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SNOW WHITE INTERLUDE -白雪姫と七つの矮星-  作者: 二ノ宮純
第8章 「黄金宿りし気高き王」
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第8章 「黄金宿りし気高き王」 第3話

マリナは練習では常に全力だった。


一才の妥協を許さない。

視線の先、足の角度、セリフの温度。

どれもが「これでいい」で止まらない。


ミスを指摘される前に、自分でやり直す。


周囲が息を整えている間にも、

彼女だけが次の動きを頭の中で組み立てている。


マリナのいる舞台は、

すでに完成された舞台となっていた。


照明が当たる前から形があり、

音楽が鳴る前から間がある。


カリスティックの王と呼ばれる所以は、

肩書きだけではなかった。


「マリナちゃんってさ、何か弱点とかないの?」


黎夏が、プラナとの雑談の中で聞いてきた。


休憩のベンチ。


ペットボトルの蓋を回しながら、

本気とも冗談ともつかない顔。


「確かにあんなに完璧超人だと、ほんとに人間か?ってなる」


「あなたみたいな完璧バカに言われたくないわよ」


朱の言葉に、葵が返す。

姉妹の軽口が、場の空気を少しだけ和らげる。


「ゴールドエーカーさんって、どんな役でもこなして主演女優賞まで取ってますし」


翠月が静かに言った。


「凄い方ですよね」


結依までも、一目置く。


それがマリナだった。


誰もが認める完成度。

誰もが言葉を失うほどの安定。


弱点が見えないこと自体が、ひとつの壁になっていた。


プラナだけが、少し遠くを見ていた。


弱点がないのではない。


出していないだけだ、と知りながら、

今は笑って話を流していた。



侑樹が演出席でタブレットを操作しながら、

演出の調整をしていた。


タイムコード、動線、視線の高さ。

数値で追える範囲では、どれも正しい。


それでも、画面の端に残る違和感だけが消えない。


「ゴールドエーカーさんの演技って、毎回寸分の狂いもなく完璧」


本来、そんなことはあり得ない。


どんな役者でも、全く同じ動きを寸分の狂いもなくできるはずがない。


呼吸も、靴底の滑りも、その日の湿度も、

必ず誤差を生む。


なのにマリナの動きは、昨日と同じ場所で、

同じ角度で止まっていた。


こんな役者を見たことがない。


「完璧すぎる……」


隣の演出席に座るロゼが、口を開いた。


「完璧すぎるとは?」


「そのまんまの意味だ。完璧すぎるが故に、周りとの乖離が大きい。見てみろ」


侑樹が室内を見回す。


片方には、翼、二乃、朱と黎夏、そしてプラナ。


その周りに、百合々咲の生徒たちが自然と集まっている。


笑い声と、水を飲む音と、次の番を待つざわめき。


別の場所には、八重、砂月、哪吒、そして結依、葵、翠月。


こちらも輪ができている。


指導と雑談が、同じ空気の中で混ざっていた。


マリナだけが、1人でいた。


壁際でも、中央でもない。

ちょうど誰の輪にも属さない位置。

台本を閉じ、次のキューを待っている。


孤独を演じているわけではない。


ただ、誰も近づけない距離が、そこにできていた。


「これは……」


「少なくともイジメとか、そういうのではない。

完璧すぎるが故に、他の者たちは近づきづらくなっているんだ」


ロゼの声は低かった。

同情でも、非難でもない。


演出家としての、現場の見立てだった。


侑樹はタブレットの画面を見下ろす。

マリナの動線は美しい。


だが、その美しさが、周囲の生徒たちの動きを「合わせる対象」ではなく「遠くの見本」に変えてしまっている。


完成された舞台は、時に人を遠ざける。


レッスン室の照明の下で、その事実だけが、

静かに浮かび上がっていた。



「役者としては評価されているんだろ?」


ロゼが腕を組んだまま聞く。

視線はまだ、1人で立つマリナの方へ残っていた。


「はい。何度も女優賞を受賞してますし、カリスティックアーツでは入学して早々に序列1位になってます」


侑樹の答えは正確だった。

経歴を並べれば、弱点の見つからない完成形。


それが今、現場では人を遠ざけている。


「その経歴、うちの小娘どもに見習って欲しいもんだ」


「小娘たちって……ユリン・ティフェア・ヴァニアムさんのことですか?」


「よく知ってるな」


ロゼの眉が、わずかに動く。


「舞台に関わる者なら、誰しも一度は憧れる存在です。


王立演劇歌劇団アンダルシア 団長であり、

『舞台の死神』と呼ばれたあの方を」


「憧れね……」


ロゼは短く繰り返した。


アンダルシアに入団した時、団長ユリンから直々に「飯行こう」と誘われたことがあった。


初めての国。初めての劇場。

言葉も流儀も違う場所で、自分より年上の男性にも積極的に声をかけた金髪の少女。


それが、入団したてのロゼには救いだった。


ユリンのおかげで様々な人と出会え、

今の自分があるのだと思う。


死神と呼ばれた者の手は、意外なほど温かった。


「あいつも、コミュニケーションは大事って言ってたな……」


演出席の照明が、ロゼの横顔を薄く照らす。


完璧な役者を前にして、彼が思い出したのは技術ではなく、食事に誘われた夜だった。


「俺から伝えるより、赤尾から伝えた方がいいだろ」


「はい?」


ロゼの指示に侑樹が目を丸くする。




これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……



世界を知る物語である。


第3話 完

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