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SNOW WHITE INTERLUDE -白雪姫と七つの矮星-  作者: 二ノ宮純
第8章 「黄金宿りし気高き王」
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第8章 「黄金宿りし気高き王」 第6話

リムジンの中は、翼の想像以上だった。


足元まで沈む絨毯。低い照明。


外の喧騒を完全に遮断する静けさ。


マリナは、乗り慣れているかのように足を組んでいた。


白いジャケットの裾が整い、

窓の外を流れる景色を見ている。


休日の私服でも、ここが自分の移動手段だと身体が知っている。


しばらくすると、白い屋敷が見えてきた。


門の先に広がる庭。長い車寄せ。陽光を返す壁面。

迎賓館か、小さな城に近かった。


「まさか、あれが……」


「私の家。ゴールドエーカー家よ」


短い紹介。

自慢でも、遠慮でもない。事実を置くだけだった。


リムジンが止まると、屋敷の中から、庭から、

多くのメイドや執事が整列して出迎えた。


白いエプロン。黒いスーツ。一糸乱れぬ礼。

車のドアが開くより先に、声が重なる。


「おかえりなさいませ」


その光景に、翼は完全に固まった。


砂月の家でも、執事やメイドは数十人いたけど、

数が圧倒的に倍以上はいる。


マリナは先に降り、振り返る。


「固まってないで、降りて」


翼はやっと足を動かした。

白い屋敷の影が、光の中で長く落ちていた。



ゴールドエーカー邸の中は、まさに宮殿だった。


天井が高く、靴音が吸い込まれるほど広いホール。


ドラマや映画でしか見たことのない、

大きなシャンデリアが頭上で光を砕いている。


階段の手すりは冷たく、壁の絵画はどれも「飾るためのもの」では終わらない重みを持っていた。


マリナは袋を抱えたまま、

慣れた足取りで奥へ進む。


「姉さんたちは?」


待ち受けていた執事が、深く一礼して答える。


「ミナ様は本日、財団の方に。お戻りは夜になるかと。 ギナ様、ハナ様は、先ほど学校よりご帰宅なられました」


ミナって人がお姉さん。

ギナとハナって人が、弟と妹……。


あれ??

リナって名前、なくない??


翼は胸の内で、その欠落を二度確かめた。

家族の紹介の中に、その名は入っていない。


「分かった。紅茶とケーキでも用意しといて」


「かしこまりました」


メイドが足早に去っていく。

翼はすれ違い様に、少し頭を下げた。


シャンデリアの光が、大理石の床に円を描く。


豪華な空間の真ん中で、翼だけが「リナ」という名の空白を、静かに抱えていた。



「姉様?マナ姉様!!」


上の階から、小さい女の子が走ってきた。


大理石の階段を、足音を立てて駆け下りる。

リボンのついた私服。


ゴールドエーカー家の末の妹は、

屋敷の格式より先に、姉の帰還を喜んでいた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


マリナが膝を折ると、

女の子は自然とその腕の中へ入る。


完璧な役者の輪郭が、ほんの一瞬だけ、

姉の輪郭に変わる。


「そちらの方は?」


女の子が、翼を見る。

警戒というより、純粋な確認だった。


「客人だ」


「百合々咲音楽学院の飛彩翼です」


翼が名乗ると、女の子は真似るように一礼した。


「ハナ・ゴールドエーカーと申します」


小さい声でも、家の名はきちんと乗る。

教え込まれた礼と、子どもの熱が同居している。


「ハナ。これ、少し早いが誕生日プレゼントだ」


マリナが袋からクマのぬいぐるみを取り出す。


ショッピングモールで探したあの一体が、

ここで初めて宛先を得る。


「ありがとうございます!!」


ハナの顔が、一気に輝いた。


ぬいぐるみを胸に抱き、耳の位置まで確かめる。

今日一日の遠回りが、ここで着地した。


上の階から、少年が降りてきた。


「ハナ、まだ宿題の途中……って、姉さん」


制服のまま、本を小脇に抱えている。


ハナより少し背が高く、

目つきはもう少し大人びていた。


「ただいま、ギナ」


「姉さんがお客さんを連れてくるとは珍しい」


ギナの視線が、翼に止まる。

敵意はない。ただ、この家の日常にはない光景だと言っている。



「リナのこと、彼女に話してもいいか?」


一瞬、空気が張り詰めた気がした。


シャンデリアの光さえ、その一言で温度を変える。


ハナが抱いていたぬいぐるみの耳が、小さく揺れた。


ギナが口を開いた。


「その確認に、わざわざ?」


「あぁ」


「確認の必要なんてないよ」


ハナも、兄の横で頷く。


「はい。私たちは、姉さんたちをいつでも信じてますから」


短く、まっすぐな信頼。


ゴールドエーカー家の弟妹は、秘密の扱い方を、

もう知っているらしい。


マリナは翼の方を見た。


「ついてきてくれ」


「あ、はい」


屋敷の表の華やかさから離れ、裏側の小道へ入る。


靴音が砂利に変わり、

風の匂いが花の匂いに混ざる。


マリナに連れられて来たのは、

屋敷の裏側にある小さな花畑だった。


手入れの行き届いた花。低すぎない生垣。


誰かが定期的に訪れている場所だと分かる、

静かな区画。


しばらく歩いていると、

石碑のようなものが見えた。


違う。石碑じゃない。


一瞬で、翼は理解した。


それは墓石だった。


白い石面に、丁寧な文字。

午後の光を受けても、冷たいままの輪郭。


その墓石には、『Rina Goldacre』の名前が刻まれていた。


翼は言葉を失った。

マリナは墓前に立ち、花畑の風だけを受けていた。



「リナさんって……」


翼の声は、墓石の前で小さくなった。

名前を口にするだけで、花畑の風が止まったように感じる。


マリナは石面から目を離さなかった。


「リナは、12年前に交通事故で死んだ。

あれを事故と言っていいのか分からないけど」


「どういうことです?」


聞きたいのに、聞きたくない。

それでも翼は、目を逸らさなかった。


マリナの指が、墓石の縁に触れる。

完璧な役者の手が、初めて今日、震えているように見えた。



「私が、リナを殺した」




これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……



世界を知る物語である。


第6話 完

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