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SNOW WHITE INTERLUDE -白雪姫と七つの矮星-  作者: 二ノ宮純
第8章 「黄金宿りし気高き王」
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第8章 「黄金宿りし気高き王」 第4話

あるオフの日、百合々咲の寮の一室。


マリナの部屋のドアベルが鳴った。


太陽の光がカーテンの隙間から差し込み、

部屋は静かなままだった。


カリスティックの王が、1人でいる部屋。


「はい」


壁掛けのモニターには、私服姿の翼が映っていた。

赤いリボンではなく、落ち着いたシャツ。


画面越しでも、少し緊張しているのが分かった。


「飛彩さん、どうした?」


「えっと……今日お休みだから、親睦も兼ねて一緒にお出かけしたいな〜って」


翼の声は明るく、言葉の選び方は慎重だった。


完璧すぎて近づけない相手に、

それでも手を伸ばしている。


「……ごめんなさい、今日は」


断る準備は、一瞬で整った。


その時、


「行きたい!行きたい!行きたい!!」


幼い少女の声が、響いた。


マリナは目を閉じ、短く息を吐いた。


「……分かったから。ごめんなさい、今から準備するから少し待ってて」


「あ、はい」


翼の顔が、画面の中で明るくなる。


「一緒に行くだけだから、静かにしてて」


「分かってるって」


マリナはドアに手をかけ、もうひとつの声を胸の奥へ押し込んだ。


寮のロビーのソファで、翼は緊張していた。


(大丈夫だったかな?自然に誘えたかな??)


数日前、侑樹を通してロゼから翼に与えられた指示。


それは——




「マリナ・ゴールドエーカーと親睦を深めてこい」




(なんで私??もっと二乃とか、八重さんとか、砂月さんとか、哪吒さんとかいたでしょ??)


膝の上で指を絡める。


白雪姫だから、中心に立つ役だから、

誰より矮星と関わるから。


二乃に言われた言葉が、

今になって重くのしかかる。


「待たせた」


振り返ると、白のブラウスに白のジャケット、オレンジのスカート、白いパンプスを履いた、高貴なお嬢様がいた。


服の知識が乏しい翼でも分かる。

絶対に、自分なんかより高い服。


生地の光り方からして、日常の私服ではなかった。


「どうした?」


マリナが首を傾げる。


完璧な役者の休日の顔は、

それでもどこか近寄りがたい。


「あ、いえ!行きましょう!!」


翼は立ち上がり、

声が裏返りそうになるのをこらえた。


ロビーの自動ドアが開き、

太陽の光が2人を同時に包む。


親睦を深めてこい、と言われた相手と、

並んで歩き出す。


その一歩が、指示以上に重く感じられた。



駅までの坂道を、翼とマリナは並んで歩いていた。


休日の陽射しは穏やかで、

並木の影が舗道に落ちている。


周囲を行き交うのは、私服の学生と、

買い物袋を下げた近所の人たち。


その中で、マリナの白いジャケットとオレンジのスカートは、明らかに一段違って見えた。


翼は半歩遅れがちだった。


「あの、今日は……商店街の方、どうですか」


「構わない」


短い返事。

拒絶ではない。


ただ、間を埋める会話をしないだけだった。


信号待ちで、翼が靴の先を見る。


マリナは正面を向いたまま、

信号が変わるのを待っている。


完璧な立ち姿。休日でも崩れない。


(何か話さなきゃ……でも何を話せば……)


舞台の話は重い。

カリスティックの話は踏み込みすぎる。

天気の話は薄すぎる。


ロゼの指示が頭の隅で点滅して、

言葉がさらに出なくなる。


マリナは、そのぎこちなさを察していた。


歩幅が揃わないこと。

視線がすぐに逸れること。


「あの」で始まって、着地しない会話。


分かっていた。

それでも、敢えて何も言わない。


助け船を出せば、この時間は「課題」になる。


沈黙を保てば、少なくとも偽物の親睦にはならない。


商店街の入口で、揚げ物の匂いが流れてきた。


翼が「美味しいですよ、ここの」と言いかけて、

また口をつぐむ。


マリナは小さく目だけを向け、歩き続けた。


「そうなのか」


それだけ言って、

店先の列に並ぶ人たちの方を見る。


翼は胸の奥で小さく息を吐いた。

優しいわけでも、冷たいわけでもない。


ただ、相手の緊張を、

完成された距離のまま受け止めている。


商店街に、ぎこちない2人の影が並んで伸びていた。


「タピオカ!の、飲んだことありますか??」


商店街の角で、翼が急に声を大きくした。


看板のイラストが目に入った瞬間、

探す言葉がそれしか出てこなかったらしい。


声の末尾が少し上ずり、

自分でも今の振り絞り方に気づいて耳が熱くなる。


マリナは看板を見上げた。


カラフルな文字。並ぶカップ。甘い匂い。


カリスティックの序列1位が、休日のタピオカ店の前に立つ光景は、どこか現実離れしていた。


「一応、あることはある」


短い答え。


飲んだ、とも、好き、とも言わない。

経験がある、という事実だけを置いた。


翼は「よかった」と小さく笑い、列の後ろに並ぶ。


隣に立つにはまだ距離があり、

完全に離れてもおかしい距離。


その中間で、2人はスマホの画面でも見るように前を向いた。


「どの味が……いいとか、ありますか」


「どれでもいい」


また、短い。


それでもマリナは、メニューを一通り目で追っていた。


拒否していない。選ぶ気もない、というより、

選ばせようとしている。


翼は一番無難そうな味を指差した。

店員が笑顔で注文を聞き、カップが2つ並ぶ。


初めて並んで持った飲み物は、甘くて、

少し重かった。


翼が一口吸い、マリナも静かに一口吸う。


会話は、まだぎこちない。


それでも「あることはある」の四文字が、

今日最初の共通項になっていた。



ベンチで、翼は次に行く場所を頭の中で考えていた。


タピオカのカップはもう半分を切っている。


隣ではマリナが、同じカップを片手に、

静かにスマホの画面を見ていた。


会話がないわけではない。途切れている、

という方が近い。


服屋?

ゴールドエーカーさんの着ているものに匹敵する服屋なんて、まず翼は知らない。


自分の私服の感覚で連れていけば、

かえって気を遣わせそうだった。


映画館とか、水族館?

付き合いたてのカップルじゃないんだから。


親睦を深めてこい、という指示が、

余計に選択肢を歪ませる。


風が並木を揺らす。

翼が次の案を飲み込んだところで、

マリナが口を開いた。


「なぁ」


「は、はい!」


背筋が伸びる音が、自分にだけ聞こえた気がした。


「これ、どこに売ってるか知ってるか?」


マリナが見せてきたスマホの画面には、

クマのぬいぐるみが写っていた。


ふっくらした胴体。丸い耳。

どこか古い意匠のリボン。


カリスティックの王が、

休日のベンチでぬいぐるみの写真を差し出す。


その落差に、翼は一瞬、言葉を失った。


「えっと……この辺だと、駅前の雑貨店か、ショッピングモールの……」


答えながら、翼はマリナの横顔を見る。

表情は変わらない。完璧なまま。


ただ、画面を向ける指先だけが、

ほんの少しだけ熱を持っていた。


次の行き先が、急に具体的になった。

劇場でも、水族館でもない。


ぬいぐるみを探す午後が、2人の前に開いた。




これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……



世界を知る物語である。


第4話 完

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