第9章 「交わる星は星座となる」 第7話
2日目は、少し違う角度から演出をしてみることにした。
エーデルたちの癖は、把握している。
翼は物語へ足が出る。二乃は風のように間を埋める。八重は型を守ったあとに初めて揺れる。
砂月は笑えるようになってから絵が温かい。
哪吒は1人の強さのまま、輪に合わせ始めている。
そしてこの数週間で、矮星たちの動きも大体分かってきた。
朱と葵の剣は幅を食う。黎夏はアドリブの前に光る。プラナは止まると絵になる。結依は空を知っているから、待つことができる。
マナのゴルドは、完成された王だ。欠けていない。欠けていないから、過去の未熟さが出ない。
「マナさん。次のゴルドのシーンは、リナさんでやってもらっていいですか?」
レッスン室が、一度だけ薄くなる。
「な?」
侑樹の指示に、マナが驚愕する。
王の名で呼ばれ、別の名を舞台に出せと言われた。
ゼロタイムでバレた夜から、まだ1日しか経っていない。
「このシーンは、ゴルドの過去です。まだ森に来る前ですので、リナさんの方が合ってるかと……」
補佐の言葉ではない。
昨日、言葉に詰まっても見えていた絵を、
今日は役の内側まで指定している。
マナは少し目を伏せた。
そして再び、侑樹を見た。
王の眼光に、侑樹がビクッとなる。
バインダーの端が指に食い込む。
3日間の責任者が、カリスティックの王の圧に射抜かれる。
すると、鋭い眼光が柔らかくなり——
「いいよ!リナは、どんな感じにやればいい??」
声の高さが落ちる。赤い瞳が丸い。
マナが許可を出した直後に、
リナが席を受け取った。
「ありがとうございます!」
侑樹の声が、安堵で少し裏返る。
2日目の五幕は、完成された王ではなく、
森に来る前の子どもから始まった。
「まさか、ゴールドエーカーさんが二重人格でしたとは…」
砂月が呟いた。
控える場所でも、舞台袖でもない。
レッスンの合間、水を飲む輪の端で、
事実が静かに言葉になる。
昨日のゼロタイム。抱きついた声。
今日、ゴルドの過去をリナが受け取った瞬間。
気高き君たちの間で、王の内側がようやく名前を持った。
「そう考えると、色々合点がいくよ」
八重が言った。
百合々咲の王子の声は、責めていない。
分析している。
「八重ちゃん、どういうこと?」
二乃が聞く。
「マリナ・ゴールドエーカーは、どんな役でも完璧にこなす。本来そんなことは、天才役者であっても不可能」
1つの身体が、1つの呼吸で、
全ての役の頂点に立つことはない。
欠ける場所がある。好きな役と、
届かない役がある。それが人間だ。
「奴は2人で1人。お互いを支え合っているからこそ、完璧なのだろう」
哪吒の声は低い。
水の君は、負けた相手を分析するとき、
感情より構造を置く。
マナが王を演じ、リナが子どもを生きる。
完成と未熟が、同じ体で役割を分けている。
だから穴が見えない。
だから、どの役も「1人分」に見えない。
「哪吒が負けた理由も、納得だね」
八重が言う。
大帝都のオーディション。黄金の輝き。
10歳の哪吒が折った刃の先にいたのは、
1人の天才ではなかったのかもしれない。
「……かもな」
哪吒は否定しなかった。
認めれば、あの日の敗北が軽くなるわけではない。
ただ、敵の形が、ようやく2人分の輪郭になった。
「リナちゃんってダンス好き?一緒にD4の曲踊って、SNS投稿しようよ!!」
黎夏が言うのを、翠月が全力で止める。
「ダメ!!リナさんのこと知ってるの、私たちだけなんだから。投稿なんてダメに決まってるでしょ」
アカデミアの太陽が先に走り、
翡翠が首根っこを掴む。
ライブの延長で世界へ出すことと、王の内側を出すことは、黎夏の中ではまだ同じ「楽しさ」だった。
「なら、私と一緒に筋トレとかどうだ?」
朱は、カメラより身体を勧める。
「面白そう!!ダンスも筋トレも、全部やりたい!!」
リナの子どもらしい声が響いた。
今までずっと我慢してきたからこそ、
今みんなとこうやって話せているのが嬉しいようだ。
「リナさんって、面白い子ですね」
結依が呟いた。
「可愛らしいですし。ここに来て、新しい仲間ができましたね、結依」
葵の言葉に、結依は力強く頷いた。
マナは意識の中でただ見ていた。
ただ、子どもが笑う声を、今日は静かに見ていた。
リナが、カリスティックの仲間以外の人、
そして自身の家族以外の人と仲良くしていて、
笑顔でいるのが、何より嬉しかった。
黎夏の無茶を止められる輪。朱の筋トレ。
結依の静かな受容。翼の「リナさん」。
序列の外で、子どもが名前のまま笑っている。
リナが死んだ日。
プラナだって、1日たりとも忘れたことはない。
マナの体で再開できた、あの日も。
銀髪の理解者は、王の完成を支える者ではなかった。
消えた声が、同じ体の内側で再び口を開いた瞬間を、最初に聞いた人間だった。
だからプラナは、リナが輪に混ざるのを止めない。
生きている側の証明だから。
「プラナ〜、手伝って〜」
リナが呼ぶ。
王ではなく、昔からの親友が、
一番近くにいる名前を呼ぶ。
「うん!今行く!」
プラナの返事は、序列ではない。
あの日を知っている者の、当たり前の返事だった。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第7話 完




