第9章 「交わる星は星座となる」 第4話
翌日、みんなの前に侑樹が立っていた。
大レッスン室。いつもの稽古が始まる前の空気。
ロゼのいない演出席に、2年の赤尾侑樹が立っている。
「今日から3日で、5幕を仕上げます。俳優育成科の皆さん、舞台創造科の皆さん。私の指示に従って動くようにお願いいたします」
昨日まで補佐だった人間の声だということは、
誰の耳にも分かった。
ロゼがいないこの3日の間、
この舞台の責任者として皆をまとめる。
「矮星の皆さんも、お願いします」
視線を七つの席へ向ける。
マリナは余裕の表情で応えた。
カリスティックの王の頷きは、短い。
それで十分だった。
黎夏は親指を立てて、笑顔で応えた。
「了解〜!」
アカデミアの明るさが、緊張の輪を一度ほどく。
「私たちも協力するよ」
結依がそう言った。
朱と葵が肩を並べて立ち、
プラナが腕を組んだまま小さく顎を引く。
翠月が黎夏の袖を一度引き、姿勢を正させる。
侑樹は目を瞑り、深呼吸した。
手本はない。
あるのは、今ここにいる人間だけだ。
「それでは皆さん、台本を開いてください。ひとつひとつ、説明していきます」
ページがめくれる音が、レッスン室に広がる。
3日間の5幕が、赤尾侑樹の声で始まった。
皆、侑樹の言葉の通り動いていた。
それでも、ところどころ抽象的になってしまう。
「もっと、こう動いて」
手は動く。意図はある。
なのに言葉が、途中で形を失う。
「ここで、ピカッていうか、ドーンみたいな」
照明のキューでも、感情の頂点でも、
転換の拍でもない。
全部を一緒に掴もうとして、
先に擬音だけが落ちる。
侑樹は演出能力はある。
見えている。必要な間も、いらない動きも、
舞台のどこが死ぬかも。
ただ、それを言語化するのが少し苦手だった。
ロゼは言語化がすごく上手かった。
今何が必要で、何が不必要か。
一拍で切り、一語で置く。役者の身体が迷う前に、言葉が先に床へ落ちていた。
侑樹は、ロゼのようにはできない。
それでも、必死に伝えようとしていた。
バインダーを抱え直し、同じ場所を何度も指差す。
「違う、もっと——」の先が、喉で止まる。
1年が顔を見合わせ、エーデルが呼吸を待つ。
矮星の視線が、静かに演出席へ向く。
「今、侑樹が言ったのは……」
伝わっていないと思った時は、光葉たちが言葉を紡いでくれた。
「——ここは暗転を待たず、白雪姫の視線が先。照明は半拍遅れで追う」
「ドーンは音じゃなくて、ゴルドが止まること。止まった絵が衝撃」
「1年は動かない。動くのは下手2の朱さんたちだけ」
光葉の声が翻訳になる。
瑠々が図面を掲げ、華が衣装の裾で軌道を示す。
言葉の足りない場所を、
創造科の仲間が支えてくれた。
舞台は、エーデルや矮星たちが動かしていた。
指示の芯は侑樹の目にある。
身体にするのは、頂点に立つ者たちと、
外から来た七つの星たちだった。
裏方は、光葉たちが伝えてくれていた。
「今のキュー、半拍前」
「転換は1年を走らせない。2年が持つ」
「音はドスンじゃなく、止める」
言葉の足りない場所を、創造科が現場語に変える。
演出席と床のあいだに、翻訳の列ができていた。
「みんな、ごめん」
侑樹の声が、小さく落ちる。
ロゼなら一言で済む場所を、何周もして、
まだ届ききっていない。
「大丈夫。侑樹は演出に集中して」
翼が言った。
白雪姫の役を置いたままの声ではない。
同じ舞台を創る仲間としての声だった。
謝る時間より、次の絵を見ていてほしい、
という距離。
「あぁ。ロゼさんにできない、お前だけの演出やってみろ」
哪吒が力強く言ってくれた。
フラウ・ヴァッサーの言葉は、いつも短い。
短いからこそ、許可に近い。
侑樹は一度だけ目を伏せ、それから顔を上げた。
「……次、31ページ。ゴルドが輪の外で止まる。白雪姫は追わない。待つ」
今度は、擬音の前に位置が落ちた。
舞台が動き、裏方が支える。
3日間の5幕は、1人の完成ではなく、
足りない言葉を渡し合うことで前へ進んでいた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第4話
完




