第32話:日常の中へ
最初は頑張って一人で通訳していたものの、結局根を上げてしまった。
村人を一列に並ばせ、順にルシュと会話をさせる事になった。
握手会と呼ぶには少々大げさだが、実態としてはそういうものだった。
握手会が終わり、村人達が次第に各々の仕事に戻り始めていたが、その場に残ったアルデリンが呟いた。
「倉庫の屋根を直さなきゃならないね」
完全に今日の仕事を終えてあとはゆっくりしようと思っていたので、全く失念していた。
テオックの表情を見ると、あっと言いそうな顔でアルデリンを見ていた。俺も似たような顔をしていただろう。
「あーそうだったな、じゃあちょっと今日は屋根を修理するか」
アルデリンの言葉にラピドが答える。
***
工具と木材を持ってくるかという事で皆が準備に取り掛かり始めた。
その様子を見ていたルシュに声を掛けられる。
「皆何をしようとしてるの?」
「ああ、屋根の修理をしようってね」
俺の言葉を聞いたルシュが少し俯いてから、顔を上げて俺を見た。
「私も手伝う……!」
責任を感じているのだろう。
気持ちは分かるが、竜族とはいえこの子は子供だ。
危険な力仕事はさせたくない。どう断ろうか考えていると、
「ルシュちゃんはこっちに来て一緒に料理を作ろうね」
声を掛けてきたのはアゼロだ。
村の調合師ゴブリン夫婦の奥さんで、面倒見の良い人だ。
渡りに船とはこの事だった。
聞いた言葉をルシュに伝える。
「でも私が壊しちゃったから……」
「いいのよいいのよ、そういうのは男衆に任せときな」
ルシュが少し迷いながらも頷いて、アゼロの後に付いていこうとした時に、
「ヨウヘイもこっちだよ、アンタがいないとルシュちゃんと話できないだろ?」
「ああそうか、そうだった。分かったよアゼロさん」
まあ確かに、俺がいなければ会話が成り立たない。
屋根修理は男衆に任せておくとしよう。
***
テオックやラピド、アルデリン達村の男衆が共同倉庫の修理を行っている間、
俺とルシュは村の麗しき女性達10名ほどと昼食の準備に取り掛かった。
ルシュと村人の会話を翻訳しながらなので、俺は木の実を砕いたり火の様子を見たりと単調な作業を担当した。
ルシュは女性陣と一緒に作業していたが、料理の経験はないらしく、教えてもらいながら手を動かしていた。
アゼロが野菜を刻んで見せると、ルシュは真剣な顔でそれを覗き込み、同じように包丁を握る。
最初はぎこちなかった手つきが、何度か繰り返すうちに少しずつ様になってくる。
うまく切れた時には、ぱっと顔が明るくなった。
失敗した時には眉をひそめて、もう一度やり直す。
誰に言われるでもなく、自分から。
初めての作業に戸惑いながらも一生懸命やっている姿は、どこからどう見ても普通の子供だった。
料理をしながら、村の事やルシュの事についての会話が続く。その中で、
「ルシュちゃんってこの村に来た時はその姿じゃなかったわよね?」
「うん、あの姿は凄く疲れるから。こっちの姿の方が楽」
というやりとりがあった。
小柄なルシュの体格で共同倉庫の屋根にあんな大穴が空くとは思えなかったので、この言葉で合点がいった。
ルシュ自身は記憶がないので他の竜族の事は知らないようだが、少なくとも言い伝えにある竜族に人の姿になると言ったものはない。
魔族と同じように竜族の中にも複数の種族があるのかもしれない。
そうこうしている間に日は高く昇り、男衆から修理が終わったと報告が来る頃には料理も完成していた。
皆で共同倉庫の前に集まり、昼食となった。
***
屋根の修理も終わり、作業していた村人達が帰った後、俺とルシュは村の中を散歩していた。
テオックは屋根の修理で疲れたと言って家に帰って寝てしまったので、今はこの二人だけだ。
村を巡って仕事をしていたり休んでいる人達を見ていると、向こうから話しかけてくる事がある。
朝は居なかった村人達にも事情が伝わっていて、ルシュを警戒している様子はない。
朝に説明しておいたのが功を成したとも言えるが、実際のところは女性陣と仲良くなった事の方が一番効いたのかもしれない。
説明よりも一緒に料理を作った時間の方が、ずっと雄弁だったというわけだ。
ルシュとこうやって歩いていると、俺がこの村に来た時の事を思い出す。
あの時はテオックに案内してもらったが、今は俺がルシュを案内している。
なんとなく不思議な気分だった。
「ルシュ、この村はどうだ?」
「うん、凄く素敵」
俺自身この村の新参者だが、そう言われるのは素直に嬉しかった。
村を見渡すルシュの表情に不安の色はなく、時折笑っている。
ルシュに安心感を与える事が出来たと思っていいだろうか…
そうだといいと思った。




