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第16章:氷炎の狂乱ー3

 そして――氷獄と呼ばれた八咫烏は、そのままピクリとも動かなくなった。


「……ハッ! やるじゃねぇか、ソー!!」


 レイズが、肩で激しく息をしながら大剣を下ろし、豪快に笑った。


「まさか、記憶改ざんの弾をわざと身の内に喰らっておいて、もう一つの人格を囮に使って死角を取るとかよ! イカれてんなお前!」


「まぁな。ほんと、たまたまだ。あいつのクソ甘い機転のおかげだ」


「そいつが目を覚ましたら、後で極上の酒でも奢ってやれよな」


「……あぁ、そうだな」


 ソーは、胸の奥深くで静かに眠りについた善の人格に向けて、心の中でそっと、一度だけ謝罪と感謝を捧げたのだった。


「ヒヒヒ…ッ クエルボの奴がしくじったか…… だが構わん…構わんよぉ! 所詮あやつも、カラスの大きな目的のための駒だ……! 本望だったろう……」


 クエルボが崩れ落ちた広間の瓦礫の上で、狂気に満ちた老兵――コラキが、黒塗りの二丁拳銃アーティファクト・デザート&イーグルを振り回しながら甲高い高笑いを上げた。


 彼の全身からは、国一つを灰燼に帰すほどの凄まじい灼熱の魔力が噴き出している。


 広間全体の石畳が熱でドロドロに溶け始め、息を吸い込むだけで気道が焼き切れるような超高熱の蒸気が充満する。


「カリナ! 合わせろッ!」


「了解しましたッ!」


 俺と聖騎士カリナは、熱風の渦を切り裂くように真っ直ぐに前へ突っ込んだ。


 俺の全身はすでにフル装備。


 白銀と黄金の装甲を纏う【神王獣ラナ】のメインフレーム。


 背中には爆発的な推力を与える【黒龍】の漆黒のジェット翼。


 両腕には絶対の魔法障壁を展開する【クリスタルワイバーン】の結晶の装甲。


 左手には雷光を繰り出す【アークサーペント】のロングクナイ。


 顔には【セイレーン】の透明な解析レンズと水流のマスク。


 そして、腰には時を五秒戻す黒き絶望【魔剣ムラマサ】!


『贅沢盛りのフルスペックだね! 行こう相棒、あのクソジジイの火遊び、正面から叩き潰してあげる!』


 胸元のペンダントから、ラナの戦闘本能むき出しの叫びが共鳴する。


「ヒヒヒッ! 威勢だけは一人前だなぁ、神獣の衣を着た異界の小僧!! だが、わしの業火の前には紙切れ同然よォ!!」


 コラキが両腕を振り上げると、溶けかけた床と壁から、マグマのように煮え滾る【溶岩の柱】が十数本も同時に噴き出した。


 四方八方、上下左右。逃げ場を完全に塞ぐ灼熱の檻が、俺とカリナを丸焼きにせんと一斉に襲いかかってくる。


「カリナ、後ろに付け!」


「はいッ!」


 俺は背中の黒龍ジェットを最大出力で噴射し、猛烈な勢いで前傾姿勢のままきりもみ回転を開始した。


 同時に、両腕のクリスタルワイバーンの装甲を前方で交差させ、円錐状の【絶対魔法防壁】を展開する。


 ――ガガガガガァァァァンッッ!!


 超高速で回転する結晶のドリルが、殺到する溶岩の柱を真っ正面から粉砕し、弾き飛ばしていく。


 視界が真っ赤な炎に包まれるが、神王獣の装甲とクリスタルの防壁は、その致死の熱量を完全にシャットアウトしていた。


「な、なんだとォッ!?」


 炎の檻を強引に突破して迫る俺の姿に、コラキが驚愕の声を上げる。


 だが、腐っても八咫烏の幹部。コラキは即座に両手のデザート&イーグルを構え、狂ったようにトリガーを引いた。


 パァン! パァァァンッ!!


 闘力と魔力を百倍に引き上げる《デザート》の力が乗った、大砲のような爆炎弾が雨あられと降り注ぐ。


 俺の回転防壁がその一発一発の異常な重さに弾かれそうになった、その時――。


「――光よッ!!」


 俺の背後に張り付いていたカリナが、横へと鋭くステップを踏み出した。


 白銀の聖剣が、残像すら見えぬ神速の【聖光一閃】を連続で放つ。


 キィンッ! ガガァァァンッ!!


 空気を焼きながら迫るデザートの爆炎弾を、カリナの放つ光の剣技が次々と空中で斬り落とし、相殺していく!


 弾丸が爆発する前に、その運動エネルギーと魔力を剣閃で叩き斬るという神業。


「チィィッ……! ちょこまかと鬱陶しい聖騎士めが!!」


「今だッ!」


 カリナが弾幕をこじ開けた一瞬の隙。


 俺はアークサーペントのロングクナイに紫電を纏わせ、コラキの顔面目掛けて投擲した。


 雷の軌跡を描く刃が、コラキの頬を掠め、赤い血が飛ぶ。


「グアッ……! おのれ、おのれェェッ!」


 焦りと怒りで、コラキの顔面が醜く歪んだ。


 物理的な暴力や魔法の力押しでは、この過剰武装の小僧と聖騎士の連携を崩せないと悟ったのだ。


「ヒヒヒッ! いいだろう! ならば……この《イーグル》の本当の恐ろしさを、その身に刻んで絶望して死ねぇぇッ!!」


 パァァァァァァンッッ!!!


