第8章 「黄金宿りし気高き王」 第2話
廊下に差し込む柔らかな光が、
額縁のガラスを優しく照らしていた。
葵は静かに立ち止まり、
金色の文字で刻まれた「始妹蘭」の名を目で追った。
流れる水のような剣捌き。
しなやかでありながら、
決して崩れることのない芯の強さ。
あの動きは、今でも葵の記憶に鮮やかに残っている。
幼い頃、大帝都劇場で見たSNOW WHITE。
朱と一緒に息を呑んで見つめた舞台。
特に、水の君の舞は、彼女たちの心を深く揺さぶった。
「……憧れだった」
葵は小さく呟いた。
姉の朱と共に「双剣」と呼ばれるまでになった今でも、 妹蘭の存在は、目標であり、越えるべき壁だった。
額縁の中の少女は、静かに微笑んでいる。
過去の栄光を、未来の者たちに託すように。
葵はゆっくりと目を閉じ、
再び開いた瞳には、静かな決意の光が宿っていた。
「私も……いつか」
廊下に、柔らかな風が吹き抜けた。
過去の流星と、今を生きる少女。
その視線が、静かに交錯する瞬間だった。
コツコツと誰かが近づいてくる音が廊下に響きわたった。
振り向くと、マリナが来ていた。
「ゴールドエーカーさん」
「歴代エーデルの写真を見ていたのか?」
「はい。過ぎ去りし流星たちは私たちの憧れでしたから」
「舞台に生きる人は必ず通る憧れだもんな」
「え?」
葵がマリナの横顔をみる。
「ゴールドエーカーさんも憧れたんですか?過ぎ去りし流星たちに」
「あぁ、私たちが舞台を志したのは、過ぎ去りし流星たちのSNOW WHITEを観劇して雪叢李梨奈に憧れたから」
意外だった。
マリナ・ゴールドエーカーも過ぎ去りし流星たちに憧れていたなんて。
廊下に差し込む柔らかな光が、2人の影を長く伸ばしていた。
葵は額縁から視線を外し、
静かにマリナを見つめた。
カリスティックの「王」として君臨する彼女が、
かつて同じように「憧れ」を抱いていたとは
想像もしていなかった。
マリナは穏やかな表情で、
第93代エーデルの写真を眺めていた。
「雪叢李梨奈……フラウ・ヒンメル。あの人の舞台は、本当に特別だった」
「私も、初めて観た時に衝撃を受けました。
特に水の君の舞が……」
葵が少し恥ずかしそうに続けると、
マリナは小さく微笑んだ。
「始妹蘭か。君の舞は、あの人の影響を受けているように見える」
「……そうかもしれません」
2人はしばらく、無言で額縁を見つめた。
過去の流星たちが残した輝き。
それが今も、新しい世代の心を動かし続けている。
「憧れるだけでは、越えられない」
マリナが静かに言った。
「でも、憧れがなければ、始まらない」
葵は小さく頷いた。
廊下に、柔らかな風が吹き抜けた。
過去の憧れと、今を生きる決意が、
静かに交差する瞬間だった。
「そろそろ帰寮の時間だから戻るとしよう」
マリナが踵を返して歩いて行こうとする。
「あ、あの」
「なんだ?」
マリナが振り返った。
ずっと葵の中でモヤモヤした感覚があった。
マリナ・ゴールドエーカーに対して。
「ゴールドエーカーさんは舞台上で見せる表情と、時折り見せる表情に何か少し違和感というか……。まるで違う人なのかの様な……」
「何が言いたい?」
言っていいのかわからなかった——
「ゴールドエーカーさん……。あなたは本当に
マリナ・ゴールドエーカーですか?」
廊下に、重い沈黙が落ちた。
葵の紺碧の瞳はマリナの赤眼をまっすぐ見つめた。
マリナは表情ひとつ変えず、
葵の目を一瞬たりとも離さなかった。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第2話 完




