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第14章:炎帝の黒翼と氷獄の黒翼ー1

 軍事国家カエサルの王都は、俺たちがいたウルシア王国とは、街の匂いからして根本的に異なっていた。


 まず、呼吸する空気が異常に重い。

 鉄と油の混じった匂い。乱暴に切り出された黒鉄色の巨大な石畳の道。地平線を遮るようにそびえ立つ、絶望的なまでに分厚く高い城壁。


 そして――その城壁のさらに遥か上空を、我が物顔で旋回し、時折空気を振るわせるような重低音の咆哮を上げる巨大な影。


 ドラゴンだ。

 王都全体を覆うように張られた強固な対魔力結界が、肌にチリチリと静電気のような刺激を与えてくる。


 街のあちこちに誇らしげに掲げられた旗には、荒れ狂う竜と交差する剣を組み合わせた血みどろの紋章。


 ここは、絶対的な暴力を正義とする国。

 イーリス大陸最大の国土と人口を誇り、ウルシアの約一・六倍の経済規模を持つ。

 軍事力と冒険者の総数は、ウルシアの倍とまで言われる、正真正銘の闘争軍事国家。


「……すげぇな、マジで……」

 馬車の窓から外を見ていた俺の口から、半ば呆れたような声が漏れた。


 王城へ続く巨大な正門の前。そこを固めているだけで、全身を分厚い鋼の鎧で覆った精鋭兵士が優に百人は整列している。


 さらにその後ろの特等席に控えるのは、白いマントを風に翻し、冷酷な目で俺たちを値踏みする精鋭騎士たち――【ホワイトナイト】。ウルシア王国のパラディンに相当する、カエサル軍の最高戦力だ。


 そして門の脇や城壁の上には、それぞれが身体のどこかしらに誇らしげに七つの星の紋章を刻んだ冒険者たち――【七つ星冒険者】の姿がいくつもある。


 ウルシアのSランク冒険者に相当する、人間離れした怪物どもだ。


 たかが王都の門前。その一部を切り取っただけで、ウルシア王都全体の戦力とタメを張るほどの狂った密度だ。


(……おいおい。俺たち、これからこいつらと肩並べて戦うのか? それとも、殺し合いの交渉をするのか?)