 コラキが左手に携えた《イーグル》の銃口から、ドス黒い重濁した紫の光を帯びた弾丸が射出された。


 音速を超えたその一弾は、空気を不気味に歪ませながら、一直線に俺の胸元目がけて飛来する。


「しまっ――! 避けてッ!!」


 後ろからカリナの悲鳴のような叫びが飛ぶ。


 ――だが。


 セイレーンの眼鏡で弾軌を見切っていた俺は、あえてその弾丸から逃げなかった。


 逃げれば、後ろのカリナやミストたちに直撃する。


 俺は右手のクリスタルワイバーンの手甲を前面に出し、その重濁した紫の弾丸を、真っ正面から胸板で受け止めた!


 ドガァァァンッ!!


「ぐあぁッ……!?」


 ズズズズズ……ッ!!


 胸に弾丸が着弾した瞬間、俺の体内に、ドロドロとしたおぞましい虚無の波動が浸透していった。


 コラキが、口を耳まで引き裂いて狂乱の歓喜の声を上げる。


「ヒヒヒヒヒッ! 引っかかったなぁバカめ! 右手の《デザート》が魔力・闘力を百倍に引き上げる【至高の強化】なら……左手の《イーグル》は、撃ち抜いた対象の魔力と闘力を百分の一にまで強制衰弱させる【絶対の弱体化】だぁぁぁッ!!」


 コラキの老いた瞳が、勝利の優越感にギラギラと輝く。


「どれほど強大な神獣の鎧を纏っていようが! どれほど歴戦の聖騎士だろうが! 素のステータスを百分の一に引き下げられれば、鎧の重さに潰され、指一本動かすことすらできずに地を這う虫ケラになる! ヒヒッ! 終わりだぁぁッ!!」


 コラキは勝利を確信し、右手の《デザート》の銃口を、弱体化されて膝をついた時の俺の額の位置に向けて突きつけようと無防備で歩み寄ってきた。


――だが。


 俺は、その場に立っていた。


 膝すら折らず。倒れもせず。身体の震え一つなく。


 平然とした顔で、コラキを見下ろしていた。


「……え?」


 コラキの狂気の笑みが、ピタリと固まった。


「な……なぜだ……? なぜお前は倒れん……!? 確かに《イーグル》の弱体化弾はお前の胸を撃ち抜いたはずだぞ!? なぜ魔力と闘力を百分の一に削られて、平然と立っていられるッ!?」


 俺は、ふっと息を吐き、呆れたように首を横に振った。


「……お前、算数って知ってるか?」


「は……? さ、サンスー……!?」


 胸元のペンダントから、ラナの抱腹絶倒の笑い声が、俺の頭に響き渡った。


『あはははははははッ!! ダメだよジジイ! 相棒に弱体化なんて効くわけないじゃん!!』


 ラナは、涙を流す勢いでコラキの愚かしさを嘲笑う。


『相棒の素のステータスはねぇ! 生まれつき【魔力ゼロ・闘力ゼロの完全なるからっぽ】なんだよ!! 元々「0」の数値を、百分の一にしようが、一億分の1にしようが……【0は何で割っても永久に0】なのよッッ!!』


「な……なぜだ!!」


 コラキの顔面から、一瞬で血の気が失せた。


 概念の逆転。


 弱者であるがゆえの、絶対の無敵。


 そう。俺の力の源は、俺自身の生身の魔力でも闘力でもない。


 己の器は完全にからっぽ、死んだモンスターの残滓をそのまま純度100%で外部装着しているに過ぎない。


 だから、生身の数値を削り取るデバフなど、俺にとっては蚊に刺されたほどの意味すら成さないのだ!


「お前の最強のイーグル……俺には1ミリも効かねぇんだよ、クソジジイ」


 俺の瞳に、絶対の冷気が宿る。


「な……なんという……なんという…ば、化け物だぁぁぁぁッッ!!」


 コラキが恐怖で顔を歪め、大慌てで二丁拳銃を撃ち込もうとトリガーに指をかけた――そのコンマ一秒前。


 俺の背中の【黒龍】のジェット翼が、爆発的な黒煙を噴き上げた!


――ドガアァァァァァンッッ!!!


 音速を超えた突進。


 空間を置き去りにした俺の体が、コラキをカリナの方へ吹き飛ばす。


「カリナッ!!」


「はいッ!!」


 俺の呼びかけに応え、背後から光の速度で踏み込んできたカリナの【聖光一閃】が、コラキの持つ《デザート&イーグル》の二丁拳銃を、手首ごと綺麗に両断して弾き飛ばした!


