って空を駆ける巨大な狼。
おそらく、リードたちが焚き火の前で「生きた災害だ」と語っていた、神獣クラスモンスターたち。
ゴクリ、と。俺の喉が痛い音を立てて鳴る。
間違いない。あれは、聖剣ラナが持つ未知の能力だ。
狂った男は、その神にも等しい絶大な力を、何のためらいも制限もなく、最大出力で世界に解き放とうとしている。
次の瞬間。
男が握る白き剣から、一条の光の線が地上へと無造作に振り下ろされた。
――ズバァァァンッ!!
ミリア王都の象徴であった巨大な時計塔が、豆腐でも切るように音もなく真っ二つにへし折れた。
さらに、空鯨が低く咆哮を上げただけで、その眼下にあった数十軒の民家が、屋根ごと衝撃波で跡形もなく消し飛んだ。
逃げ惑い、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した人々の頭上へ、炎蜥蜴から巨大な火球の雨が容赦なく降り注ぐ。
悲鳴。
爆音。
肉が焼ける臭いと、獣の咆哮。
平和だった世界が、音を立てて無惨に壊れていく。その飽和した絶望の音が、俺の鼓膜を狂ったように叩き続けていた。
俺はようやく、恐怖で硬直していた自分の足で、床を強く蹴った。
宿屋のドアをぶち破ると俺はおもむろに走った。
瓦礫を飛び越え、神獣たちの攻撃の余波が衝撃となって俺の体の内側まで響いている。
おそらく聖剣ラナの斬撃だろうか、たまたま瓦礫でつまずいた瞬間、先ほどまで俺の頭部があった位置に白い斬撃が素通りしていった。
「あっぶね〜」
あまりの非現実感からか、経験したことのない本物の命の危機だからか俺は謎に冷静さを保っていた。
角を二つ曲がり、細い路地を限界の速度で駆け抜ける。
肺が焼け焦げるように苦しい。だが、頭の中だけは氷のように冷え切っていた。
背後で空鯨がまた低く鳴き、それに重なるようにして、人々の悲鳴が一つ、また一つと途切れていくのが聞こえる。
――間に合え。
走りながら、心の中で何度も呪文のように繰り返した。何に対して祈っているのかは分からない。ただ、そうせずにはいられなかった。
やがて、目的の巨大な鉄扉が視界に飛び込んできた。
王都の外れ。屠殺場と解体場の集まる区画。
獣を模したマークが刻まれた分厚い鉄板の扉は、避難の混乱のせいか、鍵が歪んで半開きになっていた。
俺は短く息を吸い込み、肩からぶつかるようにしてその薄暗い空間の中へ滑り込んだ。
ツン、と鼻を突く、ひんやりとした冷気と、濃密な鉄と血の匂い。
巨大な作業台がいくつも並ぶその最奥――冷気が白く澱む巨大な暗がりに、そいつらは横たわっていた。
【クリスタルワイバーン】。
全身が磨き上げられたガラスのように透明な鱗に覆われた、美しい飛竜。だが、その誇り高き翼は半ばから無惨にへし折れ、胸部には致命傷となった巨大な咬み傷がポッカリと空いている。
そして、その隣。
【アークサーペント】。
いまだに紫電の火花をバチバチと放電させている、禍々しい大蛇。胴体のあちこちが鋭利な刃物で抉られたように削げ落ち、雷を呼ぶはずの凶悪な牙も数本が根元から折れていた。
二体とも、微かなピクつきすらなく、完全に動きを止めている。
完全に、死んでいる。
――条件は、揃っているはずだ。
ゴクリ、と喉が鳴った。手のひらに、ねっとりとした汗が滲む。
スライムやゴブリンを武装化した時と同じ理屈だ。
だが、対象のスケールが天と地ほども違う。この二体を同時に武装化すれば、俺は一時的とはいえ、神獣クラスモンスター二体分の絶大な魔力と力を、この生身の肉体に宿すことになる。
身体が耐えきれずに、俺自身が破裂するかもしれない。
それでも、迷いは一瞬だった。
俺がここで立ち止まっている間にも、外では誰かが死んでいる。リードたちのように、理不尽に命を散らしている。
さっきまで、俺はそれを安全な場所からただ見ているだけだった。