 俺がプレッシャーで胃を痛くしている横で、第二王子ギリーエが、いつもの柔らかな笑みを崩さずに窓の外を眺めていた。


「素晴らしいね。我がウルシアの使節団を、これほどの戦力で大歓迎してくれているようで、何よりだ」


 嫌味なのか本心なのか全く分からないトーンで、ギリーエが呟く。


 ウルシアが誇る外交の天才。穏やかな物腰、気取らない言葉遣い。それでいて、相手の急所を的確に撫でるように懐に入り込む、タチの悪い男だ。


「さあ、行こうか。……ここからが、本当の胃の痛む本番だよ」


 ギリーエに促され、俺たちは馬車を降り、威圧的な城門をくぐる。


 先頭を歩くのは、白銀の鎧を纏った聖騎士カリナ。


 その隣に、第四王子ソー。彼の腰には、このカエサルの武力すらも凌駕する二振りの異様な存在――聖剣ラナと魔剣オボロが帯びられている。

 後ろにギリーエと俺、さらにパラディン二名――バルドとメルダ。


 たった六人の影が、竜の紋章に満ちた戦闘都市のド真ん中へと、静かに、だが確かな圧力を持って伸びていった。


◆


 カエサル王城・謁見の間。

 そこは、ウルシアの洗練された大広間とは全く違う、暴力的な重さが支配する空間だった。


 壁には、歴代の竜騎士たちが巨大な竜の首を刎ねる残虐な肖像画。

 天井近くには、翼を広げた超巨大な竜の骨格標本が、まるで今にも襲いかかってきそうな角度で吊るされている。


 床一面に敷き詰められた赤黒い絨毯は、本当に無数の血を吸って染まったのではないかと錯覚させるほど、不気味な暗い色をしていた。


 部屋の最奥、骨で装飾された玉座に座る男は、常軌を逸して大柄だった。


 豊かな黒髪を荒々しく後ろへ流し、獲物を狙う鷹のような鋭い黄金の眼光。

 厚く鍛え上げられた丸太のような腕には、竜の逆鱗を模した黒金の腕輪が食い込んでいる。


 ――カエサル王。

 王というより、巨大な山賊の頭目と言われた方がしっくりくるほどの覇気。


 その王の左右に控えるのは、三人の異質な存在。

 一人は、銀髪に冷たい青の瞳、周囲の空気を凍らせるような氷の気配を纏う細身の女騎士――【竜騎士ミスト】。


 一人は、燃えるような赤髪に、人を食ったような陽気な笑みを浮かべた青年――【竜騎士レイズ】。


 そして、玉座の真横、最も王に近い場所に立つ巨躯の男。


 漆黒の竜鱗で編まれた重鎧を纏い、ただ立っているだけで、背後に本物の巨大な竜の影を背負っているかのような絶対的な圧。


 その名を、バルドが冷や汗を流しながら小さく呟いた。


「……竜王ウォール」


 カエサル最強の男。竜騎士の頂点に立ち、この国の軍事力を束ねる最高司令官。


 さらに、彼らの背後には、一切の感情を殺したホワイトナイトが十数名と、殺気を隠そうともしない七つ星冒険者が六名控えている。


 どいつもこいつも、魔力と闘力の密度が濃すぎて、呼吸をするだけで肺が焼けるようだ。


 そんな威圧空間のド真ん中へ、ギリーエが一切の臆病風を吹かせず、一歩優雅に前へ出た。


「ウルシア王国、第二王子ギリーエ・ウルシア。……このたびは急な会談の申し出にも関わらず、我ら使節団を温かく受け入れてくださり、心より感謝いたします」


 深々と、完璧な角度で頭を下げる。

 仕草はどこまでも丁寧だが、その態度は決して格下としての卑屈さを含んではいない。対等な大国同士として礼を尽くす、その絶妙な間合いの取り方。


 カエサル王は、値踏みするように目を細め、少しだけ口角を上げた。


「遠きウルシア王国より、よくぞ来た。……我らが竜の国は、口先だけの弱者は踏み潰すが、力ある真の同盟者ならば両手を広げて歓迎する」


 地の底から響くような重い声。

 その一言で、場の致死量の緊張が、わずかにだが解けた。


 ギリーエは顔を上げ、さらに言葉を続ける。


「我々も、無駄な探り合いをする気はございません。まずは、我らウルシア王国の手札をすべて正直に明らかにいたしましょう。……現時点で、我が国には――」


 ギリーエは、ソーの腰の二振りの剣と、俺が背負う長い布包みを手で示した。


「聖剣ラナ。

 魔剣オボロ。

 アーティファクト・ヒナワ。

 ――以上、千年前の封魔戦争級の神話の武具が三点、完全に我らの手の中に存在しております」


 その言葉が落ちた瞬間。

 ざわり、と。謁見の間の重い空気が、明確な動揺で揺れた。


 控えていた七つ星冒険者の一人が、信じられないものを見る目で低く口笛を吹く。


「三つ……? おいおい、マジかよ。あのウルシアが、本気で伝説を三つも集めやがったのか……」


 ホワイトナイトたちの視線が、自然とソーの腰へと集中する。

 そこにある二本の剣――白銀に清らかに輝くラナと、怨念のように闇を湛えたオボロ。


 カエサル王は、黄金の瞳を興味深そうに細めた。


「聖剣と魔剣の二振りを、ウルシアの王子自らが携えるか。……その腰の飾りはハッタリか? それとも、二振りとも適合者に選ばれたとでも言うつもりか?」


 挑発的な王の問いに、ソーが一歩前に出る。


 穏やかな笑み――善のソーの顔だ。


「はい、カエサル国王陛下。……この身には、二つの異なる魂が共存していると申しますか……。おそらくその器の異常性ゆえに、聖剣と魔剣、光と闇、双方の呪いと祝福に同時に適性があったのだと思われます」


 背筋を真っ直ぐに伸ばして淀みなく答える姿は、まさに完璧な王子。


 だが、その青い瞳の奥底には、カエサル王の首をいつでも刎ね飛ばしてやると嗤う、あの荒々しい人格――悪ソーも確実に眠り、殺気を放っている。


 カエサル王は、ソーから放たれる微かな狂気を感じ取ったのか、愉快そうに喉の奥で笑った。


「クハハッ! 面白い。上品な顔をして、腹の中には相当な化け物を飼っているようだな。……良いだろう。ならば、我らも自国の切り札を晒さねば、大国としての礼を失するというものだな」


