第11章 「七つの矮星が降る夜に」第4話
帰宅する頃には、既に夜も更けている時間だった。
夜空に、星が輝いていた。
大帝都の正面を出た瞬間、朱が体を伸ばした。
伸ばした肩から、パキパキと小さな音がする。
「やば、体バキバキだ」
「私も〜、だいぶ疲れた」
プラナも、大分疲れているようだった。
いくらエーデルや矮星たちでも、
数時間に及ぶリハーサルには、流石に疲れの色も隠せない。
「リナさん、大人しくしてますね」
翠月が、ふと聞いてきた。
リハーサルを終えたあたりから、
急にリナの声が聞こえなくなっていた。
楽屋で「お腹すいた」と笑っていた少女が、
いつの間にか静かになっている。
「あぁ、もう寝てる。リナは、疲れることが嫌いだから」
マナの意識の中で、寝息を立てて眠っている少女を感じる。
「子供みたい」
八重が、笑いながら言う。
「リナは、いつまで経っても子供みたいなものだからな」
「ねぇねぇ、お腹すいたから、ファミレスかどっか寄ってこうよ」
黎夏は、空腹を我慢できずにいた。
リハーサル開始から、何も食べていない。
ステージの上で動いていた時間が、
今になって胃の底に届く。
ここにいる全員、お腹は空いていた。
空いているのに、誰も先に「食べよう」とは言わない。
「女子校生が、この時間にファミレスにいたら、確実に補導対象ですわ」
砂月の言う声は、いつものお嬢様の温度より少し低い。
低いのは、彼女も同じ空腹を抱えているからだ。
流石に、大事な本番前に、
誰も補導はされたくはない。
ただ、お腹が空いているのは事実。
事実のまま、12人は街灯の下で立ち止まる。
「ねぇ、あそこは?」
二乃が指を指す方向に、小さな屋台ラーメンがあった。湯気と明かりが、夜の通りの端で小さく揺れていた。
「ラーメンか……あれなら、すぐ食べれそうだな」
哪吒が言う。言う声は、
いつもの刃より少し柔らかい。
柔らかいのは、彼女の腹も、
同じ空腹を抱えているからだ。
「食べるのはいいですけど、帰寮する頃には、もう夜遅くなりません?」
結依が、少し心配そうに言う。
「それに、この時間に女子高生だけでの飲食は、危ないだろ」
マナの意見は、正しい。
女子高生だけ。何かの事件に巻き込まれても、
おかしくは無い。
おかしくは無い事実が、12人の足を一度だけ止める。
止めたまま、湯気の匂いだけが、夜風に乗って届いていた。届いた先で、誰もまだ「行こう」とも「やめよう」とも、言い切れていなかった。
「なら、僕が面倒見ようか?」
いきなり背後からの声に、皆がびっくりした。
そこには、メガネをかけた青年が立っていた。
時折、ロゼの演出席の横に立っていた人。
アンダルシアの誰かだと、翼は知っていた。
知っていたのに、夜の通りで急に現れると、心臓が一度だけ跳ねる。
「確か……イラムさん?」
翼が確認する。ロゼから正式な自己紹介は受けていない。ロゼがたまに「イラム」と呼んでいたとだけ、覚えている。
「そう。僕はイラム・シーラック」
「なんで、こんなところにいらっしゃるの?」
「ストーカー?」
デリカシーの欠片もない朱に、葵は頭を叩いた。
叩いた音が、夜の通りに小さく響く。
「近くのホテルにいたんだけど、夜食食べたくなって。せっかくなら、日本らしいもの探してたんだ」
イラムは、屋台の湯気を一度だけ見る。
見たあと、12人の顔をゆっくりと見回した。
誰もまだ「来てください」とも「結構です」とも、言い切れていなかった。
小さく、どうする?と、
皆が様子をうかがっていた。
別に、悪い人にも見えない。
メガネの奥の目は、演出席の横にいた時と同じ温度だった。
「ロゼさんの知り合いなら、大丈夫なんじゃないかな」
翼が言った。言ったあと、自分の声が少しだけ小さいことに気づく。
気づいたまま、彼女はイラムの顔を見る。
見た先で、結依が小さく頷いた。
「帰りはどうします?」
砂月が、少しため息をついた。
ため息の先で、彼女はスマホを出した。
「マナさん。協力していただけません?」
砂月が、マナの方を見ていた。
マナは一度だけ肩をすくめた。
「分かった」
そして、それぞれのお嬢様が、
それぞれの家に電話し、帰りの車を呼び寄せた。
「初めから、お前らの使用人呼べば良かったんじゃね?」
朱の指摘に、空気が一瞬止まった。
止まった先で、湯気だけが揺れている。揺れている中で、砂月とマナのスマホを持つ手が、止まる。
「あ……」
空腹で、完全にそれが全員の思考から抜けていた。
「おじさーん、ラーメンちょうだい!!」
誰よりも早く、黎夏が屋台で注文していた。
「ちょ、黎夏ちゃん!」
翼たちも、屋台に向かって走り出した。
空には、星々が輝いていた。その星の中で、
流れ星が流れていたのを、空腹の少女たちは気づかなかった。
白雪姫の2部の幕が、間もなく開こうとしていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第11章 「七つの矮星が降る夜に」完




