第5章 「目指すは新たな黎明期」 第2話
黎夏がいる舞台は、明るい雰囲気に包まれていた。
流石アイドルといったところだった。
彼女が立つだけで、レッスン室の空気が少し弾む。
笑顔の角度、声の響き、ちょっとした仕草
すべてが自然に周囲を明るくする。
だが——
「あれ、次のセリフなんだっけ??」
黎夏が突然立ち止まり、首を傾げた。
まただ。
その度に、マリナやロゼから詰められていた。
「お前は飲み込みは早いのに、何故セリフは覚えられないんだ?」
マリナが冷静に、しかし鋭く聞く。
「昔から子供たちと一緒にヒーローごっことかで遊んでたし。あれ台本なんてないから」
黎夏は悪びれる様子もなく、
にこっと笑って答えた。
「子供たちって、近所の子とか?」
プラナが興味深そうに尋ねると、
「ううん?同じ孤児院の子供たち。家族だよ」
一瞬、空気が静まり返った気がした。
レッスン室にいた何人かが、わずかに息を止めた。
ロゼも演出席から顔を上げ、黎夏を見つめる。
「ん?」
黎夏がキョトンとした顔で周りを見回す。
翠月が肩を落とし、静かに近づいてきた。
「黎夏、それ言わないようにしてって」
「何で?別に隠すことでもないじゃん。翠月も家族なんだし」
彼女にとって「孤児院の家族」は、ただの事実であり、恥ずかしいことでも、隠すべきことでもなかった。
翠月は少し困ったように、
しかし優しく黎夏の肩に手を置いた。
周囲の生徒たちは、互いに視線を交わし、
徐々に日常の空気を取り戻していく。
明るい太陽のような少女の過去が、
ふと、静かに開示された瞬間だった。
「さっきのって……」
ペットボトルのお茶を飲んでいる翠月に、
二乃が静かに声をかけた。
エーデルや矮星たちが、自然と翠月のもとに集まっていた。
今ちょうど黎夏はトイレに行っているようで、
この場にはいなかった。
翠月は少し迷い、視線を落とした。
喋っていいのかどうか——。
でも、黎夏が余計なことを言うよりは、
自分の口からきちんと話した方がいいだろう。
「本当です。黎夏は私の両親が経営する孤児院で一緒に育ちました」
皆、顔を見合わせた。
レッスン室の片隅に、一瞬の沈黙が落ちる。
誰もが予想していなかった事実だった。
「なんで孤児院にいったんだ?」
朱が率直に聞くと、葵が素早く肘打ちを入れる。
「ちょっと朱……」
翠月は小さく息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
「12年前の東都大震災……あれで私たちは被災して、黎夏は家族を亡くしました。
家族ぐるみで付き合いのあった私の両親が、養子として黎夏を引き取ったんです」
静かで、しかし確かな声だった。
周囲の空気が、少し重くなる。
翼は目を見開き、二乃は唇を噛んだ。
結依は静かに目を伏せ、哪吒は腕を組んだまま何も言わなかった。
翠月はペットボトルを両手で包み込み、
視線を遠くに泳がせた。
「黎夏は……あの頃から明るかったです。
ずっと、周りを笑わせようとしていました」
誰もが、言葉を失っていた。
明るい太陽のような少女の裏側に、
重い過去が静かに眠っていたことを、
初めて知った瞬間だった。
そして——東都大震災。
12年前に東都地方を襲った巨大地震。
それは、百合々咲の歴史にも大きく影響を与えた出来事だった。
過ぎ去りし流星たちの“SNOW WHITE”が未完成のまま終わった、その原因こそが、
東都大震災だった。
当時、第93代エーデルとして輝いていた彼女たちは、SNOW WHITEの第3章を目前に控えていた。
リハーサルは佳境に入り、
舞台は完成へと近づいていた。
しかし、あの日、すべてが止まった。
大地が激しく揺れ、劇場も学院も、
甚大な被害を受けた。
公演は中止となり、流星たちはそれぞれの道を歩まざるを得なくなった。
未完のまま終わったSNOW WHITE。
それは、単なる公演中止ではなかった。
彼女たちの夢と、時代の区切りを象徴する出来事となった。
12年の時を経て、今、新たな世代がその舞台を再び手に取ろうとしている。
黎夏の明るさの裏側に眠る過去も、
流星たちが超えられなかった壁も、
すべてが、あの大震災に繋がっていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第2話
完