「……もう、ごめんだ」
俺は、クリスタルワイバーンのえぐれた胸の傷跡へ、震える右手を力強く押し当てた。
――触れた瞬間。
世界が、裏返った。
「グッ、ガァァァァァァァァッッッ!!!」
冷たいはずの飛竜の鱗が、突如として太陽の表面に触れたかのような超高熱を持ち、俺の右腕の皮膚へドロドロに溶け込みながら張り付いた。
視界が白と青の閃光に弾け飛ぶ。
俺の骨格がミシミシと嫌な音を立てて軋み、筋肉の繊維が全く別の生物のものへと強引に組み替えられていくような悍ましい感覚。
絶叫を上げる暇すら与えられない。
莫大な情報の奔流が脳髄を駆け巡り、気づけば――俺は、その場に立っていた。
全身を覆い尽くす、水色に輝く機械的で美しい結晶の鎧。
腕から指先にかけては流線型の鋭利な甲殻が走り、胸と背中には、飛竜の翼を模した薄く折り重なるクリスタルの重装甲が展開されている。
一歩踏み出すたび、硬い床にカツンと微かな衝撃音が響いた。
見た目は恐ろしく硬質で重厚なのに、紙切れのように重量を全く感じない。
そして何より――俺の身体の中心、みぞおちの奥底で、「ドクン、ドクン」ともう一つの心臓が力強く脈打っているのが分かった。
クリスタルワイバーンの膨大な魔力。それが、俺の心拍と完全に同調している。
「……まだだ。これだけじゃ、あのバケモノは殺しきれない」
俺は激しい息を吐きながら、その足で隣に横たわるアークサーペントの巨大な頭部へと近づき、今度は左手を叩きつけた。
――バチィィィィィィィンッッッ!!
今度は、紫電の熱が左腕の神経を焼き焦がしながら駆け上がってきた。
両手の中に、ズシリとした重みが生まれる。
気づくと、俺の両手には二本の剣が握られていた。
長さは、俺の身の丈ほどもある巨大な双剣。
黒曜石のように漆黒の金属刃が、その内側から淡い黄色の雷光を血液のように漏れ出させている。
軽く振ってみれば、空気が「ヒュンッ」と短く悲鳴を上げ、刃の軌跡に沿ってバチバチと小さな紫電の火花が散った。
アークサーペント――雷を司る神獣の力。
それが今、俺の手の中で、すべてを切り裂く双剣の形を取って顕現している。
全身に、絶対防壁の飛竜の結晶装甲。
両手に、雷速の破壊をもたらす巨蛇の双剣。
からっぽだった俺の身体が、二体の神を喰らい、今、完全な異形の戦士へと変貌を遂げていた。
「……やるしかねぇだろ」
誰に聞かせるでもなく、低く呟く。
俺は雷の双剣を交差させ、解体場の分厚い鉄扉を蹴り開けた。
外の太陽の光が、クリスタルの装甲に乱反射して眩く瞬く。
そこには、崩壊し、燃え盛る地獄と化したミリアの王都が広がっていた。
「待ってろよ、今助けてやるからな」
地を蹴った瞬間、足元で雷光が爆ぜ、俺の身体は砲弾のように空へ向かって跳躍したのだった。
解体場の鉄扉を吹き飛ばし、俺は地獄絵図と化したミリアの街道へと躍り出た。
ズドォォォォォンッ!!
空から放たれた一条の白き閃光が、すぐ目の前の石造りの民家を根元から粉砕し、瓦礫の雨と悲鳴が乱舞する。
煙の向こう側、逃げ遅れた母親と幼い子供がかばい合い、上空の影に怯えて身を縮めていた。その頭上へ、再び容赦のない第二撃の光線が落ちる。
「させるかァァァァッッ!!」
思考より早く、身体が弾弾のように地を蹴っていた。
足元で雷光が爆ぜ、一コンマで数十メートルの距離を置き去りにする。
親子と光線の間へと滑り込み、俺は両腕の結晶手甲を交差させて頭上へ掲げた。
「こうかッッ!?」
ガアァァァァァンッッッ!!!!!
聖剣ラナの放った白き斬撃と、クリスタルワイバーンの全魔力で展開された透明な多角形防壁が真っ正面から激突した。
衝撃波が放射状に吹き荒れ、周囲の石畳が爆ぜ飛ぶ。
だが――クリスタルワイバーンの結晶防壁は、聖剣の一撃を完全に殺し、一歩も退くことなく弾き返した!
