第8章 「黄金宿りし気高き王」 第5話
ショッピングモールのおもちゃ売り場に、
翼とマリナが来ていた。
休日の午後で、フロアは子どもたちの声で埋まっている。
キャラクターソングが店内放送から流れ、
棚の上段まで様々なおもちゃが並んでいた。
白いジャケットのマリナは、
その光景の中で明らかに場違いだった。
それでも彼女は、先ほど見せた画面を一度もしまわずに歩いている。
「ぬいぐるみだから……多分、あの辺りですね」
翼が指差す先は、熊やうさぎが一段高く積まれたコーナーだった。
2人は通路を進む。
翼が先に立ち、マリナがその半歩後ろ。
会話はまだ少ない。
棚の前で、翼は写真と実物を見比べ始めた。
耳の形、リボンの色、目の位置。
似ているものはある。
同じものは、すぐに見つからない。
マリナは何も急かさない。
ただ、棚の一番上を見上げ、静かに目を細める。
「この系列、いくつか種類があるみたいです」
「そうか」
短い返事。
それでも、拒否ではなかった。
子どもが母親の袖を引く横を、2人は丁寧に避ける。
翼が屈んで下段を探し、
マリナが上段を探す。
完璧な役者が、休日のおもちゃ売り場で値札を確認している。
その光景を、翼は妙に忘れられないと思った。
目的のクマは、まだ棚の奥に隠れている。
それでも「あの辺りですね」と言えたことで、
今日の距離は、さっきのベンチより少しだけ具体的になっていた。
「ゴールドエーカーさん、これじゃないですか??」
棚の一段下、押し込まれたように置かれていたクマを、翼が両手で掲げた。
リボンの色、耳の丸み、目の位置。
写真と、ほとんど重なる。
マリナが一步近づき、ぬいぐるみを受け取った。
「これだ」
短い言葉の中に、初めて今日らしい確かさがあった。
値札を確認し、腕の中に収める仕草も、
舞台の小道具を扱うようで、
それでいて大切そうだった。
「なんで、クマのぬいぐるみなんですか??」
レジへ向かう前、翼が聞いてしまう。
親睦の課題でも、好奇心でもある。
休日の王が、おもちゃ売り場でこれを選ぶ理由が知りたかった。
「妹の誕生日が近くてな。しばらく帰れないだろうから、プレゼントだけでも渡しておきたくて」
マリナの声は、いつもより少し低い。
完璧な役者の顔は崩れていない。
それでも「帰れない」の一言に、距離の長さが滲んでいた。
カリスティックの王は、百合々咲に滞在している。家には、まだ待っている誰かがいる。
「お姉さんもいるんですよね?」
「姉と弟、妹。そして双子の妹だ」
家族の名前を、肩書きのように並べる。
ゴールドエーカー家の広さが、
その羅列だけでも伝わってくる。
「ゴールドエーカーさんの双子の妹さん。確かリナさんでしたよね? 黎夏さんと似たような感じって、前に聞きましたけど」
翼がそう言うと、マリナの目がわずかに動いた。
黎夏の明るさ。子どもっぽい直情。
「似ている、と言われればそうかもしれない」
レジの機械音が鳴る。
袋に入れられたクマが、
白いジャケットの腕に収まる。
今日初めて、マリナの世界に「家族」という具体が入り込んだ。
翼は袋の紐を見つめながら、次の言葉を探した。
完璧な王も、誕生日の贈り物を1人で選びに来る。
その事実が、タピオカよりずっと、
親睦の入口に近かった。
「すまないが、少し付き合ってもらってもいいか?」
レジを出て、袋を抱えたまま、マリナが言った。
「え、あ、はい」
翼が返事をした瞬間、
マリナはすでにスマホを耳に当てていた。
「入口のところに車をつけて」
その一言で、電話は切れた。
用件は、それだけで足りるらしい。
ショッピングモールの入口には、
白いリムジンが控えていた。
休日の駐車場に並ぶ軽自動車やミニバンの間で、
明らかに場違いな長さと輝き。
窓は濃く、車体は午後の光を弾いていた。
ゴージャス、というより、日常の尺度から外れていた。
「お嬢様、お待ちしておりました」
初老の運転手が、丁寧に頭を下げる。
ドアを開ける動作に、無駄がない。
「家まで送って」
「かしこまりました」
翼は呆気に取られていた。
砂月さんの送り迎えで高級車を見たことはある。
それでもリムジンは、初めてだった。
ゴールドエーカー家の規模が、
ぬいぐるみの袋と並んで現実になる。
「何してる?乗って」
「え??」
「どうぞ」
運転手が、翼の側のドアも開く。
内側は、外の喧騒を嘘のように吸い込んで静まっていた。
翼は一度靴の裏を確認してから乗り込む。
隣にマリナが座り、クマの袋を膝の近くに置く。
ドアが閉まり、街の音が遠のく。
親睦を深めてこい、と言われた休日が、
いつの間にかゴールドエーカー家への道を走り始めていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第5話 完




