↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/112

第53章:炎獄の神獣の王ー2


「……国が一つ、一振りで? ちょっと、冗談でしょ」


 俺のすぐ横で話を聞いていたラナが、思わず絶句して、掠れた声を漏らした。


 国を一つ、消し去る一撃。


 それはもはや、剣術でも魔法でもない。文字通りの広域殲滅兵器だ。


 防げる、防げないという次元の話ではない。もし、そんなものをまともに一発でも撃たせれば。俺が死ぬとかそういう個人の問題ではなく、周囲の地形ごと、サーシャもシャリンもラナも、すべてがガラス化して完全に終わる。


「……なるほどな」


 俺は、背もたれからゆっくりと身体を起こした。


 その顔には、絶望も、恐怖もなかった。


「触れれば焼け焦げて蒸発し、剣を振られれば国ごと消し飛ぶ。


 ……神王獣。本当に、どいつもこいつも、笑えないくらいふざけたバケモノだ」


 俺の口角が。


 自然と、極めて獰猛に、醜く吊り上がった。


「国を一振りで、か……。絶望的な情報だな。だが、不思議と恐怖はない」


 あまりの狂気的な被害数値に、会議室の学者たちが恐怖で息を呑む中。


 俺の脳内はすでに、この絶対的な理不尽をどうやって力でねじ伏せ、蹂躙するかという殺戮の数式を、猛スピードで組み立て始めていた。


「サーシャ」


 俺は、視線を隣へと向けた。


「お前の防壁で。その、国を消し飛ばす炎の剣とやらを、真っ向から完全に防ぎ切ることは可能か?」


 俺の問いに、サーシャはしばらく深く黒い瞳を閉じた。


 自身の持つ膨大な魔力量と、スルトの出力を、頭の中で極めて冷静に計算した後。静かに、重い口を開いた。


「……まともに広域で受ければ、いくら私の唄でも大陸ごと消し飛ぶわね。


 でも。もし、展開する防壁の範囲を、私とシャリンちゃん、そしてラナちゃんの周囲数メートルだけにまで極限まで圧縮して、一点に強度を集中させれば……理論上は、防げるわ」