「……!?」
上空で光を纏っていた男の白濁した両目が、初めて驚愕で大きく見開かれた。
「おい、サッサと逃げろ!!」
俺が背後の親子へ怒鳴りつけると、母親は涙を流しながら子供を抱きかかえ、全力で路地裏へと走り去っていった。
「反撃の時間だ」
俺は屋根から屋根へと跳躍した。
脚部に流れるワイバーンの膂力が、重力を無視したような縦横無尽の機動力を与えてくれる。
空中を回遊していた巨大な空鯨が、俺の接近を察知して激しい衝撃波の咆哮を放とうと巨大な口を開けた。
「邪魔だ、デカブツッ!!」
俺は右手のアークサーペントの雷剣を逆手に構え、全身のひねりを加えて空鯨の眉間目がけて一直線に投げつけた!
シュバァァァァァンッ!!
紫電を纏った大剣が空を裂き、空鯨の分厚い頭片へ深々と突き刺さる。
瞬間、突き刺さった剣から膨大な雷光が炸裂し、巨体の内側から細胞ごと焼き尽くした。
グォォォォ……ッ!
空鯨が断末魔の悲鳴を上げ、光の粒子となって崩れ去っていく。
「次は、お前だッ!!」
投げつけた雷剣と、手元に残った左手の雷剣が磁石のように引き合い、俺の身体が雷の速度で空中の空鯨の頭上の雷剣へと瞬間移動した。
剣の間での瞬間移動。
驚愕するAランク冒険者の目前、上空から急降下しながら、俺は一瞬で回収した双剣を交差させ、極限の雷光を刃に収束させた。
「引き剥がしてやるッ!!」
ズバァァァァァァァァンッッッ!!!!!
交差する黄雷の一閃が、男が掲げていた聖剣ラナの光を真っ向から切り裂いた。
男の胸から肩にかけて、豪快な斬撃が走り、男の手から聖剣ラナが力なく零れ落ちていく。
精神の魅了が解けた男の瞳に、一瞬だけ人間らしい驚きと安堵の色が戻り、そのまま彼は地上へと落下していった。
同時に、男が召喚していた数々の神獣たちの影が、次々と煙のように霧散していく。
空を覆っていた絶望の雲が割れ、朝の光が街へと降り注いだ。
◆
ズスン……ッ。
俺は崩れかけた広場の中心へと着地し、片膝をついた。
瞬間、両腕を覆っていた結晶の甲冑がピキピキと音を立てて砕け、手の中の雷剣も元の死骸に戻っていった。
おそらく俺が手放したからだろう。凄まじい脱力感と疲労が、一気に全身を襲う。
俺の目と鼻の先。
石畳の上へ、一振りの白銀の長剣が静かに転がっていた。
――聖剣ラナ。
人を狂わせ、国を滅ぼしかけた、世界を守るはずの絶対の牙。
今はその輝きを潜め、冷たい金属の棒のように無防備に横たわっている。
俺は荒い息を吐きながら、ゆっくりと膝立ちになり、その柄へと右手を伸ばした。
ギシッ、と。
俺の指先が、聖剣ラナの柄をしっかりと握りしめた。
――ドクンッ。
脳内に流れ込んでくる、凄まじいまでの聖なる魔力の奔流と、所有者を侵食しようとする強い『意志』。
だが、俺の体内には、魔力が一切存在しない。
聖剣の放つ魔力は、俺の体内を通り抜け、何一つ引っかかることなく虚空へと霧散していった。
魅了不能。精神支配の無効化。
持たざるものだからこそ生じる、絶対の拒絶。
「……静かにしてろよな」
俺は聖剣ラナを自分の肩へと無造作に担ぎ上げた。
遠くから、生き残った兵士たちや民衆の歓声と、泣き叫ぶ声が混じり合って聞こえてくる。
ミリアの王都は傷つき、完全な平和が戻ったわけではない。
そして――古城へ向かったリード、カナ、ガロウの三人の姿は、どこにもなかった。
俺は聖剣を担ぎ直し、二つの月が消えゆく朝空を見上げた。
「見てろよ、お前たち……。俺は、この狂った世界で、絶対に最後まで生き残ってやる」
誰に誓うでもなくそう呟いた俺の背中に、朝焼けの光が長く、深く影を落としていたのだった。




