第10章 「彩りの星が奏でる間奏曲」 第1話
ある日の午後。その日のゼロタイムは、
珍しく客足が落ち着いていた。
普段なら地元の人や百合々咲の生徒が溢れる時間帯。
でも、今日はゼロタイムに客はいなかった。
普段は忙しくしている李梨奈も、
カウンターで大帝都歌劇団の入団試験の台本を読んでいた。
住み込みのバイトと、舞台へ戻る準備が、同じエプロンの内側にある。
ページをめくる指は、接客の合間を正確に測っていた。
ガラン、とドアが開く。
「いらっしゃいませー」
「りーちゃん、やっほー」
明るい声が、店内に響いた。
二柳ひなた。過ぎ去りし流星たちのひとり、かつてのフラウ・ヴィンド(風の君)だった。
年柄年中この格好。
スポーツウェアにスニーカーの格好のまま、
風のように入ってくる。
「あれ、理央いないの?」
「理央くんは、今日はお休み」
「えぇー。次会ったら焼肉奢らせるつもりだったのに」
理央はひなたの元彼だった。12年前、翼たちと過ぎ去りし流星の舞台を一緒に見に行った不良の青年。
振ったのか振られたのか、
本人たちも覚えていない関係。
「今、理央くんと付き合ってるんだっけ?」
「うーん、ヨリまだ戻してないからな〜」
ひなたはカウンターに肘をつき、笑った。
戻していない、と言える距離。
切れていない、とも言える距離。ひなたは、どちらでもない場所に軽く座っていた。
再び、ドアが開く。
「ひなたさんの声、外まで聞こえますよ」
「ここがゼロタイムか……何気に、初めて来たかも」
「意外と綺麗な店なのね」
そこには、かつての火、地、水の称号を持った者たちがいた。
火野凛。フィーア・ウィナー。始妹蘭。
過ぎ去りし流星たちの残り3人。
風が先に入った店へ、火と地と水が揃って足を踏み入れる。午後の静かな喫茶が、一瞬で12年前の学院に戻った。
「いらっしゃい」
「ここって、李梨奈の彼氏の家だっけ?」
フィーアの世界的モデルの声は軽かった。
住み込み、エプロン、幼馴染の店。
地の君だった女は、仮面の裏側を見るのが早い。
「いやいや、旦那の家」
元・フラウ・フォイヤー(火の君)は、訂正するふりをして火を大きくする。
「ちょ、違う!!まだ結婚してないし、付き合ってもないし……」
李梨奈が必死に否定する。耳まで赤い。
翼の姉として戻ってきた女が、流星の輪の前ではまだ12年前のまま否定する。
「でも、りーちゃん。アパート借りるでもなく、この家に転がり込んでるから、意外とやるね」
ひなたが場を賑やかす様に笑う。
焼肉の約束より、こちらの話の方が楽しそうだった。
「違うって!」
李梨奈は必死に否定する。
妹蘭が、カウンターに置かれた台本に目をやった。
そこには大帝都歌劇団 入団試験の台本が置かれていた。花組のトップは決して見逃さなかった。
「どうですか。入団試験の試験内容は」
妹蘭が静かに聞く。
かつての盟友が、今は受け入れる側の目で問う。
「やっぱ難しいよ。さすが、アジア最高峰の歌劇団」
李梨奈が肩をすくめる。
今まで経験したことのないものが台本の中に溢れていた。
凛が台本を手に取り、見る。
「うわー、これ名作の古典から引用されてんの?これ、解釈が人によってめっちゃ分かれるやつじゃん」
凛は、難しい場所を正確に指差す。
こういう回りくどいのは正直苦手。
「あー、あたし無理」
覗き見たひなたが、すぐに目を背ける。
「確かに、こういうのは昔から妹蘭が得意だったもんね」
「みんな、何か飲む?」
李梨奈がカウンターに入り、注文の準備を行う。
否定の熱が、接客の動作で少し下がる。
「そう言えば、旦那、どっか出かけてるの?」
ひなたが何気なく聞く。
「怜人は、買い出しにいってるよ」
「りーちゃん、旦那って言葉、今否定しなかったよ」
ひなたたちが、クスクス笑う。凛が肩を揺らし、
フィーアが口元を押さえ、妹蘭だけやれやれといった感じだった。しかし、口の端は緩んでいた。
「ひなた!!」
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第1話 完