 彼女は、確かな自信を持って頷き、そして、少しだけ不安そうに付け加えた。


「でも。そうしちゃうと……。 あなたを守るための防壁の余裕は、ゼロになるわよ?」


「ああ。……それでいい」


 俺は、にこりと、凶悪に笑った。


「お前たちは、戦闘が始まったら俺から徹底的に離れろ。下手に近くにいると、巻き添えを喰らう。


 ……俺は、手に入れたばかりのフェンリルの影移動で、スルトの死角、あるいは影の隙間に直接潜り込む。


 そして。奴が、あの国を消す炎の剣を振るうという思考をするよりも早く。コンマ数秒の神速でムラマサを突き立てて、一瞬で首を落とす」


「マグマの体は!? 剣が届く前に溶けるって――」


 ラナが叫ぶ。


「ヤマタノオロチの絶対装甲に、フェンリルの神速を加える。一瞬の接触なら、溶け切る前に刃が届くはずだ」


 俺はさらに、円卓に広げられた羊皮紙の地図を、ドスッ!と強く指で叩いた。


「万が一、俺の神速が間に合わず。あの炎の剣を振り下ろされる最悪の未来が来ても、問題ない。


 シャリンの未来視で、その最悪のタイミングを察知してくれ。それを合図に、俺が魔剣ムラマサの巻き戻しを発動し、時間を過去へ戻す。


 ……殺せるまで。何度でも、何十回でも、何百回でも時間を戻して。奴の隙を突いて殺す。ただ、それだけだ」


 静寂。


 最高戦略会議室に、水を打ったような、痛いほどの沈黙が落ちた。


 完璧な、そして狂気に満ちた神殺しのプロセス。


 宮廷魔導士や第一級の歴史学者たちは。


 俺が、この世界において生ける神獣の王、不可侵の天災として恐れられている神王獣を。


 ただの効率的に処理すべき討伐対象として淡々と解体し、作戦を立てているその圧倒的な狂気に触れ。


 完全に声を失い、魂を抜かれたように青ざめていた。


「殺し方は決まったな。……おい、馬車を出してくれ。今すぐ南へ向かうぞ」


 俺の冷酷な命令に、誰も異を唱える者は存在しなかった。


 アリス王都を出立し、南へと強行軍で装甲馬車を走らせること、約二週間。


 王都近郊の豊かな緑や生命の気配は、南へ進むにつれて完全に消え失せた。


 大地は、至る所から高熱の有毒ガスが噴き出す、ひび割れた黒い岩肌へと変貌している。


 頭上の空は、分厚い火山灰と黒い噴煙で常に赤黒く濁り、太陽の光を遮っている。代わりに、雪のように白い、だがひどく熱を持った灰が、絶え間なく地上へと降り注いでいた。


 馬車の分厚い鉄の扉を一歩開ければ。


 呼吸をするたびに、肺の粘膜が内側から焼け焦げるような凄まじい熱気が、喉を激しく焼いた。


「あ、あついよぉ……おにいちゃん……お水、お水飲む……」


 シャリンが、汗をだらだらと流しながら、馬車の中で俺の背中に力なくもたれかかっている。


 エルフという森の種族にとって、この極端な熱と乾燥の環境は、人間以上に苛酷なのだろう。


「大丈夫よ、シャリンちゃん。すぐ楽にしてあげるからね。――冷涼の唄」


 サーシャが、シャリンの額の汗をハンカチで拭いながら、その透き通るような美しい声で、静かにハミングを口ずさんだ。


 その瞬間。


 彼女たちの周囲にだけ、大気中の異常な熱を完全に遮断する、薄い氷の膜のような涼しい結界が球状に展開された。


 馬車の中の温度が一気に下がり、シャリンが「はぁ……すずしい……」と安堵の息を漏らして、すぐにすやすやと眠りについた。


 本当に。


 サーシャの防壁とサポート能力は、この世界においても破格の利便性と信頼性を誇っていた。彼女がいなければ、スルトの縄張りにたどり着く前に、俺たちは熱中症と有毒ガスで全滅していただろう。


「……見えてきたよ、相棒。……あそこが、地獄の釜の入り口だね」


 馬車の窓から外を窺っていたラナが、細い指先で前方を鋭く指差した。


 黒い火山山脈の中心。


 そこには、大地が直径数キロにわたって大きくすり鉢状に陥没した、巨大なカルデラがあった。


 その底で。


 ドロドロとした赤黒い、数千度を超える巨大なマグマの海が。


 まるで、地球の血液のように、ボコボコと不気味に煮え滾っている。


 そこはまさに、王城の文献に記されていた通りの、生ける天災の巣窟――【地獄の釜】だった。


「……ここで馬車を降りる。全員、持ち場につけ。準備はいいな」


 俺は、馬車の扉を蹴り開け、熱風の吹き荒れる黒い岩肌へと降り立った。


 俺は、腰のベルト――ヤマタノオロチのバックルにそっと手を当て。


 同時に、右足首の靴の踵にある、フェンリルの銀翼の装飾品に全意識を集中させた。


 ゴォォォォォォッ!!


 肌を、装甲の隙間を直接焼き殺さんとするほどの、圧倒的な熱風が吹き荒れる。


 だが。俺の瞳の奥、網膜の裏側で渦巻いている魔族への復讐の殺意は。


 この地獄の釜のマグマすらも、一瞬で凍りつかせるほどの、絶対零度の冷たさを秘めていた。


「もたもたしてんじゃねぇよ、神王獣スルト」


 俺は、マグマの海に向けて、魔剣ムラマサを抜き放ち、声を張り上げた。


「……お前のその、国を滅ぼす自慢の炎ごと。俺の魔剣ムラマサで、切り刻んでやる。さっさと出てこい」


 俺の放った、剥き出しの狂気的な殺気に呼応するように。


 ――ボゴォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!


 ブクブクと泡立っていた眼前の巨大なマグマの海が。


 不自然に、まるで巨大な山が一つ海面から浮上するかのように、大津波となって上空へと隆起し始めた。


 世界を、この時代のすべてを焼き尽くす炎の巨人が。


 今、その絶望的な威容を、現そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。