第3章 「空白の席は誰が為に」 第3話
結依は、歴代エーデルの写真が並ぶ廊下に静かに立っていた。
かつて自分が掴んでいた称号——エーデル。
今でも、はっきりと覚えている。
初めてエーデルに、フラウ・ヒンメル(空の君)になれた時のことを。
胸が震えるほどの喜びと、同時に背負った重圧。
あの瞬間から、自分の人生は大きく変わった。
こつこつと、柔らかな足音が聞こえた。
音の方向を向くと、そこに翼がいた。
「あ、白羽さん」
「飛彩さん……」
2人は自然と、廊下のベンチに腰を下ろした。
「以前、公園でお話しした以来でしたよね」
「はい、あの時 私は自分のことでいっぱいいっぱいで……」
数ヶ月前、翼が自分という存在を見失いかけた時があった。
そんな時に、静かに声をかけてくれたのが結依だった。
「李梨奈さんのこと、噂で聞きましたよ。仲良くされてますか?」
「それなりには」
なんとも不思議な空間だった。
2人の“フラウ・ヒンメル”(空の君)が、
こうして並んでいるのだから。
「二乃から白羽さんの話はよく聞いています。とても仲良かったって」
「私は申し訳ない事をしました。1人舞台を降りたのですから」
結依の目線の先にある、第104代エーデルの写真。
翼のひとつ前。
「伝統あるエーデルの席に空白を産んでしまったので……」
その声は、とても悲しそうだった。
「でも、私は降りて良かったと思ってます。あの時の私じゃSNOW WHITEなんて出来ませんでした」
「白羽さんは自分が白雪姫をやりたいとは思わなかったんですか?」
結依は少し目を伏せた。
「昔の私なら貪欲にやりたいと言っていたと思います。でも、今の白雪姫、今のフラウ・ヒンメルは飛彩さんですから」
結依は、静かに微笑んだ。
「今度、飛彩さんのお家行ってもいいですか?私も大先輩の李梨奈さんのお話聞いてみたいですし」
翼が微笑む
「はい、来てください!あ、あと私のことは翼でいいですよ。私も二乃たちと同じように結依さんって呼びますので」
結依は少し目を伏せ静かに微笑んだ
「はい、翼さん」
廊下に差し込む柔らかな光が、
2人の横顔を優しく照らしていた。
過去の空を飛んだ少女と、
今、空を目指す少女。
2つの「空の君」が、
静かな時間の中で、
互いの道を認め合うようだった。
寮のエントランスで侑樹は頭を悩まされていた。
夜も深まり、柔らかな間接照明が広い空間を優しく照らす中、彼女はいつものソファーに座り、
ノートPCの画面をじっと見つめていた。
しかし、作業の手は完全に止まっていた。
周りのレベルと矮星のレベルが釣り合っていない。
それをどう演出するべきか、まったく分からなかった。
プロの世界ならレベルの差がバラバラなのは当たり前だと分かっている。
しかし、侑樹自身、ここまで極端にバラバラな舞台は経験したことがない。
「今ついけてるのはエーデルだけ……
下の子たちに無理強いするわけにもいかない。
逆にエーデルや矮星の人たちのレベルを下げるわけにもいかない……どうすればいいの」
侑樹はため息をつき、画面を閉じた。
その時、寮の自動ドアが静かに開いた。
入ってきたのは、カリスティックの制服に身を包んだ2人
マリナとプラナだった。
2人は何かを話しながら、エレベーターに向かっていた。
カリスティックアーツ。
百合々咲より厳しい学校の人たちからしたら、
今の現状はどう見えているのだろう。
(カリスティックならもっと上手く出来るのかな……)
侑樹はそっと息を飲み、
2人の後ろ姿を目で追った。
金髪のマリナは相変わらず気高く、
銀髪のプラナは少し疲れたような様子で歩いている。
その背中からは、圧倒的な実力と経験が漂っていた。
侑樹は再びノートPCを開き、
空白の演出ノートを見つめた。
外部の才能を迎え入れた喜びと、
同時に生まれる大きな壁。
SNOW WHITE第2部は、
ただの公演ではなく、
百合々咲全体の試練になりつつあった。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第3話 完




