第5章 「目指すは新たな黎明期」 第5話
黎夏と二乃の距離が、
ここ数日でぐっと近づいていた。
「自由に楽しむ」——
黎夏がいつも口にするその言葉を、
二乃は自然と体現するようになっていた。
休憩のベルが鳴ると、
黎夏は待っていましたとばかりに二乃の腕を掴む。
「二乃ちゃん!ちょっとあの曲の振り、一緒にやってみよ!」
二乃も目を輝かせて「うん!」と答え、
2人で即興のダンスを始める。
靴音がリズミカルに床を叩き、
黎夏の黄色いショートヘアが跳ねる。
二乃の動きも、いつもの丁寧さの中に、
少しずつ遊びが混ざり始めていた。
息を合わせ、笑い、時にはステップを外してまた笑い合う。
その光景を、通りかかった1年生たちが足を止めて見ていた。
ステージ上でも変化は明らかだった。
シュバルツのセリフが自然と柔らかくなり、
黎夏の明るいテンションに引っ張られて、
場面の空気まで明るくなってしまう。
台本の行間に、黎夏の「今」が乗っていく。
二乃もそれに応えるように、表情を崩し、
声の温度を変える。
「黎夏、そこアドリブ入れすぎ——」
翠月が困った顔で止めに入る。
手を上げかけ、また下ろす。
タイミングを崩されて、次の動きが半拍遅れる。
「でも面白いじゃん!みんなも笑ってるし!」
「面白いかどうかより、タイミングが……」
翼も少し困ったように、
2人の間に割って入ろうとしては、
結局笑顔で見守ってしまうことが多かった。
白雪姫として場を整えるべき立場なのに、
その笑顔を否定できない自分がいる。
一方で、砂月とプラナは完全に面白がっていた。
「いいじゃない。自由な方が二乃さんらしいですわ」
砂月が優雅に微笑む。
「カリスティックじゃ絶対ありえない光景」
プラナがニヤニヤしながら、2人の即興ダンスをスマホでこっそり撮っていた。
画面の中で、黎夏と二乃が手を取り、
くるりと回る。
レッスン室の片隅で、黎夏と二乃が笑い合い、
手を取り合う。
推しとファンの関係を超えて、
同じ舞台を楽しむ仲間として、
距離が急速に縮まっていく。
「自由に楽しむ」——
それが、今の百合々咲に、
新しい風を吹き込んでいた。
窓の外を、春の気配がまだ残る風が通り過ぎていく。
レッスン室の中だけが、少しだけ夏に近かった。
そんな2人を、遠目にマリナが見つめていた。
レッスン室の壁際。
腕を組んだまま、動かない。
赤い瞳の先には、黎夏と二乃が手を取り合い、
笑いながら即興のステップを踏む姿がある。
陽の光が2人の髪を明るく照らし、
周囲の生徒たちからも小さな拍手が漏れる。
その輪の外に、マリナだけが立っていた。
「ゴールドエーカーさん?どうかしました?」
翼が少し心配したように聞いてきた。
マリナの視線は、すぐには戻ってこない。
一拍遅れて、静かに首を振った。
「……いや、なんでもない」
そう答えると、マリナはレッスン室から出て行ってしまった。
ドアが閉まる音が、他の喧騒より少しだけ大きく聞こえた。その背中を、翼は見つめていた。
「あの方、少し気になります」
葵が翼の元にやってきた。
足音は静かで、声も控えめだった。
「葵さん?」
「何か私たちに隠しているような……」
「隠すって、何をです?」
「正直、分からないです」
翼にも、少し引っかかるところはある。
二乃や黎夏ちゃんたちが楽しそうにしているところをなぜかマリナは見つめていた。
どこか羨ましそうに、見つめていた気がする。
自由に笑い、自由に手を取り合う2人。
序列も、肩書きも、関係ない時間。
マリナの横顔に宿っていたのは、
冷たい評価ではなかった。
もっと近くて、もっと届かないものへの、
短い視線だった。
廊下の向こうで、ドアの音がもう一度、
小さく響いた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第5章 「目指すは新たな黎明期」完