 王の合図で、銀髪の竜騎士ミストが、音もなく一歩前に出る。

 彼女の両手には、白い絹布に包まれた長い包みが、静かに捧げ持たれていた。


 布がめくられ、周囲の温度を一気に下げるような黒紫の刀身が姿を見せた。

「――魔剣ムラマサ」

 ミストの氷のような声とともに、その呪われた名が広間に落ちる。


 光を吸い込むような漆黒紫の刀身。

 鞘からわずかに覗く刃は、空間そのものを切り裂き、血をすするようなおぞましい鋭さを放っていた。オボロと同等、あるいはそれ以上の凶悪な気配。


 さらに、別のホワイトナイトが美しい装飾の施された二丁の拳銃を。


 七つ星冒険者の一人が、無骨で短めの【回転式拳銃】を、それぞれ恭しく王の御前へと並べた。


「アーティファクト・デザート&イーグル。

 そして――アーティファクト・コルト」


 デザート&イーグルは、対になる二丁の大型拳銃。一方は灼熱の太陽のような金色の紋様が、もう一方は空を翔る鷲の翼を模した白銀の刻印が施されている。


 一方のコルトは、極めて地味な黒鉄色の回転式拳銃。だが、その場に置かれた瞬間、俺の脳の奥がチクッと痛むような、不快な電磁波のような空気がピリ、と部屋全体に広がった。


 カエサル王が、太い指を折って数え上げる。

「我が国が所有する封魔戦争級の神話の武具は――

 魔剣ムラマサ、一振り。

 アーティファクト、デザート&イーグルと、コルト。

 ――以上、三点だ」

 ウルシア三点、カエサル三点。

 人類が生き残るためのピース、六つの伝説級武具が、今ここに並び立ったのだ。


 ウルシア側三点、カエサル側三点。

 千年前の神話から蘇りし、人類の絶対的な切り札である武具――合計六つが、今、この謁見の間に集っている。


 その重苦しい緊張感を破るように、ギリーエが優雅に、だが鋭く言葉を紡いだ。


「我々ウルシアの目的は、ただひとつ。……魔族復活の兆しが日に日に増す今、残されたすべての聖剣、魔剣、そしてアーティファクトを我々人間側の管理下に置き、千年前に学びし知恵をもって世界を死守することです」


 カエサル王は静かにうなずいた。


「八咫烏――その漆黒の翼を持つ狂信者どもが、すべての武具を強奪せんと世界中で暗躍しておる。目的は間違いなく、最奥に眠る魔王の完全復活。……我らカエサルとて、奴らの好き勝手を許すわけにはいかん」


 その言葉に応じるように、重鎧を纏った竜王ウォールが一歩前へ踏み出した。

 ズスン、と。分厚い石床がわずかに軋む。


「八咫烏の影は、すでに我が国カエサルにも深く忍び寄っておる。……ここ最近、黒ずくめの二人組の報告が、我が国の警戒網を嘲笑うように何度も上がっておるのだ」


 その言葉に、隣のソーの藍色の瞳が、スッと冷たく細まった。


 服の下でラナの心が、ポツリと俺の脳内に囁く。


『……レイヴンとヴラーナを撃破しても、すぐ次が出てくる。八咫烏って、あのレベルの怪物が一体何人潜んでいるんだろうね、相棒』


(物騒なことをサラッと言うな。胃が痛くなるだろ)


 ギリーエは一呼吸置き、両手を広げて提案した。


「そこで、カエサル国王陛下。……提案がございます。我がウルシアと御国カエサルの合同軍を組織し、残る武具の捜索および八咫烏の殲滅を連合部隊として行う……というのはいかがでしょう?」


 ホワイトナイトの一人が、不快そうに眉をひそめて声を上げた。


「……共同軍だと? 口で言うのは易いが、作戦の主導権はどちらが握るつもりだ? 我が軍勢が、ウルシアの指示に従えとでも?」


 その挑発的な問いに、ギリーエは逃げることなく、完璧な笑みを深めた。


「ええ、まさにそこです。……互いに歴史と誇りある大国。どちらが主導権を握るべきか、机上の論空論では永久に決着はつきません。……ならば」


 ギリーエの目が、蛇のように細く光った。


「――武の国カエサルに相応しく、力で見せ合おうではありませんか」


 ざわっ……! と、軍人たちの間に激しい波紋が広がった。


 竜王ウォールが、ギラついた黄金の瞳でギリーエを睨みつけ、次の瞬間、獰猛な狂喜の笑みを浮かべた。


「……ほう。弱卒の外交官かと思えば、良い度胸ではないか、ウルシアの第二王子よ。口先ではなく、武力で白黒つけようというのだな?」


「ええ。互いの命を奪い合うためではなく、共に死線を潜る背中を預け合える力を確かめ合うために。……決して無駄にはならないはずです」


 静寂。

 やがて――竜王ウォールは、腹の底から雷鳴のような大口を開けて爆笑した!


