第3章 「空白の席は誰が為に」 第7話
リビングの机で翼は今日の練習動画をタブレットで見返していた。
「やっぱ、矮星の人たち凄いな……」
結依のセリフの言い回し。
朱と葵の流れるようで力強い殺陣。
黎夏と翠月の一糸乱れぬダンス。
そして、画面越しでも伝わるマリナとプラナの圧倒的な覇気。
仮に自分が1年だったら意気消沈しても無理はないだろう。
翼は深くため息をつき、机に伏せた。
「まだ寝てなかったの?」
顔を上げると李梨奈がいた。
「なんか……色々難しくて……」
李梨奈は少し肩を落として、優しく微笑んだ。
「温かいココアでも飲む?」
「……飲む」
李梨奈はキッチンへ行き、
静かにココアを温め始めた。
翼はタブレットを閉じ、
ぼんやりと天井を見つめた。
矮星たちの輝きは、確かに眩しかった。
でも、それが百合々咲の生徒たちを追い詰めているのも事実だ。
李梨奈が温かいマグカップを翼の前に置いた。
「少し休んだ方がいいよ。悩みすぎると、かえって見えなくなっちゃうから」
翼はカップを両手で包み、
温かさをじんわりと感じながら頷いた。
「うん……ありがとう、お姉ちゃん」
翼はココアを飲みながら、
静かに今の現状をありのままに伝えた。
李梨奈は静かに聞いていた。
温かいココアの香りが、
夜の静かなリビングに優しく広がる。
翼の声は少し疲れを含みながらも、
一生懸命に言葉を選んでいた。
「確かに1年生の実力が伴ってないって言われても無理もないかな。本来エンドレスワルツは1年間の集大成って感じだから」
「そうだよね……」
翼はカップを両手で包み込み、
熱をじんわりと感じながら小さく頷いた。
李梨奈は穏やかな視線を翼に向け、
静かに言葉を返した。
「外部から来る才能は刺激になるけど、受け止める側の準備が追いついていないと、ただの負担になってしまうわね」
翼はココアの表面を見つめながら、
小さく息を吐いた。
「1年の子たち、頑張ってるのに…… 私たちエーデルがもっと上手く導けていたら……」
李梨奈が優しく翼の肩に手を置いた。
「翼はよく頑張ってるよ。
ただ、1人で全部背負おうとしなくていい。
みんなで、少しずつ前へ進むしかないんだから」
夜のゼロタイムは静かで、2人の声だけが、
温かく響いていた。
結依は寮の部屋に向かって歩いていた。
サロンでは就寝前の優雅なのんびりとした時間が流れていた。
本を読んでいる生徒、結依がそっと覗き込むと、
そこには1年生たちがいた。
「ここのセリフって飛彩先輩どんな感じに言ってたっけ?」
「もう少し優しい感じとか?」
「ちょっと待って、動画確認するね」
1年生たちが自主練をしていた。
矮星やエーデルに届かなくても、
今出来ることを全力でやろうとしている姿がそこにはあった。
結依は静かにその光景を見つめ、
胸の奥が熱くなった。
まだ幼い背中が、
必死に台本を読み、動きを確認している。
疲れを見せながらも、
諦めない瞳が輝いている。
「……」
扉の影から結依はじっと見つめていた。
「ここ数日ずっとあんな感じですよ」
振り返るとそこに華がいた。
「消灯時間ギリギリまでみんなあぁやって自主練してるんです」
みんな自分の力でもがいて足掻いて前に進もうとしてる。
「みんなちゃんと頑張ってたんだ」
その頑張りの先に何があるのかは分からない。
でもその頑張りが明日の自分を変えてくれるのを結依は知っている。
結依は静かに息を飲み、
華の言葉を胸に刻み込んだ。
小レッスン室の明かりが、
夜の廊下に細く漏れている。
1年生たちの声は疲れを含みながらも、
決して諦めていない。
華が結依の横に並び、
同じ方向を見つめた。
「飛彩先輩も、矮星のみなさんも、エーデルの皆さんも…… みんな必死にやってるから、1年の子たちも負けられないって思ってるんでしょうね」
結依は小さく頷いた。
かつて自分が立っていた場所。
今は別の誰かが、その重みを背負っている。
そして、後輩たちはその背中を見て、
必死に追いかけようとしている。
「頑張ってるね……みんな」
結依の声は優しく、
しかし力強かった。
華が微笑んだ。
「結依先輩も、昔はこんな風に頑張ってたんですか?」
結依は少し目を細め、
遠い記憶を思い浮かべた。
「うん……私も、必死だったよ。でも今思うと、
あの時の頑張りが今の私を作ってくれた」
2人はしばらく無言で、
レッスン室の光を見つめていた。
夜の寮に、
静かな努力の音が響き続けていた。
明日の練習が、
また新たな一歩になることを、
結依は静かに信じていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第7話 完




