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SNOW WHITE INTERLUDE -白雪姫と七つの矮星-  作者: 二ノ宮純
第9章 「交わる星は星座となる」
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第9章 「交わる星は星座となる」 第8話

侑樹に残された時間は、少なかった。


3日のうち、1日目は言葉に詰まった。

「ピカッていうか、ドーンみたいな」が先に落ちて、光葉たちが翻訳した日。


演出席は責任の席で、

言語はまだ追いついていなかった。


二日目は角度を変え、ゴルドの過去をリナに渡した。


完成された王では出せない未熟さを、

子ども側の声に預けた日。


ロゼなら置かない指定が、

赤尾侑樹の言葉で役に届いた。


ロゼの戻る前に、5幕を「形」にしなければならない。


3日目のレッスン室は、昨日より静かに動いていた。

光葉の翻訳が減り、侑樹の指が先に図面を示す。


「半拍遅れ」「止める」「追わない」。擬音の前に、

位置が落ちるようになっていた。


エーデルの癖も、矮星の幅も、1年が死なない動線も、消し跡の多い紙の上で1本に寄っていく。


翼がぶつかる場所は半歩ずれ、朱と葵の剣は輪の外で収まり、リナの過去は森の手前で止まった。


完璧ではない。

ロゼの一語には、まだ届かない。


それでも幕は、未完の伝説の写しではなく、今いる人間の歩幅で前へ進んでいた。


過ぎ去りし流星の残光をなぞる作業ではない。

矮星がいる今の5幕を、3日で起こす作業だった。


残された時間の少なさより、積み上がった頁の厚みの方が、演出席の手元に残っていた。


バインダーの端が汚れ、キューの欄に自分の字が増える。


補佐のメモではなく、責任者の跡。


「とりあえず……形にはなった……」


まだ荒削りの部分はある。

感情の芯、転換の五秒、1年の足。ロゼが見れば、

必ず切り捨てる場所がある。


それでも、とりあえず形にはなった。


空席の演出席に、3日分の拙さと、3日分の幕が置かれていた。


戻ってくる男に渡すのは、完成ではない。

今いる人間で立てた、5幕の骨だった。



「お疲れ様です、侑樹さん」


葵が、ペットボトルのお茶を差し出しながら言ってきた。


「ありがとう、葵さん」


しかし、まだ完璧ではない。

これをロゼに見せていいのだろうか。


形になった、と自分で言った直後に、同じ手が迷う。


切り捨てられる場所が見えているのに、

渡す側が先に折れる。


「あとは、私たちが」


「え?」


「侑樹の演出は、全部覚えてるから。私たちで完成に近づけます」


結依は昔から、演出の意図を一発で理解し、

行動できるタイプだった。


空の君だった頃も、今の立風館の結依も、

言葉の足りない場所を身体で先に読む。


3日間の拙い指定を、すでに役者の側で保存している。


「結依たちが覚えてても、1年や2年の子たちは、まだ動きを見せながらやらないと……」


侑樹の心配は正しい。

エーデルと矮星だけでは、幕は持ても、

学院の床は持たない。


「大丈夫ですよ。砂月さん、翠月さん、プラナさん」


そう呼ばれた3人の手の中には、スマホがあった。


画面が並ぶ。上手、下手、客席側、転換の死角。


練習のたびに、誰かが撮っていたことに、

演出席は今気づく。


「いろんな角度から、舞台を撮ってますわ」


砂月の声は優雅で、作業は実務だった。

地の君は、完璧の呪いを降りたあとも、

記録だけは正確に残す。


「これで死角無しです」


翠月が短く言う。

アイドルでも彼女は、動画の大切さを誰よりも知っている。


「2.5の舞台なら、これくらい普通だしね」


プラナが肩をすくめる。

カリスティックの副は、王の内側も、幕の外側も、

同じように補助する。


侑樹はペットボトルを握ったまま、

3人の画面を見た。


ロゼに渡す骨に、現場が肉を足し始めていた。



ロンドンでは、ロゼが日本に戻る準備をしていた。


トランクに荷物を詰める。


「ユリンのお墓は、行かなくてよかったの?」


椅子にもたれかかりながら、

茶髪の少女は聞いてきた。


声は軽くない。責めてもいない。

行かない選択を、確認しているだけだった。


「俺が行く場所じゃない。あいつが行けば十分だろ」


ロゼは手を止めることなく答えた。

墓前に立つのは自分自身ではなかった。


「ユリンは、何やってるんだ?」


「いつものとこだよ」


「……バーガーショップか」


「ここ最近、ずっとね。ま、毎年、厄祭の日が近づくと行きがちではあるけど」


厄祭の日。


ロンドンに生きる者は誰しも忘れることが出来ない日。


近づくと、あの子は豪華な食堂を捨てて、

安い肉の匂いの方へ戻る。


「太るぞ、あいつ」


「ロゼ〜。女の子に太るって言ったらダメだよ?」


茶髪の少女が眉を寄せる。


「だったら、まともな飯食えって言っとけ。あんなスラム街に住んでて、ロクなもん食ってないだろうし」


ロゼの言葉は、心配を形にしていない。


扉をノックする音が響いた。


トランクの留め金が閉じた直後の、別のリズム。

ロンドンの部屋に、歌劇団の人間が来る音だった。


振り返ると、メガネの青年が立っていた。


「何しにきた?」


「ペーネを呼びにきたんだ」


するとメガネの青年は、

茶髪の少女——ペーネの方を向いた。


「ユリンが帰って来てないみたいなんだ。いつもの公園だろうから、迎え行ってきてくれないか?」


バーガーのあとの公園。決まった場所。


「仕方ないな〜」


そう言い残すと、ペーネは足早に部屋から出ていった。


ロゼを置いて、先に街へ溶ける。


残されたのは、日本へ向かう男と、

眼鏡を直す青年だけだった。


「日本に戻るんだろ」


「あぁ。向こうのやつらに任せた舞台が、形になってるか見なきゃだしな」


3日間の空席。赤尾に渡した5幕。


骨になっているか、折れているか。

見るのは演出家の仕事だ。


青年はメガネの位置を、クイっと正した。


「僕も、見に行っていいかな?」


「はぁ??」




これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……



世界を知る物語である。


第8話 完

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