第10章 「彩りの星が奏でる間奏曲」 第5話
黎夏と翠月は、駅前に来ていた。
駅前の小さなステージに、人だかりができていた。
アイドルグループ『1.5』のライブだった。
スピーカーの音が、改札のアナウンスより先に届く。
少し離れた駅のコンコースから、そのライブを2人、手すりにもたれかかって見ていた。
去年、ハイスクールアイドルフェスで頂点を競い合ったグループは、ハイスクールアイドルではなくなった今も、アイドルとして形を変えて存在し続けている。制服の枠を降りても、氷結の女王たちは鈍らない。
「楓ちゃんたち、やっぱりキレキレだね」
「トップなんだから、そりゃそうよ」
「そろそろ、帰ろっか」
黎夏が歩き出そうとした途端。
ドカッ。
「うぁ」
人とぶつかった。
黎夏が、コンコースの床に膝をつく。
「何やってるの?ごめんなさい」
翠月が、すぐに謝罪に入る。
転んだ相方より先に相手の手を見る。
「いやいや、前見てなかった私も悪いし」
ぶつかった女性が、立ち上がる。
帽子から溢れる赤い短い髪。
なんとなく見覚えがあった。
「へ?」
女性の顔を見て、黎夏が変な声を出した。
「凛お姉ちゃん?」
「え?」
その言葉に、翠月も女性の顔を見た。
火野凛。
過ぎ去りし流星たち、元フラウ・フォイヤー。
ヘビーアームズサーカス団のリングマスター。
そして、黎夏と翠月を育てた人でもある。
アカデミアの自由を教える前に、2人の背中を押した火。貴公子と呼ばれた人が、駅のコンコースで紙袋を持ち直している。
「ん?もしかして、黎夏と翠月??」
凛に、笑顔が溢れた。
帰り道、3人の影が重なって歩いていた。
駅前のライブの残響が、まだ遠くで鳴っている。『1.5』の照明はもう見えない。見えないまま、同じ歩道の上に並ぶ。
「そっか、2人とも元気してたんだね」
かつて百合々咲のトップだった少女。
そして今は、世界的サーカス団のリングマスター。
舞台の上では貴公子と呼ばれ、
団の輪では火を振る人。
そんな彼女でも、2人の前では1人の姉のような雰囲気になっていた。
「凛お姉ちゃんも、元気そうで良かったよ」
黎夏は、嬉しさを隠せずにいた。
太陽は、昔の火の前ではまだ妹の温度に戻る。
「近いうち、またうちに来てください。父も母も喜びます」
「そう?でも、今の子たち、私のこと知らないだろ」
凛が、たちばな園にいたのはもう10年も前のこと。
ほとんどの子供たちは施設を出て、新しい家族のもとで生活したり、自立している者もいる。
残った子たちの記憶に、赤い髪の姉はもういないかもしれない。
「また遊びに来てよ。この前、りんねお姉ちゃんも来てくれたし」
黎夏が前を向いたまま言う。
「あの子、カリスティックに入学したって言ってました」
翠月が続ける。序列の学校。王のいる城。
園を出た子が、白い宮殿の制服を着たという話。
「あの子が、カリスティック??へぇ、私も会いたいな」
凛が笑う。笑いの奥で、10年前に背中を押した子たちが、同じ舞台に立つ者として自分の背中を追っている。それが嬉しく感じた。
「なあ、黎夏、翠月。アイドルや舞台、楽しんでるか?」
今までの質問とは、温度が違った。
園の近況でも、10年前の記憶でもない。リングマスターの声が、歩道の上で一度だけ指導者に戻る。
それでも、黎夏も翠月も、答えは決まっている。
「楽しいよ!」
「楽しいです」
2人には、これ以外の答えはない。
2人でアカデミアに入ると決めた日から、
2人の考えは一緒だった。
「そうだよな」
凛は笑う。昔、まだ子供だった子たちが大きく成長しているのを、実感したから。
「なら、全力で楽しめ。失敗してもいい。人生なんて、楽しんだもん勝ちだからな」
凛は笑顔で言った。この言葉が、今の彼女たちに送れる姉としての言葉だと思えたから。
越えろ、とは言わない。
序列も、流星も、ここでは置かない。
園を出た火が渡せるのは、楽しむ許可だけだった。
「うん!」
「はい!」
2人は、笑顔で返した。
すると、凛は2人の頭を撫でた。
昔、こうして子供たちの頭をよく撫でた。
園の夕方、帰りの列、
背が自分の腰にも届かなかった頃の手。
今は、撫でるために少し腕を上げる。
(ほんと、大きくなったな……)
身長や体型は大きく変わったが、
温度だけが昔のまま残っている。
「じゃあ、SNOW WHITE楽しみにしてるから!」
そう言い残すと、二手に分かれた道の片方へ走り去っていった。
しばらく、沈む夕日に消えていく背中を見送っていた。黎夏は手を振らない。
振らなくても、聞こえていると思っている。
翠月は、撫でられた髪を直さない。
直すと、姉の温度が先に落ちる。
「帰ろっか」
「うん」
「翠月、アイスでも買って帰る?」
「黎夏の奢りならいいよ」
「けち」
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第5話 完




