第9章 「交わる星は星座となる」 第2話
「侑樹、ロゼさんから演出任されたんだ」
翼が紅茶を飲みながら言う。
カフェテラスの午後。風が木漏れ日を揺らす。
稽古場の緊張が、ここでは少しだけ薄まる時間だった。
カップの湯気が細く立ち、遠くで1年生の笑い声がする。
それでも「任された」の文字だけは、茶葉の香りより先にテーブルへ落ちた。
「SNOW WHITEの1幕、丸々だから大変だって」
二乃の声が、カップの縁に当たる。
フラウ・ヴィンドの明るさの奥で、
学科棟へ消えた空席を覚えている声だった。
「ねぇねぇ、1幕丸々って、そんなに大変なの?」
黎夏が身を乗り出して聞いてきた。
アカデミアの目が、純粋に大きい。
ライブの1曲と、物語の1幕が、同じ「パート」に見えている。
翠月が、すぐ横から答える。
「あのね。私たちのD4のMVとかPVと、訳が違うんだよ?」
カメラは救う。編集は隠す。
舞台の1幕は、暗転まで誰の呼吸も切れない。
「途中で『もう一回』が、お客さんの前では言えないから」
黎夏は「そっか」と小さく頷いた。
分かった顔と、まだ測りきれない顔が重なる。
「侑樹ちゃんって、大事な一幕任せられるほどすごい人なんだね」
プラナが言った。
カリスティックの序列の目が、初めて裏方を「上」として置いている。
役者の頂点に近い場所から見た、演出という別の強さ。
「うん。ゆっきーは、すごい演出家になる子だもん」
二乃が、今度は笑って言った。
空席を責める言葉ではなく、待つ言葉。
翼も小さく頷く。
白雪姫の役の隣で、舞台を支える人間の名前が、
ちゃんと輪の中に残っていた。
カフェテラスの午後は穏やかだった。
その穏やかさの外側で、5幕は、
今も学科棟の机の上で1人分の責任になっていた。
侑樹は創造科棟の一室で、悩んでいた。
机の上に、30ページ目からの5幕。
メモは増えるのに、線は決まらない。
ペン先が止まっては、また同じ行に戻る。
どうやって演出すればいいんだろう。
第1部も含め、ほとんどはロゼの演出だった。
侑樹はあくまで補佐という立場。
指示を訳し、現場を回し、穴を埋める。
それが自分の仕事だと思っていた。
「自分ならどう演出する?」
「演出プランを持ってこい」と言われたことはある。
だが、ほとんどの場合、ロゼの手本があったからできたようなものだった。
正解の隣で考えることと、正解のない部屋で一幕を置くことは、似ていなかった。
過ぎ去りし流星たちのSNOW WHITEの時は、
舞台創造科の生徒がいちから演出したと聞いている。
自分と同じ生徒が、あの伝説の舞台を作った。
いまだに、信じられずにいた。
当時の名前も、残された図面の端も、
資料室で見たことはある。
それでも「学生」だとは、どうしても思えなかった。
窓の外で、カフェテラスの笑い声が遠い。
みんな、自分の名前を優しい場所で呼んでいる。
こちらは、幕の責任だけが机に座っている。
侑樹はバインダーを閉じず、額に手を当てた。
ロゼは席を外した。
手本は、3日間、ここにはない。
伝説の生徒たちが置いていった道と、
今の自分の空白が、同じ紙の上で重なっていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第2話 完