「気に入ったァッ!! ウルシアの青二才どもが、これほど骨のある真似を晒すとはな!!」


 その咆哮に、ホワイトナイトたちの背筋が伸び、七つ星冒険者たちの瞳に狂暴な戦意の火が点った。


「ならば――盛大に【武闘大会】を開催しようではないか! ウルシア代表五名! カエサル代表五名! それぞれの誇る最強の精鋭を選び抜き、二日後、このカエサル王都の大闘技場にて刃を交えるのだ!!」


 ウォールの黄金の視線が、俺たちを順番になぞる。


「ウルシアからは……聖剣と魔剣の適合者、第四王子ソー! 聖騎士カリナ! 二名のパラディン! ……そして、モンスターを喰らい纏う異邦者――お前だ!!」

 ウォールの太い指先が、真っ直ぐに俺を指し指した。


(なんでオレの能力バレてんだよっ!)


「強ければ名前などどうでもよい。……お前がどれほどの怪物か、カエサルの民の前で見せてみろ!」


「……はは、期待に添えるよう善処しますよ」

 俺は焦りを悟られないよう苦笑いしながら一礼した。


 こうして――ウルシアとカエサルの軍事同盟は、流血を伴わぬ意地の激突という独特の形で結ばれることとなったのだ。


◆


 謁見が終わり、俺たちは王城の広大な風の通るテラスへと通された。

 夕陽が赤黒い要塞都市を血のように染め上げ、遠くの空では本物のドラゴンが優雅に旋回している。


「いやぁ、ウルシアの第二王子殿は、噂に違わぬ恐ろしく食えないお人だ」


 後ろから、陽気で気楽な声が響いた。

 振り返ると、燃えるような赤髪の男――竜騎士レイズが、両手を頭の後ろに組んで歩み寄ってくるところだった。


「お互いの立場を傷つけず、且つ観客を熱狂させ、自然な形で同盟の主導権を懸けた勝負に持ち込む。……大したペテン野郎だぜ」


 カリナが、冷ややかな視線をレイズへ向けた。

「何でしょう、レイズ殿」


「今日も一段と美しいな、カリナ。……どうだ? いっそのことウルシアの堅苦しい騎士をやめて、俺の女になってこの国で竜騎士にでも格上げされないか?」


「謹んで、心よりお断りいたします」

 コンマ一秒の即答。一ミリの迷いもない。


 レイズは大袈裟に胸を押さえて倒れ込むフリをした。

「ぐはっ……! ドラゴンの鱗より堅い心の壁……!」


 俺とソーが思わず吹き出すと、レイズはニヤリと笑い、急に真面目な顔になって尋ねてきた。


「ところで…… ローディオの旦那は、来てないのか?」


 ローディオ。

 その名が出た瞬間、カリナの表情が、どこか神聖な敬意に満ちた柔らかなものへと変わった。


「ローディオ殿は……魔族の復活よりも、重要な案件を幾つも抱えていらっしゃいますから」


「おいおい……魔族復活よりヤバい案件って何だよ、相変わらずだな、あの旦那は」

 レイズが引きつった苦笑いを浮かべる。


 俺は我慢できずに、カリナに小声で尋ねた。

「なあ、カリナ。そのローディオって奴……本当の本当に、そんなに強いのか?」


「強いです、世界で一番」

 迷いのない即答。


「聖騎士の中の聖騎士。……その圧倒的すぎる破壊の力ゆえに、他国からは光の災厄と畏怖されています」


「僕も幼い頃、何度か稽古をつけてもらったことがあるけれど……」


 ソーが、遠い目をして苦笑した。


「あの人が本気で拳を振るったら、王都一つくらいなら余波で消し飛ぶと思うよ」


(……どんだけバケモノなんだよ、ウルシア王国のトップは)


 そんな会話をしていると、重い足音がテラスに響いた。


 竜王ウォールが、巨大な体躯を揺らして現れたのだ。


「名もなき異界の戦士よ」


 ウォールの黄金の瞳が、俺を射抜く。

「お前は……誰かのために、仲間を守るために死ねるか?」


 俺は間髪入れずに、首を横に振った。


「無理だな。

 ……俺は死なないし、仲間も死なせない。生き残るために、泥をすすってでも全員で生きて帰る」


 一瞬の沈黙。

 やがて――竜王ウォールは、豪快に口元を歪めて笑った。


「よし。……それでいい。死を想定した英雄など、戦場ではただの足手まといだからな。……明後日の大会、せいぜいこの俺を楽しませてみせろ」


 ウォールはそう言い残し、背を向けて去っていった。

 胸元のペンダントが、熱を帯びて励ますように脈を打っていた。

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