第11章 「七つの矮星が降る夜に」第1話
「明後日は、大帝都劇場でのリハーサルになる」
ロゼは、整列した生徒一人一人の顔を見渡して言った。
アンダルシアの演出家の声は、いつもより低い。
低いのに、稽古場の端まで届く。
SNOW WHITE第2部まで、もう間もなくといったところまで、カウントダウンが迫っていた。
レッスン室が、劇場の寸法に置き換わる日まで指で数えられる距離まで来ている。
舞台創造科が、大道具や衣装の搬送作業で慌ただしくしていた。
森のセットが分解され、城の壁が布で包まれ、1年の手が、初めて自分より大きい箱を抱えている。
「そこ、梱包ちゃんと確認して。補強用と修繕用のパーツの不備が無いか、チェックして」
光葉が、いつも以上に慌しくしている。
舞台装置の責任者として、1年や2年の指導もしなきゃいけない。
レッスン室の2階の吹き抜けから、
現場作業を黎夏たちは見ていた。
箱が並び、光葉の声が下から上がってくる。
黎夏は、手すりに肘をついたまま眺めていた。
「明後日までに、劇場で設営を全て終わらせないといけないからな」
哪吒が、静かに説明した。
「裏方が忙しいのは、どこも一緒だな」
「王は、裏方の方にも気を配るんだな」
哪吒の言葉に、マナは少しピクッと反応した。
「あぁ、私は世界を統べる王だからな」
「ほう、言うな」
マナと哪吒の間に、少しバチバチした空気感が漂う。
それは、お互い敵意を持ったものではなかった。
どこか、子供の言い合いのような感じに見えた。
「またやってるよ」
「あの2人って、仲良くなれないの?」
八重とプラナが、肩を落とす。どちらもトップを支える身。学院のトップがこれでは、示しがつかない。
「あら、私には仲良さそうに見えますけど?」
砂月が少し笑っていた。
“喧嘩するほど仲がいい”
その言葉がマナと哪吒に似合っていると思っていた。
「明後日には、リハーサル」
「なんか今思うと、あっという間だったよな」
朱と葵は、眼下に広がる作業風景を見ながら、自分たちが初めて百合々咲に来た時を思い出していた。
あの時は、まだ桜が咲いていた。
正門の道を左右に開けられ、王の凱旋みたいに歩いた昼。
理事長の、よく分からない話もあった。
1年と一緒にランニングをしたり、レッスンしたり、この学院での思い出が、たくさん出来ていた。
その日常も、本番を終えたら終わる。
自分たちには、自分たちの学校、
そして仲間がいるのは分かってはいる。
でも、ここでの経験は、彼女たちにとっては大きなものになりつつあった。
「朱さんたちは、学校帰ったらどうするんです?」
翠月が聞いてきた。
「授業の方は、翼さんたちが授業の時に私たちもオンラインで受けてましたから。いいんですけど、受験が少々心配ですね……」
葵は、少し目を伏せていた。
高校3年生の、現実的な問題。
学校に戻ったら、一番に直面する問題。
「葵さんは、大学へ進学するんですか?」
「その予定です。神代仙華流を極める為にも、様々なことを学びたいですからね」
葵は、既に自分の進路を決めていた。
青の剣が、卒業のあとの道筋を先に見ている。
だが、双剣の片割れはそうではなかった。
朱は、耳を塞いでうずくまっていた。
赤の背中が、手すりの下で丸くなる。
丸くなったまま、明後日の劇場より先の単語を拒否する。
「えっと……朱さん?」
「聞こえない!!進学とか、大学とか、聞こえない!!」
葵は、ため息をついた。
「朱は、勉強とか嫌いですから。まず留年しないようにしてほしいです」
翠月は、それ以上聞かない。
うずくまった赤と、目を伏せた青を、
同じ手すりの高さで見ていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第1話 完




