第10章 「彩りの星が奏でる間奏曲」 第8話
二乃たちも、ひなたたちも帰宅したあと、ゼロタイムの片付けを翼は手伝っていた。
さっきまで皆で語り合ったテーブル。
なんか、ちょっとだけ遠くの過去のような感じだった。
カップの輪が、まだ木目に残っていた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
翼はテーブルを拭きながら、李梨奈を呼んだ。
「ん?」
李梨奈も振り返らずに、カウンターの中を拭く。
「お姉ちゃんの時って、どんな感じでSNOW WHITE作ってたの?」
翼たちにとって、過ぎ去りし流星たちの
SNOW WHITEは、完成された舞台しか知らない。
第1部の輝き。第2部までの伝説。
第3部が落ちた夜の話は、噂の方に残っている。
当時の練習風景は、実際のところ、
当の本人たちしか知らない。
「なんか、やりたいようにやってたな」
李梨奈が、布巾を一度止める。
止めたまま、12年分の稽古場をカウンターの奥に置く。
自由奔放なひなた。
貴公子としてみんなを引っ張っていた凛。
圧倒的なオーラのフィーア。
舞台を支配する実力の妹蘭。
個性と個性のぶつかり合いだった。
誰かが中心に立つ、というより、5つの光が同じ箱の中で互いを弾いていた。かつてのフラウ・ヒンメル(空の君)は、その真ん中で歌っていた。
「翼たちみたいに、外部の演出なんていなかった。全部、自分たちでだった」
「全部?」
「そう。全部」
本来、エンドレス・ワルツはその1年間、
学院で学んだことを発表する場。
外部の演出家を招くのは、本当に稀であった。
ロゼの席も、アンダルシアの影も、
12年前の稽古場には無い。
「演出とか、本当に大変そうだったな」
李梨奈は、どこか遠くを見ているようだった。
カウンターの布巾が、手の中で一度止まる。
止まった先に、第3部の落ちた夜があるのか、
ぶつかり合った昼があるのか、翼には見えない。
「学生だけであの舞台を?」
「学生だから、出来たとも言える」
李梨奈が、やっとこちらを向く。
誇らない。誇らないまま、
限界の外側にいられた時間を置いている。
社会の看板も、劇場の序列も、まだ5人の肩より重くなかった頃。やりたいようにが、演出の代わりをしていた頃。
「ちょっと、怖気づいた?」
「ううん。全然」
正直、それは嘘だった。百合々咲の学生たちだけでやれた舞台を、今はアンダルシアや他校の力を借りて上演しようとしている。
それは裏を返せば、
絶対に失敗できないを意味していた。
「翼たちなら、できるよ」
李梨奈の声は優しかった。
パチン、と李梨奈は照明のスイッチを全部消した。
店内の明かりが落ち、
窓の外に無数の星が輝いて見えていた。
さっきまで語り合ったテーブルが、
闇の中で輪郭だけを残す。
翼は布巾を持ったまま、空を見上げた。
「昔の私たちは、ひとりひとりが星。個性が強すぎて、自分で輝けていた。でも、本来星は1人では輝けない」
李梨奈も、星空を見上げる。
ひなたの自由も、凛の貴公子も、フィーアのオーラも、妹蘭の支配も、全部、単独の光だった。
単独の光は、第3部の手前で散った。
「翼たちは、小さくても星になれる。小さな星が集まれば、それは大きな星座になれる。私たちを超える、大きな星座に」
「……うん」
それは、姉からの言葉なのか、
先輩としての言葉なのか分からない。
分からないまま、翼は頷いた。
頷きは小さい。小さいのに、
嘘のあとの胸には、さっきより確かな重さがあった。
それでも、自分たちは舞台の上で輝ける星になれる。何故か、そう確信を持てた。
消えた照明の代わりに、
窓の外の星が、5人分の席を静かに照らしていた。
そっと、李梨奈が翼の肩に手を置き、そっと囁いた
古くから伝わるその言葉を
「剣が導く未来のために……」
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第10章 「彩りの星が奏でる間奏曲」完




