第8章 「黄金宿りし気高き王」 第9話
マリナの演じる「ゴルド」。
貴族出身の小人。
七人の小人の中で、一番裕福な生活をしていた。
屋敷の灯。銀器の重さ。名前で通る世界。
生まれたときから、失うものを知らなかった側の人間だった。
某国の革命により、すべてを失った。
称号も、財産も、昨日まで当然だった朝の紅茶も。
逃げ延びた先に残ったのは、血ではなく、残されたプライドだけだった。
そして行き着いた先が、
今住んでいる小人たちの家であった。
狭い食卓。分け合うパン。
名前より先に仕事が来る場所。
ゴルドにとってそこは、落ちた先であり、
生き直す場所でもあった。
貴族出身のため、プライドは高かった。
しかし、誰よりも周りを見ていた。
誰よりも物事を冷静に考えていた。
失った者だけが持つ視線。
自分が一番ではないと知った者だけが持てる距離。
7 人の中で、声は大きくない。
それでも場が乱れそうなとき、
最初に全体を測るのはゴルドだった。
カリスティックの王がこの役を選ばれた理由が、
台本の行間に静かにあった。
裕福だった過去と、すべてを失った現在。
高く残ったプライドと、誰よりも冷めた観察眼。
マリナ——マナとリナを1人に縫った少女が、
「ゴルド」という名で、もう1つの落ち方を演じようとしていた。
翼が台本を読んでいるところに、
マリナがやって来た。
レッスン室の隅。他の声が遠い場所。
ページの端を指で押さえていると、
影がひとつ落ちる。
「飛彩。少しいいか?」
「はい?」
マリナが翼の横に座った。
カリスティックの王の座り方は、
いつも完成されている。
膝の揃え方、背筋、視線の高さ。
なのに今日は、その完成が少しだけ重い。
「皆と話すには、どうしたらいいと思う?」
「え?」
台本の文字が、一瞬、意味を失う。
ゴルドの役なら分かる。輪に入れない貴族。
でも今、聞いているのは役ではなく、マリナ自身だった。
序列の頂点に立つ者が、並ぶ方法を訊いている。
リナなら飛びつく。マナは距離を取る。
そのあいだで、王は言葉を持っていなかった。
翼は台本を膝の上で閉じた。
「……うまく、答えられないかも」
「それでもいい。あなたは、昨日、輪の中にいた」
庭園のケーキ。ハナの声。写真に残った横顔。
あの1日を、マリナは「親睦」として持ち帰っている。
翼は少し考え、それから短く言った。
「みんなと話してたら、自然と輪に入れるんじゃないですかね?」
翼の声は、答えというより提案だった。
上手い挨拶も、完成された距離もいらない。
「自然と……」
マリナがその言葉を繰り返す。
カリスティックでは序列が先に来る。
百合々咲の「自然」は、彼女にとって外国語に近かった。
翼は台本を持ち上げ、周りに声をかけた。
「みなさん。マリナさんとセリフ合わせやるんですけど、白雪姫とゴルド以外のセリフ、代役やってくれる方いますか?」
皆、少し顔を合わせたりした。
自分なんかが代役をやっても——
カリスティックの王の相手をするのは、
エーデルでも気が重い。1年なら尚更だ。
その中、
「あ、あの……私、やります!」
手を挙げたのは、1年生だった。
声は震えている。それでも指は下がらない。
入学して数週間。負担の大きい舞台の端で、
それでも1歩を出した。
マリナが近づく。
「頼めるか?」
「はい!」
短い問いに、短い返事。
王の声は低くても、拒絶ではなかった。
すると、「私もやります」「私も」と手が上がっていった。
1人が輪を開くと、次が続く。
代役は役割であって、序列ではなかった。
翼は、その光景を横目で見ながら小さく言った。
「マナさんって、やっぱり王様なんですね。自然と人、惹きつけてますもん」
マリナは1年生たちの顔を見て、短く息を吐いた。
「そうかもな……」
ゴルドは輪の外にいた。
演じる王は、今、輪の入り口に立っていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第8章 「黄金宿りし気高き王」 完