「ひやぁぁぁぁぁぁッ!??! わ、わしの腕がぁぁぁッ!?」


 宙を舞う、手首と二丁のアーティファクト。


 俺は右手のクリスタルワイバーンの手甲で、落ちてくる二丁の拳銃を完璧にキャッチし、そのまま己の懐へと回収した。


「アーティファクト・デザート&イーグル……回収完了ッ!!」


「ぐ、あぁッ……! おのれ……おのれぇぇぇぇッ!!」


 腕を断たれ、切り札を奪われたコラキは、血を撒き散らしながら絶望の悲鳴を上げた。


 だが、彼は伊達に八咫烏の一員を張っていない。死の直前、左足で自分の血の陣を地面に踏みつけ、最後の逃走用魔術を発動させた。


「覚えておれぇぇッ! 八咫烏の悲願は……魔王の復活は……決して潰えぬぅぅぅッ!!」


 ド黒い空間の亀裂が弾け、コラキの身体はその暗闇の中へと吸い込まれるように消失したのだった。


◆


――静寂。


 灼熱の熱気と激闘の余韻が残る、広大な古代砦のアジト。


 敵の気配が完全に消え去り、戦いは終わりを告げた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 俺は、その場に崩れ落ちるように片膝をつき、深い息を吐き出した。


 緊張の糸が切れると同時に、全身の装備が一斉に光を失っていく。


 その時――。


――パキパキ……パリリンッ……。


 右耳に装着していた【セイレーン】の顔を覆っていた透明な解析レンズと水流のマスクに、無数の細かい亀裂が入った。


「……え?」


 パラパラ……と。


 セイレーンの武具が、美しい青い光の砂となって解け、俺の指からこぼれ落ちて空気に溶けていく。


『……あーあ。壊れちゃったね』


 胸元のペンダントから、ラナの少しだけ寂しそうな、だが優しい声が聞こえた。


『元々、死体から抽出した魔力だったからね。……八咫烏の二人を相手に、連続で高負荷の解析と音波を放ち続けたから、キャパシティを超えて消滅しちゃったんだよ』


 俺は、手のひらに残った光の砂を見つめ、静かに目を閉じた。


「……そっか。短かったけど……めちゃくちゃ俺の命を救ってくれたな。ありがとうな、セイレーン」


 俺が呟くと、ラナが胸元で小さく、照れくさそうに揺れた。


『ふんっ。いい子ぶっちゃってさ。……でも、相棒の持ってる装備が減っちゃったね?』


(そうだな。また雑用係に少し後戻りだな)


『ふふっ。いいんじゃない?』


 ラナが、脳内でイタズラっぽく小悪魔のように微笑む。


『これでますます……相棒はアタシの力だけを頼りにして、アタシから離れられなくなったってわけなんだから♪』


(……相変わらず、重くて可愛い相棒だよ、お前は)


 俺が心の中で笑うと、ラナも満足そうに「えへへ」と胸元で温かい熱を放った。


◆


「大丈夫ですかッ!?」


 カリナやミスト、そして手傷を負いながらも復帰したレイズとソーが、俺の元へと駆け寄ってきた。


「ああ、俺は無事だ。……怪我もない」


 俺は立ち上がり、回収したばかりの二丁の神話の拳銃――アーティファクト・デザート&イーグルを、カリナへと手渡した。


「デザート&イーグルの回収、完了だ。……これで、敵の手札をまた潰した」


 ミストが、感慨深そうにその二丁の銃を見つめる。


「素晴らしい戦果だ。……洗脳されていたレオンとシグルドの弾丸も抜き終わり、記憶の混乱も治まりつつある。二人とも命に別状はない」


「……だが」


 ソーが、黒銀の刀、魔剣オボロを鞘に収めながら、冷たい視線を崩さずに広間の奥を見据えた。


「アーティファクト・コルトを持ったコラキのクソ野郎を取り逃がした。……それに、気味が悪ぃほどクソ静かすぎる」


 レイズも、大剣を担ぎながら同意するように頷く。


「ああ。このアジトにいたのは、コラキとクエルボの二人だけだった。……八咫烏の他の連中の姿がどこにもなかった」


 その言葉に、全員の顔に再びピリッとした緊張が走る。


 そう。


 このアジトの攻略は、最初からローディオが予見していた通り――敵の罠だったのだ。


 敵の真の狙いは、最高戦力が遠く離れたこの峡谷に集まっている隙を突き、手薄になった両国――【ウルシア王都】ならびに【カエサル王都】への、同時多発の奇襲。


「……急ぎましょう」


 カリナが、決意に満ちた強い瞳で全員を見渡した。


「ローディオ殿とウォール閣下が本国を守ってくださっているとはいえ……八咫烏が何をしてくるか分かりません。すぐに両国陣営はそれぞれ王都へ引き返します!」


「「「応ッ!!」」」


 全員の声が一つに重なる。


 俺の手には、奪還したデザート&イーグル。


 胸元には、かけがえのない相棒ラナ。


 そして腰には、時を五秒戻す魔剣ムラマサ。


 黒い翼を持つ狂信者どもとの戦いは、まだ終わっていない。


 むしろ――両王都を舞台とした、本当の【最終決戦】が、今まさに始まろうとしていた。

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