第7章 「銀河に広がる我の夢」 第4話
トイレからプラナが出てきた。
廊下の白い光の中で、
銀髪のツインテールが軽く揺れる。
その背中を、マリナが呼び止めた。
「プラナ」
「ん?」
振り返る顔は、いつもの気怠さがあった。
周囲にはまだ生徒の気配がある。
「皆と仲良くするのはいいが、2人きりの時以外『マナ』って呼ぶのはやめろ。何度言えば」
マリナの声は低かった。
それは秘密を守ための注意であり、
優しさではなかった。
「はいはい」
プラナは軽く答えた。
反省しているようには見えなかった。
2人は少しだけ歩幅を合わせ、
人通りの少ない窓側へ寄る。
「ってかさ、いつまでみんなに隠しておくつもり?」
プラナの問いが、まっすぐ刺さる。
「言う必要ある?」
「隠せているつもりだけど、案外ボロ出てるよ?」
「……」
マリナは黙った。
浴室で聞こえた声。廊下で変わった目つき。
隠しているつもりが、すでに輪郭を見せ始めている。
「もう思いっきり出しちゃえば?ミラクルフォースの時みたいに」
プラナが小さく笑った。
あの舞台では、2つの顔を「役」として使えた。
観客は奇跡だと思った。
しかし仲間は事情を知っていた。
「ミラクルフォースはミラクルフォース。今回のキャラクターとは違うんだ」
マリナの拒絶は、冷静だった。
SNOW WHITEを、自分の内側の都合で役を汚したくない。
「マナって、意地っぱりなのか、ちょっと面倒くさいところあるよね。素直なところ、ちょっとはリナを見習ったら?」
その一言だけが、少しだけ優しかった。
「リナは素直すぎる」
「みんな可愛がってくれるんじゃないの?明日香先輩みたいに」
「あの変態と、他校の人たちを一緒にするな」
マリナが低く言い捨てる。
耳だけが、わずかに赤い。
廊下の先から、練習の足音が近づいてくる。
プラナは肩をすくめ、マリナはいつもの鋭い表情を面に戻した。
2人きりの時間は、そこで一度閉じられた。
廊下の片隅で、ロゼが電話をしていた。
百合々咲の昼の喧騒から一歩外れた場所。
窓の外には中庭の緑が見え、
受話器の向こうは遠く、ロンドンの空気だった。
「確かセレモニーは来週だったよな?」
電話の先は、イギリス・ロンドンにある王立演劇歌劇団アンダルシアの本部だった。
「君はそれどころじゃないんじゃないか?」
ロゼの電話の向こうで、男性の声が聞こえた。
落ち着いた響き。
「君が演出した昨年のSNOW WHITEを見たけど、もう少し改善の余地あるんじゃないか?」
「世界最高峰の歌劇団の演出責任者からしたら、物足りないか?」
「そうは言わないさ。ただ、アンダルシアで君が学んだことをそのまま教えるのは意味がない。 日本の子たちには、アンダルシアの教育が合わない可能性だってあるからね」
「かもな」
ロゼは否定しなかった。
手を抜いているわけでも、
完走したつもりでもない。
ただ、今の現場の温度を
彼は一番よく知っていた。
「んで、来週帰ってくるのかい?」
「あぁ。大切な人を亡くしたのは、お前らだけじゃないんだ」
短い沈黙が、回線の向こうに落ちた。
「……止める権利は僕にはないからね。分かった、ユリンに伝えとく」
男性は電話を切り、スマートフォンを机の上に置いた。
ロンドンの事務所。
厚いカーテンの隙間から、
灰色がかった空が見える。
「ロゼからか?」
扉に、銀髪の少女が立っていた。
「あぁ。セレモニーには参加するってことだ」
「分かった、ロゼに伝えといてくれ皆、土産を楽しみにしてると」
するとそこに、団員の1人が駆け寄ってきた。
「ユリン団長、次の公演の衣装の打ち合わせを行いたいと、衣装部から通達が」
「分かった、今行く」
ユリンと呼ばれた少女は、静かに去っていった。
足音は軽いが、背中にはもう「団長」の重みが乗っていた。
「すっかり、団長って肩書きが板についてきたな」
男性は机の上の写真を眺める。
そこに写っているのはアンダルシアの面々。
その中心に、金髪の女性が写っていた。
「だんだん、お前に似てきたよ、ユリン」
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第4話 完




