第9章 「交わる星は星座となる」 第5話
1日目が終わった。
頭の、普段使わないところを使ったからか、
侑樹はどっと疲れた気がした。
見ることは、以前からできた。
補佐として、ロゼの言葉を現場へ流すこともできた。
今日は違った。自分の目を、自分の言葉で、
全員の身体に渡す1日だった。
とりあえず、今日のノルマと思っていたところまでは、ギリギリ達成できた。
バインダーの端に、消し跡の多い30ページ。
動線は残った。完成は、まだ遠い。
「疲れたー」
侑樹は演出席で突っ伏せていた。
額を台につけ、腕の中に顔を埋める。
演出家の椅子が、急にただの椅子に戻る。
「ゆっきー、大丈夫?」
二乃が顔を覗き込んできた。
風の君の声は軽い。心配だけは、ちゃんと届く。
黎夏が侑樹のポニーテールをいじっても、
反応がなかった。
アカデミアの指が髪をくるくる巻く。
普段なら跳ねる肩が、今日は動かない。
「……甘いもの、飲みたい」
か細い声。
「甘いもの??」
「今日は、カフェテラスはお休みの日ですわ」
砂月が言う。
学院の午後は、もう灯を落とす時間だった。
「じゃあさ、侑樹、うち来る?」
翼が口を開いた。
翼の家。
喫茶店、ゼロタイム。
レッスン室の蛍光灯とは違う、カウンターの灯。
兄の淹れる甘いもの。店のベル。日常の側にある救済。
「確か、甘い飲み物とかあったはずだし」
「……行く」
返事は短かった。
それでも、顔を上げないままの「行く」は、
1日目を生き延びた人間の声だった。
すると、
「いきたい!いきたい!」
朱と黎夏が声をあげてきた。
立風館の双剣の片方と、アカデミアの太陽。
誘いに乗る速さは、役も序列も関係なかった。
「みんなで行こっか。マリナさんたちは……」
翼がマリナの方を見る。
腕組みしながら、翼たちを見ていた。
いや、腕組みではなかった。
必死に、腕を押さえつけていた。
王の静止に、内側から別の力がぶつかっている。
多分、リナが出て来かけている。
それを、必死に抑えていた。
よく見ると、口もどこか何か言いたげにしている。
なのに、必死に閉じている感じだった。
甘いもの。お店。みんなで行く、という単語が、
リナにはそのまま遊びだった。
マナには、王の顔を崩す音だった。
「行きます?」
翼が聞くと、マリナは無言で頷いた。
短い。許可でも、降伏でもない。
抑えきれない方を、外へ出すための頷きだった。
朱が「よっしゃ」と拳を合わせ、
黎夏がすでに袋を持つ準備をしている。
翠月とプラナが小さく息を吐き、
結依や葵が微笑む。
演出1日目の終わりに、カリスティックの王も、
ゼロタイムへ向かうことになった。
リナが喜びそうな灯と、マナが黙って守る輪郭が、同じ身体の中で並んでいた。
夕暮れの住宅街を、翼たちは歩いていた。
学院の門を出て、坂を下り、
店の灯が点き始める時間。
制服の影が長く伸び、1日目の稽古の熱が、
少しずつ足元から抜けていく。
先頭の方では、黎夏と朱が鼻歌を歌いながら歩いていた。
音程は揃っていない。それでも、
輪の一番前を走るには十分だった。
翠月がため息混じりに止めようとして、
結局ついていく。
「リナさんも、あの中に入りたいんじゃないですか?」
翼が、そっとマリナに耳打ちする。
王の横顔は、夕陽を受けても崩れない。
崩れないまま、袖の中で指が一度、強く握られた。
「入りたい……」
声色は、マナじゃなくてリナだった。
短い。欲しい、という子どもの声。
鼻歌の列に、今すぐ飛び込みたい声。
「まだ、あなた以外、リナのことを言っていない」
声はすぐにマナに戻った。
切り替わりは速い。
速いほど、隠し続けている時間が長いのが分かる。
「何か、言いたくない理由、あるんですか?」
「……」
マナが黙った。
序列の頂点に立つ者が、説明を持っていない沈黙。
「言うタイミング、逃してるだけだよ」
プラナが口を開いた。
銀髪が風に揺れ、カリスティックの王の右腕——
いや、一番近くにいる理解者が、事実だけを置く。
「翼ちゃんに言った日から、少なくともエーデルや矮星に言おうとしてたみたいだけど、言うタイミング、毎回逃してズルズル引きずってるの」
リナはもう、翼の前には出ている。
なのに輪の正式な席には、まだ座っていない。
先頭で黎夏が振り返り、「遅ーい!」と手を振る。
マリナは答えず、歩幅だけをひとつ合わせた。
ゼロタイムの看板が、
通りの向こうに見え始めていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第5話
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