第10章 「彩りの星が奏でる間奏曲」 第7話
夕暮れのゼロタイムで、エーデルたちは一休みをしていた。
百合々咲の生徒がカウンターの向こうで笑い、
コーヒーの匂いがテーブルの端まで届く。
5人の席だけが、少しだけ稽古場の熱を残していた。
「なんだか久しぶりだね、5人でこうしてるの」
二乃がテーブルに両手で頬杖をついて、みんなを見回した。風の君の声が、ここでは軽い。
第2部の練習が始まってから、5人でいることは少なかった。
その分、矮星や下級生、舞台創造科とコミュニケーションを取れるようになったと思えばいい。
思えばいい、と二乃は自分に言い直す。
言い直しても、結依の隣にいなかった時間は戻らない。
「矮星たちが来て、自分たちの知らないことがいっぱいあった気がする」
翼が、グラスの縁を指でなぞる。
百合々咲だけでは、絶対に体験できなかった。
他の学校と交わること。他の考えを受け入れるということ。外の世界を知るということ。
序列も、双剣も、自由なアドリブも、
百合々咲の上だけでは出来なかった。
「何気に翼って、結依ちゃんと初共演だよね」
二乃が言う。
「あら、そうでしたの?」
砂月が、少し驚いたようだった。
地の君の記憶は正確なはずだった。
正確なのに、その事実だけが抜けていた。
「結依さんがいた時は、エーデルはエーデルで舞台に立つが基本だったから」
当時のエンドレス・ワルツは、立てる者、立てない者の差が今よりも激しかった。
いわゆる、選ばれた者のみ立てる舞台。
空の席が空いていた年も、
4人の輪の中は4人だけで閉じていた。
「そんなことあったね〜」
八重が、懐かしそうにつぶやく。
王子の声が、ここでは低い。
型の外に出られなかった頃の自分と、席を分けていた頃の舞台が、同じ夕暮れに重なる。
「しかし、あの時は皆が不完全だった。今思うと、全責任を結依1人に押し付けるのは間違っていたな」
哪吒は、思い出していた。結依が犯した、たった1回のミス。
それは誰しも起こり得るミスだった。
水の君は、結果が全てだと言い続けた。
言い続けた先で、空が堕ちた。
その責任から、結依は舞台を降りた。
「みんなで一緒に作っていこうって、妹蘭とか言わなかったけ?」
カウンター席に、ひなたがいた。
アイスコーヒーをくるくると回しながら、
伝説の風が、今の風のテーブルを見ている。
いつからいたのか。閉店前のゼロタイムは、
伝説を隠すには照明が明るすぎた。
「ひなたさん!?」
二乃が驚いて立ち上がる。頬杖が外れ、
椅子が小さく鳴る。
「過ぎ去りし流星って、案外いろんなところにいるのね」
砂月が、少しため息混じりに言う。
伝説の存在が、こんな近くにいていいものなのだろうか。
「伝説の〜とか言われても、私たち普通の女の子だよ」
ひなたの笑いが、D4の振付より緩い。
緩いまま、流星の名を自分で外している。
「女の子って歳じゃないだろ……」
理央が、カウンターの奥でぼそっとつぶやく。
元カノの前で、声だけは小さい。
小さいのに、届く。
「理央〜??」
ひなたが振り返る。振り返った瞬間、ゼロタイムの夕暮れが、12年分の距離を一度だけ縮めた。
「エンドレス・ワルツもそうだし、SNOW WHITEも。何でも、舞台は1人では出来ないから」
李梨奈が、紅茶のおかわりを注いでくれた。
元・フラウ・ヒンメルの手が、
今の空の席の隣でポットを傾ける。
蒸気が、5人と流星のあいだを一度だけ白くした。
「分かっているつもりです」
哪吒は、その言葉を真摯に受け止めていた。
舞台では実力が全てと思っていた自分を、
変えてくれた言葉だったから。1人で鏡を殴った夜が、ここでは遠い。
「今回のSNOW WHITEは、私たちの時とは違う。百合々咲だけでは終わらない。立風館やアカデミア、カリスティックを交えての舞台」
李梨奈の声は、誇らない。誇らないまま、
未完の自分たちと、交わる今を並べる。
「正直、羨ましいよ。私たちも、そんなSNOW WHITEやりたかったな」
ひなたが、カウンターから身を乗り出す。
羨ましいと言う。D4の振付より、
この一言の方が二乃の胸に残った。
「過ぎ去りし流星たちが、私たちの舞台羨ましがるなんて、ちょっと意外」
八重が、少し笑いながら言う。
自分たちより凄い舞台を何度も経験しているからこそ、いち発表会にすぎないSNOW WHITEを羨ましがるなんて思わなかった。
「あの流星が羨ましがる舞台。それもそれで、伝説になりそうですわね」
砂月が紅茶を啜る。啜る前に、口元が少しだけ緩んでいた。緩んだ笑顔を、誰も完璧とは呼ばない。
呼ばなくても、夕暮れのゼロタイムでは、それで足りていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第7話
完




