第11章 「七つの矮星が降る夜に」第2話
エーデル(気高き君)に選ばれた日。
それは、今でもはっきり覚えている。
理事長室の重たい声。ピンバッチの重み。
夢に手が届くようになった、あの瞬間。
白雪姫の席が、自分の名前で埋まった朝。
SNOW WHITEに心を奪われた少女は、第1部を超えて、第2部の幕開けを待っていた。
待つ場所は、もう稽古場だけではない。大帝都の客席が、明後日の寸法で彼女の胸に座っている。
歴代のエーデルたちの写真が、立ち並ぶ廊下。
百合々咲で輝いていた星たちの栄光が、金の額縁に刻まれている。第93代目エーデルの流星。第104代目の空。自分の一つ前の席に、結依の名前がある。その隣に自分の額縁が並んだ。
翼は、なんだかここが落ち着く場所になっていた。
「つ〜ば〜さ」
二乃の声が、廊下に響いた。
振り向くと、二乃と結依が歩いてきていた。
風の君と、元・空の君が、歴代の写真のあいだを並んで来る。
並んで来る先に、今の空の君がいる。
「こんなとこで、何してたの?」
「何も、ただボーっとしてただけだよ」
ふーんと、二乃は言う。言うが、翼が何してたのか、二乃には分かっているようだった。
結依と二乃が、翼の横に座った。
「……ここ、よく来るんですか」
「うん。なんだか、落ち着くから」
翼は、額縁の方を見ない。見なくても、結依の視線が自分のひとつ前の写真に触れているのが分かる。
第104代エーデル。空席を産んだ名前。
「結依ちゃんも、よく来てたよね」
二乃が、横から言うと、結依が小さく笑った。
「ここ、授業サボるのにちょうどいいから」
二乃と結依が、笑い合う。
かつての結依も、二乃と同じく自由な時期があった。空の君が空である前に、ただの少女でいられた午後。額縁の重さが、まだ軽かった頃。
「ほんと、結依さんと二乃って仲良いんだね」
「うん!結依ちゃんと一緒に、よく遊び行ったりしたもんね」
結依にとって、とても懐かしい日々。
まだ自分が輝いていた時期。
ピンバッチの重みより、
サボった授業の方が先に胸にあった時期。
そして、それはもう戻らない時期。
「結依さんは、百合々咲に戻ってきて良かったですか?」
翼の問いは、ただの質問じゃなかった。
矮星として戻ってきた自分が、正解だったのかを、改めて問われている気がした。
今の空の君が、元の空の君に席の意味を測っている。
百合々咲からの招待状がなかったら、正直、ここに戻ってくることは無かったと思っている。
竹林の道場でモップをかけ、立風館の仲間の隣で羽を広げ直した日々。
そこから古巣へ戻る理由は、手紙の中にしかなかった。
そして、戻ると決めたのは、朱や葵、ましてや他の誰かに言われたからではなく、自分で選んで決めたことだった。
堕ちない、と先生に言った。その言葉を胸に、
結依は自分の足で正門をくぐった。
この時ばかりは、二乃も静かにしている。
風の君が、風を止める。
止めたまま、2人の空のあいだに座っている。
「はい。良かったです。自分の後を継いでくれた人を、この目で見ることが出来て、共演できるのですから」
結依の声は、震えない。
第104代エーデルの額縁を一度だけ見た。見たあと、視線は隣の翼に戻る。戻る先に、空席はない。
今の空の君が、自分の答えを静かに受け取っていた。
「翼ちゃ〜ん、結依ちゃ〜ん、二乃ちゃ〜ん!!」
まるで空気を壊すかのような、明るい声が響いた。
声のする方向を見ると、マナがいた。
姿はマナだが、声の主はリナだった。
赤い瞳の鋭さが、丸くなっている。
序列の王の幼い妹が廊下の向こうで手を振っていた。
「お腹すいた〜。ご飯食べよ〜」
少女の声が、廊下に響く。歴代の額縁が並ぶ静けさの中で、その声だけが金のプレートに跳ね返る。
さっきまでの重たい空気が、嘘かのように軽くなった。
「リナさんって、凄いね」
「えぇ、空気を一瞬で変えてしまいます」
「さすが、マナちゃんの妹……」
二乃が、小さく笑う。結依も、肩の力を抜く。
翼は、まだベンチに座ったまま、リナの丸い目を見ていた。
「行こっか」
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第2話 完




