第8章 「黄金宿りし気高き王」 第1話
マリナ・ゴールドエーカー。
この名前で呼ばれるようになってから、
どれくらいの年月が経っただろうか。
もうひとつの名前。
一緒に生きると決めたその日から、
自分はマリナと名乗るようにした。
マリナは、決してあの日を忘れない。
小さな公園で、少女たちはボール遊びをしていた。
午後の陽射し。
乾いた土の匂い。
笑い声が、低く短いフェンスの外まで弾ける。
少女の頭を超えて、ボールが遠くへ飛んでいった。
「ちゃんと投げてよ〜」
不満そうで、それでも明るい声。
1人の少女が、ボールを取りに行こうとする。
「待って……」
マリナのその声は、届かない。
ボールを取りに、少女が走り出す。
白い靴が土を蹴り、 金色の髪の毛が揺れる。
道路の向こうで、何かが光った気がした。
「ダメ!!」
マリナはベッドの上で目を覚ました。
また、あの夢。
何年経っても、あの夢を見る。
身体中、すごい汗。
シーツが肌に張りつき、喉の奥が渇いている。
天井の模様を目で追いながら、呼吸を数え直す。
「うなされてたよ。またあの夢みた?」
窓辺に、金髪の少女が座っていた。
青い瞳に、綺麗な金色の髪。
どこか幼さを感じる雰囲気。
夜の寮の窓から入る風が、
その髪を軽く揺らしている。
「このところ、よく見る」
マリナの声は、まだ夢の熱を残していた。
「まったく、それどうにかならないの?」
「夢はどうにもならない」
金发の少女は膝の上で指を組み、
マリナを見つめる。
責めるでもなく、慰めるでもなく、
ただ一緒に起きている。
マリナは額の汗を拭い、ゆっくりと上体を起こした。
名前を変えても、一緒に生きると決めても、
あの日の公園だけは、何度でも同じ場所へ引き戻してくる。
マリナは起き上がり、
冷蔵庫の中にあった水をひと口飲んだ。
冷たいものが喉を通ると、
体の力が一気に抜けた感じがする。
夢の残熱だけが、首の後ろに残っていた。
「ねぇねぇ」
窓辺の金髪の少女が、明るく語りかけてくる。
青い瞳。金色の髪。幼い声音。
夜風がカーテンを揺らすたびに、
その輪郭は少しだけ薄くなる。
「眠れないなら、ホノカちゃんの配信見ていい??」
時計を見ると、まだ0時を過ぎたあたりだった。
眠れなくはない。
だが、あんな夢を見て、
また目を閉じる気にはなれなかった。
「分かった。でも、もう夜遅いんだから静かに見てよ」
「うんうん、分かってるって」
カバンからタブレットを取り出し、起動する。
画面の光が暗い部屋を四角く照らす。
イヤホンを接続し、動画配信サイトを開いた。
ひとつのサムネイルをタップすると、
ゲーム配信をしている画面になった。
プレイしているのは、最近流行りのFPS。
配信者は和装に狐耳の『雪道ホノカ』。
いわゆるVTuberというやつだった。
窓辺の少女は、もうはっきりとは見えない。
代わりに、部屋の中で誰かが独り言を続けている。
「ねぇねぇ、スパチャしていい?」
「ダメ。あなたのお金じゃないの」
「けちー」
画面の中で、ホノカが笑顔で敵を倒す。
コメントが流れ、ファンの名前が次々と浮かぶ。
部屋の住人は、画面に顔を近づけ、小さく笑った。
「ねぇねぇ」
「今度は何?」
「お菓子食べていい?」
「絶対にダメ!!」
窓辺には、もう誰も座っていない。
カーテンだけが、夜風に揺れていた。
タブレットの光が、1人分の顔を青白く照らしている。
イヤホンの奥で、ホノカの声が続いていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第1話 完




