第99話:退避
ルシュから受け取った傷薬を飲み終わり、しばらくすると痛みが引いてきた。
痛みのあった箇所を見ると、服にも穴が開いている。今
着ている冒険者用の服は頑丈なのに……思った以上に強烈な攻撃だった様だ。
ルシュの右腕に付いている粘液糸を剥がし、俺は立ち上がった。
痛みは問題ないレベルになっている。
「ルシュ、大丈夫か?」
大丈夫ではない事は分かっているのに聞いてしまう。
俺の言葉にルシュは力なく頷く。
周囲の様子を確認するが、森の中は虫と鳥の鳴き声が響き渡るだけで、静けさを取り戻している。
俺は目の前で動きを止めたガーエイに近付く。
「ヨウヘイ?」
ルシュが疑問を投げかけてくる。
俺はルシュに向かって大丈夫と頷き、ナイフを使ってそれを採取する。
ガーエイの目は弱点でもあるその部位で、薬の材料になるらしい。
かさばらないし、それなりに高く買い取ってくれるものだ。持って帰っても良いだろう。
怪我をしながら戦った証くらいにはなる。
俺は革袋にガーエイの目を入れ、ルシュの元に戻る。
ルシュは依然座り込んだままで、俺を見上げる。
「シャグの……殻は……どうしよう……?」
シャグの殻は武具や装飾品に加工が行えるので、これも高く買い取ってくれるものだ。
しかし如何せん大きい。しかも重い。
この状態のルシュに持たせる訳にはいかないし、俺ではそれを抱えてこの森から出るのは難しいだろう。
「シャグはやめておこう。それより、ここにいつまでもいるのは危ない。安全な場所を探そう」
俺はルシュに手を差し出す。
ルシュは俺の手を握る。冷たい、と感じた。
激しく動いたのだからもっと熱を持っていても良いと思ったが、種族の違いだろうか。
それでも、しっかりと握り返してくる力が、確かにあった。
俺はルシュの手を引き上げ、ルシュが立ち上がる。
本当は疲れ切っている彼女を歩かせたくはないが、こればかりは仕方がない。
「俺に掴まってくれ」
ルシュは俺の腰に腕を回し、こちらに体重を掛けてきている事が分かる。
俺はルシュの背中に腕を回して支える。
「……ありがとう……」
小さな声だったが、はっきりと聞こえた。
俺は笑って頷く。言葉はそれだけで十分だった。
俺の顔を見て、ルシュの表情に安堵が戻る。
「じゃあ、行こうか」
俺とルシュは慎重に森の中を進んだ。
***
俺達はこれまで来た道を戻りながら、道の脇に注意しながら歩いた。
魔獣が居ないかどうかという問題もあったが、何よりも安全そうな場所が無いかに注意していた。
小さな洞穴などがあると良かったのだが、これまでの道中で大きな岩肌は見つかっていないので、それを望むのは難しいだろう。
これまで来た道を戻っているのは、既にこの依頼をこれ以上続けるのは難しいと判断したからだ。
俺自身は傷を負い、ルシュは疲労困憊。ガーエイやシャグ等が現れた時に対応するのはとても厳しい。
黄光石はある程度見つかっている。依頼された量には満たないが……命には代えられない。サルグには申し訳ないが、これ以上は無理だ。
「ハァ……ハァ……」
小さな吐息が聞こえる。
ルシュは息を切らしながらも歩いてくれている。
俺は出来るだけゆっくり、無駄な距離を歩かない様にルシュを支えながら歩く。
ガーエイとの戦いで叩き落とされたクラブはその場に置いてきた。
今の体勢と疲労具合でクラブを持って歩くには俺は非力過ぎた。
しばらく歩き続けると、大きな木が視界に入る。
ここに来るまでの間では特に気に留める事もなかったのだが、良く見てみると根本が開き、空洞になっている。
空洞の中には何もいない、安全そうだ。
「この中なら、ある程度は大丈夫だろう。ここで休憩しよう」
俺の言葉にルシュは頷く。
俺達は木の根元の空洞に入り込み、木の幹にもたれかからせるように慎重にルシュを座らせる。
ここからなら注意を払うのは一か所、正面だけで良い。
俺はルシュの隣に座った。
ルシュの呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
それを確認してから、俺もようやく息をついた。




