第37話:静かな少女の本質
「ルシュっ!!」
俺とテオックが同時に叫ぶ。
ルシュと俺達の間は20メートルほど距離が空いている。ラズボードとルシュの間はそれよりも離れているが、走る速さが違いすぎる。見る見る内にラズボードがルシュに迫っていく。
間に合わない。
俺は思わず目を閉じた。脳裏に、無残にも弾き飛ばされたルシュの光景が浮かんだ。
…
……
………
何だ、何の音もしない。
恐る恐る目を開ける。
ルシュは弾き飛ばされる事もなく、そこに立っていた。
ラズボードはその奥、ルシュの目の前で止まっている。
最初、何が起きたのか分からなかった。
ラズボードが止まっている。
突進の勢いのまま、ルシュに激突する寸前で、まるで見えない壁にでもぶつかったように、ぴたりと。
「ルシュ……?」
思わず声が零れる。隣のテオックも立ち尽くしていた。
ルシュが右腕を前に出し、ラズボードの額に掌を当てていた。
小さな、華奢な掌が一枚。それだけだ。
それだけなのに、あの巨体が一歩も前に進めていない。
よく見るとラズボードは止まっているのではなく、必死に押し進もうとしている。
四肢が地面を掻き、土を抉り、全力で前へ進もうとしている。だが、ルシュの腕はびくともしない。
あの巨体が、子供の掌一枚で止まっている。
頭が理解を拒んでいた。
目の前の光景が、現実のものとして処理できない。
そして。
ルシュが右腕をゆっくりと上に上げると、ラズボードの巨体が宙を舞った。
***
ラズボードの体が10メートルは上に飛んだ後、地響きと共に地面に激突した。
隣にいたテオックが口をあんぐりと開けた状態になっている。
それと同じくらい俺自身もマヌケ面をしていただろう。
ラズボードが動き出す様子はない。
暫く呆然と突っ立っていたが、ルシュがこちらを向いた事で我に返った。
俺は足早にルシュの元へ駆けつける。
「大丈夫かルシュ、怪我はないか?」
「うん、大丈夫だよ、ありがとうヨウヘイ」
ルシュの様子を見るが、本当に何ともなさそうだ。
俺は安堵感に包まれた。
***
「いや~、今日は驚き通しだぞ」
テオックが頭を掻きながら言う。
「正直俺も同感だ」
ラズボードがもう動かない事を確認してから、俺とテオックは少し離れた場所で話をした。
ルシュは大樹の根に座り、水場に足を付けてパシャパシャと足を動かしている。先ほどの出来事などまるで気にしていないようだった。
「これじゃあ魔族じゃ敵わない訳だ」
テオックが呟く。
俺自身、竜族の話は力が強い、魔力も強いという伝聞だけで、ルシュが人畜無害な点もあり、どこかイマイチ懐疑的な部分があった。
採集の時に俺やテオックよりも軽々と荷物を持ち上げていた事はあったが、それくらいだと思っていた。まさかラズボードを片手で投げ飛ばすとは思わなかった。
「しかしこの大きさだと運んで戻るのは無理だな」
「運ぶって、ラズボードをどうするんだ?まさか食えるのか?」
「食えるぞ、ラズボードの肉は滅多に手に入らないから持って帰りたいんだがな。後は皮も高く売れるぜ。でも今回はどうしようもないな」
等と俺とテオックが会話していると、
「どうしたの?」
いつの間にかルシュが俺達のすぐ傍に来ていた。
俺が今の会話をルシュに伝えると、
「私は運べるよ?」
と提案してくれた。
「でも流石にルシュでもこいつを担いで何時間も歩くのは無理じゃないか?」
俺の言葉を聞いてルシュが両手の拳をぐっと握り締めて胸の前に置く。
「大丈夫、任せて!」
自信満々に告げる。あの掌一枚でラズボードを止めた子が言うのだから、あながち冗談でもないかもしれない。
そして次の瞬間、ルシュの身体が光に包まれた。




