第6章 「翡翠の衣は天を舞う」 第3話
舞台創造科棟では、
第2部に向けた衣装製作に追われていた。
午後の陽射しが大きな窓から差し込み、
作業机の上に広がる布地とデザイン画を柔らかく照らしている。
ミシンの音、ハサミの軽やかな響き、
誰かの「ここ、もう少し短く」という声。
慌ただしさの中にも、確かな熱気が部屋を満たしていた。
その指揮を取っていたのは、
舞台創造科の鈴本華だった。
まだ2年生ではあるが、
第1部に引き続き侑樹に任せられた。
小さな体に大きな責任を背負いながらも、
彼女は机の前に立ち、何度もデザインを書き直していた。
試作品が机の端に積み上がっている。
白を基調にしたスカート、森をイメージした緑のケープ、小人らしい少し短めの丈——
どれも「惜しい」で止まっている。
1年生たちは2年生に教えてもらいながら、
デザイン画を描いていた。
鉛筆を握る手がまだ慣れず、線が震えたり、
比率を間違えたりするたびに、先輩が優しく直してくれる。
「うーん」
華のデザインを描く手が止まった。
ペンを置いた指先に、わずかなインクが残っている。
彼女は額に手をやり、小さく息を吐いた。
「ダメだ〜 小人衣装の案決まらないよ〜」
歴史資料や設定資料を、今一度机の上に広げる。
中世ヨーロッパの民衆服、
森で暮らす職人たちの装い、
そしてSNOW WHITEの世界観を記したページ。
写真やスケッチが、午後の光の中で静かに並ぶ。
「個性出さないとだけど、7人もいるし、統一感必要だからな……」
華は資料の端を指でなぞりながら、呟いた。
7人それぞれに違う色を持たせたい。
でも、バラバラになっては「小人たち」という一つの集団に見えない。
自由人、しっかり者、気だるい者——
役の性格を衣装にどう落とし込むか。
窓の外では、遠くレッスン室から殺陣の音が聞こえてくる。
華はペンを再び手に取り、空白の紙を見つめた。
まだ答えは出ていない。
それでも、彼女の瞳には、諦めない光が残っていた。
「やってる?」
同じ舞台創造学科の高瀬光葉が、作業室のドアを開けて入ってきた。
午後の陽射しが机の上の布地を照らし、
デザイン画が重なる紙の山が微かに揺れる。
華はペンを握ったまま顔を上げ、
少し疲れた声で答えた。
「せんぱーい」
光葉が机に広がるデザイン画を覗き込む。
何枚も重ねられた小人の衣装案。
線が消されては描き直され、
余白には小さなメモがびっしりと並んでいる。
「わお、結構書いたね」
「全然決まらないです……」
華は力なくデザイン画を机に置いた。
インクの匂いと、新しい布の香りが混じる空気の中で、彼女は小さく肩を落とす。
「あ、演者連れてきたんだけど。サイズ計り直したいんだって」
「サイズ?」
その言葉と同時に、砂月と翠月が入ってきた。
制服のままの二人。
砂月はいつものように優雅な足取りで、
翠月は少し申し訳なさそうに後ろに続いている。
「砂月先輩も翠月さんも、練習前に計りましたよ?」
華が首を傾げると、翠月が小さく手を挙げた。
「私は靴のサイズをちょっと見直してほしくて」
最近、本番に近い練習靴を履いて練習している。
それを提供したのは、舞台創造科だった。
長時間の立ち回りで足に負担がかかるため、
微調整が必要になったらしい。
「そうだったんですね。誰か、翠月さんの靴のサイズお願いします」
華が声をかけると、3年生の生徒がすぐに翠月を案内し、サイズを測り始めた。
メジャーを当て、つま先とかかとを確認する手つきは慣れたものだ。
「砂月先輩は?」
華が砂月を見る。
砂月は少し目を逸らした。
華が不思議そうにしていると、
光葉が苦笑い混じりに口を開いた。
「あー、砂月、また大きくなったみたいで」
華の目が、自然と砂月の胸元へ向く。
俳優育成科のスリーサイズが書かれた用紙を、
華は手元で確認する。
砂月は百合々咲の中でもかなり大きい方だ。
数字と、目の前の姿を見比べて、
華は思わず呟いた。
「どんだけ成長するんですか??」
作業室に、小さな笑い声が漏れた。
砂月は手で口元を隠し、優雅さを保ったまま、
わずかに耳を赤くしていた。
衣装製作の忙しさの中で、そんな日常のやり取りが、一瞬だけ空気を和ませていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第3話 完




