第6章 「翡翠の衣は天を舞う」 第5話
翠月の演じる「グリューン」は、元々大家族の長女として生まれた。
両親は仕事漬けで、
下の子たちの面倒は全てグリューンが見ていた。
朝は起こし、昼は分け、夜は寝かしつける。
自分の時間より先に、誰かの時間を整える役回り。
文句を言うより先に、手を動かす性格。
初めて台本を読んだ時、
翠月はグリューンに近いものを感じた気がした。
セリフの端々に、自分の朝が重なる。
子供たちの名前を呼び、布団を剥がし、
「もう起きて」と繰り返す毎日。
黎夏を起こす声も、園の小さな子を叱る声も、
どこかこの役の息遣いに似ていた。
翠月も、孤児院の子供たちの世話をしている。
親に言われたからでもなく、自ら進んで。
それが苦痛と感じたことはなかった。
面倒くさいと思うことはある。
黎夏に振り回されて、ため息をつくこともある。
それでも、誰かの隣に立つことが、
自分の居場所になっていた。
グリューンは舞台の上で、家族を守るために動く。
翠月は舞台の外で、
家族のように過ごしてきた人たちを見守る。
役を生きるのではなく、
役が自分の日常に重なってくる。
そんな感覚は、初めてではなかった。
ふと顔を上げると、黎夏が朱と一緒にふざけ合っていた。
中庭のベンチの前で、2人が木刀の真似をして突き合っている。
黎夏が大げさに倒れ、朱が勝ち誇ったように笑う。
陽射しの中で、その光景はあまりにも明るかった。
「怒らなくていいですの?」
砂月が聞いてきた。
「怒ってもあの子は変わりませんよ。あの子は我儘だから」
黎夏はわがまま。
あの自由さは、自分も見習いたいものだった。
迷わずに飛び、迷わずに笑う。
ブレーキのない走り方を、
翠月はいつも後ろから見ていた。
「あの子は我儘だから、迷わない。我がままに我が道をいくような子ですから」
砂月が、翠月の横顔を見つめた。
「だから私の、黎夏のお世話も自分のやりたいこと。我儘なんです」
そういうと、翠月は立ち上がって黎夏の元へ走って行った。
制服の裾を翻し、中庭の光の中へ踏み出す。
「こら〜黎夏、遊ばない!!」
黎夏がびくりと肩を跳ねさせ、朱が吹き出す。
翠月の声は怒っているようで、
どこか嬉しそうでもあった。
砂月はただ、その背中を見つめていた。
わがまま。
誰かの隣に立ち続けることも、ひとつのわがまま。
自分の気持ちを後回しにしないことも、
ひとつのわがまま。
「私も一度くらい、両親にわがまま言ってもいいのかしら」
砂月の呟きは、誰に聞かせるためでもなかった。
「砂月はいつもわがままだろ」
「同感だ」
八重と哪吒が、ほぼ同時に言った。
それに釣られた二乃が、にこっと笑う。
「わがままお嬢様だね」
「あなた達、叩きますわよ??」
砂月が扇子を構え、3人を睨む。
その耳が、わずかに赤い。
中庭では、翠月が黎夏の耳を摘まみ、
朱が楽しそうにその様子を見ていた。
わがままな少女たちと、それを見守る少女たちが、同じ陽射しの下に立っていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第6章 「翡翠の衣は天を舞う」完




